孕み菩薩
ぶざますぎる
孕み菩薩
あなたはもろもろの憎むべき事に加えて、このみだらな事をおこなったではないか。(エゼキエル書16:43)
[1]
自慢げに言うことでもないが私は性の目覚めが早く、幼稚園も年長となる時分には異性に対して特別な意識をふとこり始めていた。いつの間にやら幼い私には女体を凝視する地癖――その対象は主として10代後半から20代前半の若い女であった――が身についていた。糅てて加えて往時の私には矢鱈と若い女教諭の肉体へ纏わりつく
とは言い条、往時の私にスケベ親父めいた
併し小学校も高学年になると雑多な性知識が身につきはじめ、私はそれまでの自分の行為やその背後に存していた欲求の本尊へも自覚的になった。
然あれど中学校へ上がる時分には同級生たちの体躯も漸次的に豊かな大人の肉づきへと変りはじめ、斯くなればハナ同年代の女子たちへは無関心を決め込んでいた私も、
[2]
その時分には私も自慰の果てに白き放液をカマす様になり、性交渉についても身の裡で確たる
有体に言えば私はモテなかった。私は魯鈍で運動音痴、何ら秀抜するものを持たずそのうえ性悪で
だが実際、私の身の裡では性欲が
とあれ斯様な痴漢ドワーフめいた醜行に因り我が激烈たる淫欲はひとまずの落ち着きを得た。この悪風は暫時吹き続け、気づけば私は学校を
[3]
学校を卒えて働き始めた私は露めいた給金を得る様になった。お
悲しいかな私を含め一体に非モテ風俗客というのは、巷間の女連からは鼻にも掛けてもらえぬ惨めな自分のことを (金さえ払えば) 受け入れてくれる (フリをする) 風俗嬢に対して、稚気めいた聖女幻想を抱きがちである。実際、いつの間にやら私は嬢たちのことを己が守護天使かの如くに錯覚し始めた。物心ついてから女
私はプロの手練手管へと見事に
[4]
斯くの如き淫蕩を重ねつつ
併し斯様な理性
だが当然を当然として潔く納得できぬのが人情の
過日は天女の寵愛とも感ぜられた嬢たちの持て成しの裡にも、近来ではプロがふとこる打算の気配を見出す様になった。金銭で誂えた疑似恋愛に私が舞い上がった処で嬢からすればハナ商売の一環、私なぞ所詮は
女から愛されたことが無い。
否、斯様な甘ったるいセンチメンタリズムで糊塗せずに
[5]
然あれども、こと茲に至って私が恋人、もとい無料の女体を求めるのは無茶であった。已往プロが提供する偽りの優しさを浴び続けるのみで素人女との関係を一切持たなかった私は、こと素人女に対する耐性の
些か
言辞転々としたが結句、孤独な現況は自業自得であった。私は身を捩りながらの悲憤慷慨をする他無く、畢竟にその憤懣が私をある種のモンスターめいた存在へと変貌させた。
恒から私は恋人の居る男どもが、已往一度でも女に愛されたことのある男どもが憎くて仕方が無かった。タレをつけて街中を闊歩する男どもを見る度に殺意めいた嫉妬をふとこり赫怒した。こちとらが黄白を介さねば女を抱けぬ一方で巷間の少なからぬ男連がロハで時間無制限に女体を貪り、糅てて加えてその愛までをも獲得しているという現実が
而して街上にてアベックを認めた際なぞ、男の方の腕ぷしが私よりも劣ると確信できれば、復讐の好機到来とばかりに該アベックへ向けてあれやこれやとアヤをつけ、そいつらの幸福なひと時をぶち壊してやっては心中、< 雑魚が。ボクを舐めるからこうなるんだ > なぞと狂王秀吉めいた
斯様な腐れ外道めいた態様を呈する私が孤独で居るのも、むべなるかなであった。
[6]
斯くして先般も、私は悶々としつつ己が1Kの虚室にて過ごしていた。17時。私はキッチンの換気扇下で金ピースを喫っていた。朝から空一面を雲が覆い、世界全体を白
その己が現況を反映するが如き陰気な場景を見遣りつつ、私は憤懣遣る方無い身の裡でブツクサと独り言ちた。
「さびしい……」
その数日前、私は某メイド系風俗店で
私はフゥと紫煙を吐いた。該キャストのすべてが惜しまれた。肌の張りからして20代前半は硬かった。スタイルも顔も、私の好みの真ん中を射抜いていた。
私は猫耳の頭飾りを被った該キャストの声と笑顔を表象した。
""ご主人様、ご奉仕させていただきますニャン! ""
