あれ、幼馴染に胸がある?~10年ぶりに再会した幼馴染が超絶美少女になってたんだが。~

藍坂イツキ

第1話「あれ、幼馴染に胸がある」

 教壇の前、そこにいるのは唐突にやってきた転校生だった。


 名前は漆戸かすみ。


 昔仲の良かった、でも急に何処かへ引っ越して、離れ離れになってしなった幼馴染と同じ名前。


 普通ならここで再会を祝するはずなのだが…… 。

 どう見てもおかしい部分がある。


 それは……


「おい、春弥?」



「あれ、幼馴染かれに胸がある?」



 そう、幼馴染かれ幼馴染かのじょになっていた。






*****





 桜は散り、気温も20度ほどを上回ってきた春明け夏前のこの季節。


 早朝8時、学校近辺の河辺の道を歩く学生たち。

 その中で一際目立たない、冷静で静かな顔立ちをした男子生徒が一人いた。


 名前を青山春弥あおやまはるや

 市内のとある進学校に先月入学した15歳の高校一年生。


 そこまで多いわけでもないがそれなりに友達もいて、勉強もそこそこできる。

 放課後は部活に行き、買い食いをして、家に帰ったら勉強をしてゲームをする。

 至って普通の高校一年生。


 そんなありきたりな高校生活を送っている彼には一つだけ、誰にも言えない。

 いや、言ってはいけない秘密というものがある。


 物語の上では今やありきたりで、さすがに飽き飽きしてきたくらいの話だが。


 彼は——時間逆行タイムスリップと言うものをした。


 以前は28歳のどこにでもいるパッとしない平凡な会社員だった。

 高校時代は適当に勉強をして、近所の決して頭がいいとは言えない大学を出て、友達と同じように就職をして、そうしてなんでもない社会人生活を送っていた。


 決して裕福でもなく、決して貧しくもなく、日本人として平和な暮らしをしてきて、でもある朝目覚めると15年前にタイムスリップしていたのだ。


 28歳から13歳へ。

 それから3年間の中学生活を過ごし、なんとなく二度目の青春を生きてきた。


 もちろん、最初は受け入れられなかったものの。今までの人生に決して満足していたわけでもない彼は「やり直せるのならこんないい事はない」と受け入れた。


 高校は現役の時では手が届かなかった公立の進学校を受験し、合格して、入学して、名前も知らない新たな友達を作り一か月。


 結局、まだ何かが変わったわけでもないけど普通な楽しい日々を生きている彼はこの現状に満足しつついた。


「おい、待てって!! 先行くなよ!!」

「やーい、おそっぴ!」

「うっせぇ!」

「みんなぁ~~」


(……ま、働かないっていうのも幸せだよな)


 隣を抜かして駆けていく陽気な小学生たちを横目に、ぼそりと幸せを噛み締めてみる。





 そんな景色を見ながら高校へ到着し、上履きの運動靴に履き替えて最上階の一年生の教室棟へ。

 二個ほど教室を跨いで見えてきた1年7組の教室へ入り、窓際一番後ろの席へ座る。


 まさに特等席。

 窓から見える景色は街を一望でき、最高な場所でもある。

 

