第2話「あれ、幼馴染と巡り合う」
彼がこうして彼女と出会うまで、3年前に遡る。
******
「ふぅ……結局、仕事終わりの甘いコーヒーがイイんだよなぁ」
季節は春明け夏前、気温は涼しくもあり熱くもある。
そんな、なんでもない平日。
21時を回った真っ暗な神社の境内の階段を登りながら、自販機で購入した缶コーヒーに口をつける男が一人。
彼の名前は
どこにでもいる28歳、平々凡々な社会人6年目の会社員。
「……ふぅ」
すっかり社畜になり重くなった足を止め、振り返ると見えてきたのは市一面の夜景だった。
何をしに神社なんかに来たかというと、理由はこれだった。
疲れた体を浄化してくれる地元の夜景。
それを眺めたところで、府と湧き上がる。
何をしてるんだろ、俺は。
頭の中で冷静になる自分がいた。
決してみじめになったとか言うわけではない。
ただ、思ってしまっただけ。
あれだけ長いと感じていた少年期はすぐに終わり、中学では必死に勉強をして、でも受験に失敗して近くの私立高校へ入学。
そこから大学も家に近い私立大学へ受験して、その後は自堕落な生活をして、就職は4年夏ごろに決まった大企業の子会社。
就活自体は縁もあって、良くしてもらっているが大学の頃から癖になった自堕落な生活感は抜けず。
同期組がどんどんと成果を出していく中、自分は置いてけぼり。
挙句の果てには今日、ぼーっとしてしまっていたせいか重要な書類を先鋒さんに送るのを忘れるというミスを犯した。
この頃はミスも多く、何のために、何が好きで働いているのかも分からない時が多い。
恋愛の「れ」の字もないし、友達からも音沙汰がない。
と言っても、仲のいい友達でもないから仕方ないのかもしれないが社会人になって6年間、話す相手は会社の上司や同期ばかりだ。
「……はぁ」
最近はこうして、物思いに更けてしまうことが多い。
最後の一口を喉の奥へと流し込み、ベンチから昼の情景を思い出す。
そして、思う。
見なければよかったと。
見たのは、なんでもない光景だった。
小学生たちが男女で仲良く遊ぶ姿で、一人転んだ男の子に
ただ、それが昔の自分たちによく重なった。
春弥には仲のいい幼馴染がいた。
自転車の練習中に転んでしまった春弥に手を差し出したのがその幼馴染だった。
少し背が高くて、元気で、運動神経が良く、なんでもできる活発な子。
性別はおそらく男で、ソウルメイトと言ってもいいほどに仲良くなった。
でも、ある日突然引っ越ししてしまって、今みたいにスマホやSNSがなかった当時は連絡手段なんてあるわけもなく、今日まで離れ離れ。
「あぁ、そうだな」
すると、何かひらめいたのか――彼は振り返り、神社の賽銭箱の前に立つ。
「ここは……5円だっけ?」
ポケットから財布を取り出し、中から5円玉を探すが見当たらず――あったのは500円玉。
「ま、いっか」
それを摘まみ賽銭箱へと投げ込み、本坪鈴を掴んで左右に鳴らす。
(
今更会えるなんて思ってもいない。
だからと言って、諦められるはずもなく。
心のどこかで願っていた言葉を、神様の前で吐き出した。
******
そして、時は今に戻る。
「は?」
気が付くと目の前にあったのは腐れ縁の唯人の腹立つ顔だった。
「な、なんだよ唯人」
「いやいやそれはこっちの台詞なんだが……ていうか、なんだ今の? 新手のセクハラか?」
「せ、セクハラ?」
「……胸があるだって?」
「あ」
唯人からの一言で春弥は気が付いた。
自分が今、割とやばいことを言っていたと。
焦って、視線を唯人から周りのクラスメイト達へ移すもこちらを見ている人はいず肩をなで下ろす。
「んで、なんだよ、知ってるのか? あの美少女のこと」
せっかくの二度目の高校生活。