孤独で寂しいぶざまな独り身中年たる私は、彼女の可愛らしさへと甘えた。
"" ボクちゃん、寂ちい寂ちい! 優ちくちてー、ママーッ! ""
"" 了解ニャン! 私がいーっぱい愛してあげますニャン! ""
"" ママーッ! ""
斯様な遣り取りを重ねる裡に客と嬢の関係を超えた紐帯めいたものを感じ始めたが、結句すべては私の
< あの
金ピースを喫い終えた私は居室に敷かれた万年床へと
< 神様、ボクは女に愛されてえよ。これってそんなに
不図、枕頭に気配を感じた。
私は目を開いた。
頭上に何者かが立っていた。
私は軽き悲鳴を発して飛揚する様に身を起こした。だが腰が抜けたらしく私は立ち上がることができなかった。而して
それは妊婦だった。我が
その妊婦には首が無かった。
併し、首無し妊婦は私に欠缺を感じさせなかった。この妊婦にとり首が無いのが適正な在り方なのだと思われた。それは美術トルソーやヘレニズム彫刻を鑑賞した際の感慨に近かった。両腕が無い姿こそがミロのヴィーナスの真なる姿であり、サモトラケのニケは頭部と両腕を欠いた姿こそが一番の美しさなのである。
首無し妊婦は凝と立ったまま動かなかった。私は
曩に叙した通り、私は首無し妊婦の出現へはハナ驚かされ恐れもした。併しである。本稿の半分以上を費やしてクドクドと説明した様に私はそもそもが度外れに性欲の強い男であり、且つはロハの女体を渇望すること
私は馬っ気を起こした。雄心を惹起せしめられた。我が下腹部の
最早怖れは無い。眼前の女体は我が物である。何を怖れる必要があろうか。
私は立ち上がり首無し妊婦へと近づいた。首無し妊婦が私を迎える様に両腕を拡げた。私は右手を首無し妊婦の乳房に置き、軽く揉んだ。乳首に母乳が滲んだ。私は其処に口を当てて吸った。口中へ淡い甘みが広がった。私は無我夢中になり、その行為を続けた。暫時そうしていると首無し妊婦が体を動かした。急なことへ吃驚した私は一瞬、警戒に体を強張らせた。首無し妊婦はゆっくりと片手を動かし私の頭を優しく撫でた。
私は首無し妊婦の顔を見上げた。否、そも顔なぞ無いのだが、私は何も無い其処へ
が、
< 本当か? > 不図猜疑が出来した。
私は
< 愛は偽物で、
逡巡して結句、私は真実を確かめるための解決策を見いだした。
< 愛の告白をしよう。その時の反応を視て、この女の真心を確かめるんだ >
併し曩に叙した通り私に女との交際経験は無い。
< 勝手が
私は
私は首無し妊婦の両肩を掴み正対した。
「き、君、ボ、ボクの、エターナル・ラバーに、なってくれるかい? 」
肩を掴んだ私の両手を首無し妊婦が愛撫した。
確たる同意のジェスチャー!
女の愛の獲得、もといロハの女体獲得、心願成就せり!
斯くなればそもそもがヴァカチンのセクソシストたる私の行動は早かった。
「そいじゃあ、早速と
私は万年床を指差して言った。首は無くともこちらの
私は抑えが利かなくなった。
「Let's Go ! 」
歓叫した私は舐め達磨めいた態様で妊婦の
一通り好き勝手を働いて
「では、お次はボクのイチモツを咥えてやっておくんなさい」
首無し妊婦は体を起こし、
「あれ、
そこまで言って私は己が痴鈍を察した。
「あ、そうか、首が無えのか。ごめんよ。ボク、すっかり舞い上がっちまって、君の首のことを、とんと忘れちまってたんだ」
私は即座に叩頭しつつ情けない声色で泣きを入れた。
「ボク、そもそもがとんだ野暮天にできてるもんだからよ。赦しておくれ」
首無し妊婦が優しく私の頭を撫でた。
私は我慢ができなくなり首無し妊婦を押し倒した。
私は表面へ黒紫の血管を走らせ隆々と勃起した己が
悲しいかな私は曩時より直ぐとガス欠する
< ボクの雌だ……ボクだけの雌だ…… >
そもそもが調子コキの自分免許気質である私は今や
