中島黄山遺稿

篠川翠

黄山遺稿序一~鹿門岡千仭

【書き下し文】

 余中島黄山の遺稿を読む。乱にてほろぶに至り、諸篇の間に不覚にも涙横臆なり。復古王政の命下る。太初たいしょ藩命を奉じ仙台に来たる。是の時余同志を募り、藩宰にせまる。勤王の大義を以てする。太初勤王の正議を以てする。藩人の為と信ずる所なり。余此の尽力にくみす。直ちに二本松へ帰す。藩論決す。我が藩鎮撫三卿※1を奉じ、出討の師※2に会ふ。余軍に従ひて福島本営に在り。二本松は会津の隣藩の為、四方に出兵す。太初其の為に藩区画を周旋尽力す。已に列藩会津氏の名を借りて謝罪す。白石城の連盟官軍にあがらふ。太初耳目を避け仙台にひそきたれり。余論帰順の策にけり。急報に会ふに至りて曰く、「二本松城つ」。太初茫として為す所を知らず。余曰く、「藩主軍門に謝罪す。猶社稷を以て存する可きなりと」。太初即日装ひをただす。是の時敗報陸続す。戎士旁午ぼうごす。余太初を送り、別れの酌を一つの店で天を仰ぎ長嘆す。余亦惴々ずいずいの性有りて命の虚し。互ひに身を以て後事を嘱す。太初兵に間じりて関を間ふ。二本松に入る。即ち城郭は灰燼に至れり。乃ち藩主に於て奔竄ほんざんの余り、面璧のさむらいたすく。丹羽氏の今日有るは、実は太初の力なり。此の後新潟府の平松卿を知る。太初大属にしるされる。幾ばくもなく病卒す。太初氏を艮斎ごんさい先生に学ぶ。為に星厳※3・天山・湖山※4諸耆しょしの宿所で許されり。詩稿甚だ富む。而れども兵火に罹りて一首も存せず。竹内君、四方を捜索す。二巻を刻を以て得る。以て余が太初と共に事に与したるは乱離の間の徴序なるか。嗚呼、太初正義を唱へれども賑熾んに焔上す。其藩の大功有り。而れども長く其の食報ひ能はざれり。其の詩優れた作者の域に入れり。兵燹へいせん所火の為なり。所謂命の者に非ざらんや。


明治十七年夏四月


※太初:黄山の別号。

※1:醍醐少将、沢為量ためかずら。

※2:世良修蔵ら。

※3:梁川星厳

※4:小野湖山


【現代語訳】

 私は中島黄山の遺稿を読んだ。戊辰騒乱で国が滅ぶ各篇の下りでは、不覚にも涙で胸がいっぱいになった。

(慶応四年)王政復古の命令が下った。太初は藩命を奉じて仙台に来た。この時、私は同志を募り藩の宰相に迫った。勤皇の大義を信じていたからである。太初も勤皇の志を持っていた。藩の人々の為と信じるところがあったからである。

 我が藩(仙台藩)は鎮撫三卿を奉じ、出討の師に会った。

 私は軍に従って福島本営にいた。二本松は会津の隣藩であるため、四方に出兵していた。太初はそのために藩内を周旋・尽力した。すでに列藩は会津藩の名を借りて謝罪していた。だが白石城の連盟軍は官軍に抵抗した。太初は人目を避けてこっそり仙台に潜入していた。(この頃)仙台藩の世論は帰順に傾いていた。そこへ急使がやってきて言うには、「二本松城が落ちた」という。太初は呆然としてどうして良いかわからなかった。私は「藩主は軍門に謝罪した。猶国を保とうとするべきである」と述べた。太初は即日方針を改めた。この時、仙台にも敗報が続々と届き他国の兵が溢れていた。私は太初を送っていき、一つの店で別れの盃を酌み交わし、天を仰いで長いこと嘆いた。私はまた臆病者だったので、命を永らえた次第である。その席で互いに後事を託した。太初は兵に混じって関所の様子を伺い、二本松に入った。このとき城郭は灰燼に帰しており、藩主は逃げていた。そのため太初は立派な身分の武士らを助けた。丹羽氏が今日も在るのは、実は太初の力である。

 この後太初は新潟府の平松卿と知り合い、大属官に任じられたが、幾ばくもなくして病没した。

 太初は詩を安積艮斎先生に学んだ。そのため、梁川星厳・天山・小野湖山ら諸先生方の門への出入りが許された。詩稿は膨大なものであった。だが、兵火で焼かれて一首も残っていなかった。そこで竹内君が四方を捜索し、長年かけて二巻を入手した。それにしても、私が太初と共に国事に協力したのは、乱世の別離の予兆だったのだろうか。ああ、太初は正義を唱え、その志は盛んに燃え上がっていたものである。これは二本松のための大功である。だが、長いことその功績は報われなかった。

 太初の詩作は優れた作者の部類に入るが、戦乱のために残らなかったのは、いわゆる非命とでもいうのであろうか。

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中島黄山遺稿 篠川翠 @K_Maru027

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