第30話 劫火



「……カァル! カァル! カァールッ!」


 白い飛竜が炎を上げながら墜落してゆく。

 ラシュリは身を乗り出し、声を限りに叫んだ。自分がソーの飛竜に助けられたことにも気づいていなかった。



 ――――初めてカァルに会ったのは、ラシュリが巫戦士の資格を得た日のことだった。二人の間には共鳴こそ起こらなかったが、あの日から十年近くを共に過ごし絆を育んできた。

 カァルは大切な友であり、ラシュリにとっては唯一の家族といえる存在だった。

 その友が、炎を上げながら墜落してゆく。


(私のせいだ……私が、こんなところに連れて来なければ……)


 神殿から託された任務も、赤い飛竜のことも、イェグレムのことさえラシュリの頭からは消し飛んでいた。

 体中の水分がすべて目から溢れ出て風に散ってゆく。

 嗚咽を飲み込むことも出来ずにラシュリは号泣した。


「あぁぁぁぁぁ、カァル……」

「危ない! 身を乗り出すな、落ちるぞ!」


 ラシュリが落ちないように後ろから抱きしめているソーの声すら、ラシュリの耳には届かない。

 彼女は炎を上げながら小さくなってゆくカァルを見つめ続けた。

 まるで、世界中に自分と白竜しか存在しないかのように、他のことは何も考えられなかった。常に冷静沈着だった巫戦士は存在せず、我を忘れて泣き叫ぶ孤独な女がいるだけだった。

 


 ――――ラシュリ!


 カァルの声がした。


 ――――炎竜を止めて。助けてあげて。ラシュリじゃなきゃ出来ないよ。


「カァル?」


 ――――ボクは天界へ戻るけど、ラシュリのこと、見てるから。


「カァル……」


 すでにカァルの姿は見えなくなっていた。帯状に広がる緩衝地帯の森の中に墜落したのだろう。

 カァルの最期の言葉をかみしめるように目を閉じた後、ラシュリはようやく顔を上げた。


「ラシュリ、大丈夫か?」


 後ろから必死にラシュリの体を抱き留めていたソーが声をかけると、ラシュリは振り返った。真っ赤になった彼女の目に、もう涙はなかった。


「ソー。あなたを危険な目に遭わせたくはない。でも今は、他に手がないんだ。あの赤い飛竜を追ってくれるか?」


「おう、まかしとけって! リュザール、頼んだぜ!」


 ソーの言葉に応え、薄緑色の飛竜もまた西へ向かって速度を上げた。



 ○○



 西へ向かって飛ぶ炎竜の背では、未だイェグレムと老魔導師が戦い続けていた。

 争いは激化し、二人とも炎竜との繋がりが希薄になっていた。


 帯状に続く緩衝地帯の森。その上空を高速で飛んでいた炎竜の様子がおかしくなったのは、ちょうどイリスとの国境を越えた頃だった。


 炎竜の体が、突然ガクガクと震えだした。

 ガァ、ガァ、ガァ、と咳をするように何度も大きく口を開け、そのたびに小さな炎を吐き出している。


「イェグレムよ、炎竜の様子がおかしいぞ。何とかしろ!」

「はぁ? あんたが命じてるんじゃないのか?」


 すでにイェグレムの言葉は炎竜に通じなくなっていた。だから老魔導師に支配権を奪われたのだと思っていた。


「わしは何もしておらん。あやつとの繋がりはとっくに切られておる。その証拠に、おまえの命じたとおり西へ飛んでおるではないか。ここはもうイリス王国の領内じゃぞ!」


「……イリス?」


 いつの間にか故郷の空に戻っていたことに、イェグレムはようやく気がついた。

 緑のなかにぽつりぽつりと集落が点在している。大きめの集落の中には、尖塔をもつ小さな神殿が見えた。


 イェグレムが我を忘れて眼下の風景に見入っている間に、炎竜はあっという間に小さな集落の上を飛び越し、目の前には石造りの大きな町が迫っていた。


 ガァッ!


 炎竜の体が大きく震えた。

 痙攣を起こしたようにブルブルと震えながら、大きく口を開けて息を吸い込んだ、次の瞬間――――。


 ガァァァァァ!


 大きな咆哮と共に、炎竜は巨大な炎を吐き出した。

 高速で飛びながら吐き出される炎に、石造りの町が一瞬で炭化してゆく。


「止まれ! やめろ、炎を吐くな!」


 イェグレムが命じても炎竜は止まらない。劫火を吐きながら次々に大きな町を炎で焼いてゆく。


「……師匠! 炎竜を止めてくれ!」

「わしは知らん。おまえが何とかしろ!」


 そう言った途端、老魔導師の気配がふつりと消えた。おそらく自分の体に戻ったのだろう。


 念願通り自分の体を取り戻したイェグレムだったが、勝利の喜びなど沸いてこなかった。ただ、置き去りにされた恨みと無力感だけが残った。


 イェグレムの眼下に広がるのは、前も後ろも、見渡す限り火の海だ。炎竜の通過した後には炎の帯が出来ている。

 剣や魔道と違い、炎は老人だろうが赤子だろうが容赦なく焼き尽くす。


「は……はははっ…………俺は後世、世界から何と呼ばれるのだろうな? 悪魔か、それとも死神か?」


 石造りの町が次々と炎に包まれ、人も建物もその形を残したまま炭化してゆく。

 狂ったように炎を吐きながら飛び続ける炎竜の背の上で、イェグレムは為す術なく、炎に飲まれる大地を見つめるしかなかった。





※第四章「廃墟に流れる哀歌(仮)」  

        が書き終わり次第、また投稿させて頂きます<(_ _)>ペコリ

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王国に捧げる鎮魂歌 ~巫戦士ラシュリと飛竜乗りのソーの物語~ 滝野れお @reo-takino

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