「さて、ボクたちは一切のお銭を挟まずに聖契を結んだ訳だけど、言ってみりゃあこれは夫婦の契りを交わした様なもんだわな。そこでよ、晴れてボクの女になった君へ折り入っての頼みがあるんだけどよ。どうだろう、その腹の中のガキを堕ろしちゃくれねえかい。ボクは聖ヨセフじゃねえからよ、他人のガキの面倒なんざ看たくもねえし、ハナそんなものには関わりたくもねえんだよ。そもそもボクはガキが大嫌いなんだよ。世間はガキを見りゃあ、やたらとカワイイなぞとホザくがよ。ボクからすりゃあガキなんざ、大人のミニチュアにしか見えねえんだよ。そのうえ、うるせえし、邪魔だしよ。赤ん坊なんざ、見た目は毛を毟られた不細工猿じゃねえか。否、それじゃあ猿に失礼だわな。ありゃあグロテスクなヒト形クリーチャーだぜ。気持ち悪いったらありゃしねえや。奴らときたら、クソを垂らして泣く他に能が無えんだからな。笑っちまうぜ。意味も無く金切り声をあげたり走り回ったりする大人がいりゃあ、そいつは気狂いか馬鹿だろ? ガキってのはそれと同じだわな。それを子どもだからの一点張りですべての迷惑行為を赦されてるんだから、とことん気に入らねえよ。あんなの害獣駆除の一環でブチ殺すべきだと思うね。巷間の子持ちどもは、手前の複製をつくったくれえで随分と得意げになっちゃいるがよ、そもガキをこさえるなんざ間尺に合わねえ頓馬なことだと思うよ。自分の時間と金は失うし、そのくせ肝心のガキも投資に見合うだけの成長をするとは限らねえんだからな。それに自分の血を遺すことへ大層な意義を見出してる奴が居るけどよ、そんなもん人類が滅びちまえば何の意味も無えわな。人間が居なくなりゃあ、それまでの人類の歴史すべてが虚無の
首無し妊婦は微動だにせず、私へのレスポンスを表さなかった。
「あれ、どうしたってんだ。ねえ」
私は首無し妊婦が死んでしまったかと思い
斯くして
何かが首無し妊婦の膣から出てきていた。
赤紫色のそれは嬰児らしからぬ確たる意志の感ぜられる
生まれ出た嬰児は遅遅と首を捩じり私の方へ顔を向けた。
その顔を見て私は戦慄した。
嬰児は私の顔をしていた。
私の顔をしたそれは私と目が合うとニヤリと笑った。それは首無し妊婦の大腿へと頬擦りをし、ウヒヒと笑いを洩らしてから「ボクの雌、ボクだけの雌」と言った。
その台詞が響くか響かないか、テレビのチャンネルが切り替わる如くに嬰児も首無し妊婦も一瞬で消えた。森閑寂静。私は亡母を哀惜する稚児の如くにウオオンと啼いた。
[7]
一時間ほどを自失の態で過ごして後、私は出掛けた。己が居室から指呼の間にある風俗街へと向かった。利用したことは無いが、其処には某妊婦風俗があることを識っていた。私は携帯で該店へと電話を掛けた。愛想の無い男の声が応対した。
「できるだけ若くて、腹のでかいキャストを寄越してくれいっ! 」私は怒鳴る様に頼んだ。
私は男スタッフに薦められたラブ・ホテルに室を借り、ベッドへ腰を下ろして待った。
数分後、嬢が来た。
「はじめまして、マリアです! 」
若い見た目の女で腹が膨れており恐らくは臨月であった。私は凝とその腹を見つめた。
腹の中に居るであろう胎児が憎かった。
「どうかしましたか? 」マリアが優し気な口吻で訊ねた。
私は矢庭に屈み込み、マリアの腹へ抱き着いた。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください! 」マリアが身を捩った。
「出て来いクソガキ! ぶっ殺すぞ! 」私は胎児に向けて
「やめてください! 」マリアが悲鳴を上げた。
「頼む、代わりにボクを
途端、
「キメぇんだよ、変態ジジイ! 」マリアが怒罵した。
視界が徐々に復した。私は往生寸前の蝉が如くに仰臥したまま体を動かせなかった。
マリアが右手を硬く握りしめて胸元へ構えていた。
私は脳天へと
「死ね」
マリアは忌々しげにホキ捨てると私に
私は股間と尻に不快な温もりを感じた。悪臭が鼻を突いた。殴られた衝撃で脱糞と失禁をカマしたらしかった。
私は涙を流した。
< ボクは、愛されたいっ……! > 私は身の裡にて稚気めいた哀嘆をした。
マリアからフェイタルな一撃をカマされて意識は未だハッキリとしなかった。
夢見心地であった。そう、夢の如く。
生活なぞ、今生の風に吹かれて舞い上がる一片の花びらに過ぎぬ。
世の中は 夢かうつつかうつつとも 夢とも知らず ありてなければ、である。
<了>
孕み菩薩 ぶざますぎる @buzamasugiru
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