「よぉ、春弥! どうしたんだ、そんな辛気臭い顔してさ?」


 そんな席に座って外の景色を眺めている彼に対して声を掛けたのは春弥よりもやや背の高い、茶髪でチャラそうな恰好をした男だった。


「いでっ……こんな朝っぱらから、って唯人かよ」


 彼と同じ、この春に入学した高校一年生、御影唯人みかげゆいと

 春弥よりも成長した背丈と顔立ちから少し大人っぽいが、ブレザーの前を開けたラフな着こなしをした所謂男子高校生って感じの男だ。


 部活は特に所属する予定はなくいが、クラスでは春弥以外にも多くの友達がいる陽キャラ的な存在でもある。


「唯人かよって、朝から春弥に話しかけるのはオレくらいしかいないんじゃないか?」

「失礼な、遠回しにディスるな。遠回しでもないけどさ」

「何々、正論言われて辛かったか?」

「辛いとも何とも。中学の頃の唯人をばらしてもらいたくなかったら謝ってほしいかな」

「……おま、ま、マジで卑怯だな。絶句だぞ……てか、あの頃のオレはもういないからな!」


 浮かんだ過去の姿を振り払うように頭を左右に振る唯人。

 実は、二人はこれでも中学から一緒で親友的な仲でもある。


「はじめて声を掛けたのは俺なんだけどなぁ~~」

「あーあーあー!!」

「う、うるさいなぁ、もう」

「っへ。何のことやらね」

「まぁいいけどさ。ていうか宿題とか手付けたのか?」

「……あ、やべ、やってくるわ!!」


 朝からノリノリと話しかける彼に対して春弥は宿題の話題を持ち出すとさも当たり前かのように忘れた素振りをする。


 昔はかなりの陰キャラだった唯人がこうして色々な人に話しかけられるのはいいことなのかもしれない。


 そんなこんなで時間が経ち、教室に入ってくる熱血系な体育教師。

 もちろん、うちの担任の先生だ。


 前世ではここまで熱血な先生を見ていなかったもので、ただそれも春弥にとっては案外新鮮で楽しんでいる。


 しかし、いつも通り元気に入ってきたかと思えば今日はなぜだか様子が違った。


「おいおい、春弥。何々、おかべっち今日デートでもあるの?」

「お、俺に聞くなよ、知らないって」


 前の席に座る唯人の言う通り、その姿は春弥から見ても確かにおかしかった。

 熱血担任、岡部先生のスーツ姿。

 これまでも何度か見たことはあるが、見たと言っても保護者との三者面談の時と入学式ときのみ。


 そう考えてみれば、なんでもない今日みたいな平日の朝からスーツ姿なんておかしい限り。


 というか、ちょっと違いすぎて気持ち悪い?


「春弥、絶対に今思ったこと言うなよ?」

「わ、分かってるって……ていうかなんで分かるんだよっ」

「んま、中学からの付き合いだからなぁ」


 茶化してくる唯人はいいとして、本当に岡部先生の様子は違った。


「よーし、単刀直入に、この姿がなんでだろうか結論から言ってやろう」


 しかし、その様子違いの理由は彼の放つ一言目でよく分かった。


「—―――男子諸君に朗報だ。転校生がやってきたぞ!」


 響く唐突な声明。

 ひとたび静まり返った教室に、徐々に広がり始める男たちのざわざわ声。


「お、おい、聞いたか春弥?」

「ん、あぁ」

「転校生だってよ。それも……」


 男子諸君に朗報な転校生。


 つまり、女子の転校生ってことになる。


 言い方は時代にはそぐわないかもしれないが、そんなことよりも事実に驚くクラスメイト。

 ざわざわが伝染していき、みんなが息を呑む中。

 

 ガラガラと扉が音を鳴らし、コツコツと上履きが音を立てる。

 教室へ入ってくる一人の女子生徒。

 

 周囲の意識を吸い込み、さっきまで騒めいていた教室に再びの静寂が訪れる。

 

 勿論。

 春弥も、視線と意識を吸い込まれた一人であった。

 

 喉を鳴らし、息を呑み、そして視界を飲み込む彼女。

 なんでもない教室の蛍光灯がまるでステージの灯のようで、その美しさは全く霞むことなく、より綺麗に目に映る一方。


 夜空のようにずっしりと重い黒色の長髪と、水滴のように透明感のある碧眼。

 肌は雪のように白く、立ち振る舞いはまるで凛とした百合の花のよう。

 大人の落ち着いた雰囲気を醸し出しつつも、前髪を挟む三日月のピン止めがどこか子供っぽさを演出する。


 一言で言えば、紛うことなき美少女だった。


 こんな、どこにでもある。

 有り体に言えば普通の高校の普通の一年生の教室にいるのが場違いなほどに似合わない美少女だった。


(でも……あれ。なんだろう、この変な感じ……)


 しかし、彼はその美しさと同時に何かを感じ取っていた。


 どこかで会っていただろうか、そう思案する春弥。

 ただ、生憎出会ったことはないとも断言できる。

 

 少なくとも、この15年間で直接関係を持ったことはない。


 それだけは分かった直後だった。


「よし、それじゃあ自己紹介よろしく」

「はいっ」


 岡部先生の合図に振り向いて頷き、そしてまっすぐと教室を見つめる彼女が声を出す。


「—―――この度、1年7組に加わることになりました。漆戸かすみ、漆塗りの漆に、江戸の戸と書いて、漆戸かすみと言います。よろしくお願いします」


(……っか、かすみ)


 その瞬間、さっきまで引っ掛かっていた違和感の所在がよく分かった。


 どこかで出会ったかもしれないという違和感と、彼女の名前が繋がる。

 

 ”かすみ”という名前は昔、よく遊んでいて仲の良かった幼馴染の名前と一緒だった。

 

 幼少期仲良くなって、色々助け合って助けられたあの男の子。

 彼と重なる名前。





 そう、と。




 彼女が彼になる。

 彼が彼女になっている。




(……)




 おかしい。

 




 

 

「おいおい、やば、めっちゃ可愛んだけど! な、春弥!」


 席をずらし、振り返って報告してくる唯人を差し置いて春弥は呟いた。







「……あれ、幼馴染に胸がある」




 そこには胸があった。

 当たり前のように、幼馴染かれ幼馴染かのじょになっていた。

 

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