入学して一か月ちょっとで終わった――なんて思っていたところで、切り替える間もなく唯人が訝し気な視線を向けてきた。
「いや、別に」
「え、知ってるんじゃないのか?」
「気のせいだと……思う」
もう一度、彼女の方へ目を向ける。
佇まい、そして身なり、仕草から髪の毛一本まで文字通りの完璧美少女だった。
しかし、同時に名前が同姓同名。
漢字も全く一緒の「漆戸かすみ」。
漆戸なんて苗字はそうそういるわけでもないが名前で「かすみ」ならあるかもしれない。
性格も過去の記憶とは正反対で、ましてや性別なんて全く違う。
なんでもできて、元気で、陽気で、誰よりも先頭を走る運動神経抜群の「カスミ」とはわけが違う。
普通に考えて、ただの偶然だった。
「なんだよ……コネあると思ったのに」
「や、やめろよその言い方」
食い物にする気だったのかよとツッコミを心の中で入れると、同時に自己紹介を終えたのか岡部がいつも通りの大音量の声で言う。
「というわけで皆、仲良くするようにな。んで、そうだな席はどうしようか。目が悪いとかあれば前にもするけど……」
「私はその、どこでも大丈夫です。空いてるところで」
「空いてるところか?」
空気を読み、遠慮する彼女。
教室中の男子が「いい子だぁ」なんてうつつを抜かしていると、岡部が春弥の方へ眼を合わせる。
勿論、春弥の方はというと理解していた。
この教室。
それも、入学してから席替えをしたばっかりのこの配置ですっぽりと開いている場所が一つある。
「ってことは……そうだな。あの窓際か!」
教室中から視線が一気に春弥の方へと収束する。
幼馴染だとか、そうじゃないだとかもはやそう言う話ではなく。
ピンチもピンチ。
美少女、漆戸かすみの席が唐突に決まった。
「っ」
「隣~~、いいよなぁ!?」
「……ま、まぁ」
春弥としては乗り気ではなかったが断れるわけもなく、しかし岡部は止まらない。
かすみは岡部から指示されて、熱心に頷きリュックサックを背負いながら机の間を縫うように春弥のいるほうへとやってくる。
教室中からの視線を集めつつ、立っているだけで凛々しく美しい彼女が歩き出し、思わず春弥も見惚れてしまう。
長髪が揺れ、そしてやがて彼の目の前へ。
漆戸かすみと青山春弥が対峙する。
「ん……」
目が合い、無言が生じ、春弥が息を呑む。
近くで見るとより一層綺麗で、引き込まれてしまいそうになる。
例え、前世の28年とここでの3年間があったとて綺麗な女性がいたら見惚れてしまうのも事実。
「……ど、どうも」
ただ、無言を貫くわけにもいかず、軽くお辞儀をして移動を促すもかすみが春弥から目を離そうとしなかった。
「あ、その……どうかしましたか?」
よそよそしく、あくまでもまだ他人として話しかけるとかすみはマイペースに尋ねてきた。
「名前は、なんて言うんでしょうか?」
「名前……俺の?」
「はい、もちろん。あたなしかいないですし」
「そ、それもそうか。俺は……青山です」
「っ……(気のせい?)」
「え?」
「な、なんでもないですっ」
顔を一瞬だけ顰め、春弥が聞き返すとさっきまでの顔に戻り、隣の席に腰を掛ける。
「な、なんなんだ今の?」
「俺も、分からん」
「見定めか」
「……失礼な」
名前だけ聞き、顔を顰め、何もないかのように座る。
訳も分からず、ただ唯人の言うように見定められたかのように。
「よし、それじゃあホームルームだな!」
そんな違和感に気づく余地なんてあるわけなんてく。
あとがき
ひとまず、新作プロローグお疲れさまでした。
面白そうだな~~って思ったらぜひぜひ☆評価、レビューお願いします!
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