孕み菩薩

ぶざますぎる

孕み菩薩

あなたはもろもろの憎むべき事に加えて、このみだらな事をおこなったではないか。(エゼキエル書16:43)



[1]

 自慢げに言うことでもないが私は性の目覚めが早く、幼稚園も年長となる時分には異性に対して特別な意識をふとこり始めていた。いつの間にやら幼い私には女体を凝視する地癖――その対象は主として10代後半から20代前半の若い女であった――が身についていた。糅てて加えて往時の私には矢鱈と若い女教諭の肉体へ纏わりつく陋習ろうしゅうもあった。意味も無く脚に獅噛しがみついては其処へ頬擦りをしたり、屈んでいる女教諭の後ろから抱き着いては己が小さなたなごころで以て乳房を揉みしだいた。斯様な腐れクレヨンしんちゃんめいた調子は小学校入学後も続き、さすがに抱き着くことは止めたものの女たちの肢体への凝望癖は尚と残った。

 とは言い条、往時の私にスケベ親父めいた昭然しょうぜんたる劣情意識は無かった。私はただうちより出来しゅったいする得も言われぬ衝動に突き動かされるまま女体へと猛進していた。女体をジロジロと眺めることで己が胸中へ生ずるモヤモヤの正体とか、自らの双眸そうぼうを女体へ釘づけにさせる不可思議な衝迫への自省究察はできず、無意識に駆り立てられるまま女体を眼窩へ捉え続けた。

 併し小学校も高学年になると雑多な性知識が身につきはじめ、私はそれまでの自分の行為やその背後に存していた欲求の本尊へも自覚的になった。しかして女体を見つめる私のまなこも、其頃には是非を識らぬ子どもの瞳から気色の悪い光輝を放つ下卑た雄の淫眼いんがんへと変貌していた。たださきに叙した通り私が淫欲の対象としたのは10代後半から20代前半の女体であった。故に女教師の肉体へこそ魔酔ますいめいた執着はしたものの、一方で同級の女子生徒なぞへは全く興趣を唆られぬのであった。

 然あれど中学校へ上がる時分には同級生たちの体躯も漸次的に豊かな大人の肉づきへと変りはじめ、斯くなればハナ同年代の女子たちへは無関心を決め込んでいた私も、畢竟ひっきょうにその淫眼を周りの女生徒連へも向ける仕儀と相成った。


[2]

 その時分には私も自慰の果てに白き放液をカマす様になり、性交渉についても身の裡で確たる規矩きくを定め始めた。日がな女体とその陰裂の表象が脳中の大宗たいそうを成し、私は只管ひたすらに女陰への挿入をこいねがった。だが斯様に肉欲を滾らせた処で往時の私へは女体の獲得なぞ夢のまた夢であった。

 有体に言えば私はモテなかった。私は魯鈍で運動音痴、何ら秀抜するものを持たずそのうえ性悪で稟性ひんせい下劣、糅てて加えて化け物めいた不細工であった。異性から好かれる要素なぞ皆目無かった。また私はそもそもが小心なのに加えて、こと女に対しては曩時のうじも今も非常に奥手なたちであり、真面まともに言葉を交わすことすら能わぬのであった。これでは恋人はおろか女友達すらできようはずが無い。どう足掻いても窃視視姦が関の山である。私は当て的の無い欲望に苦衷を抱えざるを得なかった。

 だが実際、私の身の裡では性欲が膏肓勃勃こうこうぼつぼつとしており解放を求めていた。それは虚しい自涜のみでは鎮撫できなかった。程無くして溜まり溜まった憤懣が爆発し転帰、私は代償行為として女子の私物へ手を出し始めた。生来私は言怯行勇というか、そもそもが小心のくせして思い詰めると理非曲直を問わずに大胆なことを仕出かす向きがあった。一例、私は放課後に人目を盗んで女子の上履きを嗅ぎ、時としてそれを宅へと持ち帰った。自室にてマジマジと観覧し、中敷きの黒汚れへと指を這わせては得も言われぬ背徳感と共に激甚たる性的昂奮を催した。一度ならずそれへ放液しては後日こっそりと下駄箱に戻し、持ち主が何も識らずにそれを履いているのを見ては異常な法悦エクスタシーを覚えるのであった。他にも屡屡たびたびと女子の私物を拝借しては己が淫具として用いた。

 とあれ斯様な痴漢ドワーフめいた醜行に因り我が激烈たる淫欲はひとまずの落ち着きを得た。この悪風は暫時吹き続け、気づけば私は学校をえていた。結句、私は恋人も女友達もできなかった。女たちとはロクな会話ひとつとてはかかなかった。


[3]

 学校を卒えて働き始めた私は露めいた給金を得る様になった。おあしを抱えてハナ私が行ったのは淫購いんこうであった。黄白こうはくを介して優しさの造花をもとめた。従前までは脳中の槐夢かいむに過ぎなかった女の裸体が、今や確たる実体を伴い私の眼前へと呈された。風俗嬢は優し気な緩頬を浮かべつつ懇篤な口吻と手つきで以て私の心身をいやした。書割の愛があたえられ、寂寂せきせき暗澹たる生活に一筋の光が差した感があった。

 爾来じらい私は金を得る度に淫店へ走り玄牝げんぴんの温もりを購めた。そもそもが迂愚うぐにできていて同性の友も居らず特段の趣味も持たぬ私にとり、ぜにで手に入れた女体を拝跪するほか生活の動機なぞ無かった。金子きんすで果たす閏事ねやごとのみが生き甲斐であった。孤独な私の哀傷を嬢たちがいやし、愁襟落莫しゅうきんらくばくたる心の隙間を嬢たちの囁きが埋めた。嬢たちに縋ることで惨憺たる孤独の虎口から逃れた。

 悲しいかな私を含め一体に非モテ風俗客というのは、巷間の女連からは鼻にも掛けてもらえぬ惨めな自分のことを () 受け入れてくれる () 風俗嬢に対して、稚気めいた聖女幻想を抱きがちである。実際、いつの間にやら私は嬢たちのことを己が守護天使かの如くに錯覚し始めた。物心ついてから女ひでりが続いた私にとり、泡姫たちは菩薩めいた光輝を放って見えた。解消できぬ性欲に苦しんだ已往いおうを持つ私が愛の夢を見せる夢魔たちへ崇拝に近い気持ちをふとこったのも、無理からぬ話ではあった。

 私はプロの手練手管へと見事にはまった。


[4]

 斯くの如き淫蕩を重ねつついたずらに馬齢を経て畢竟、気づけば私は一縷いちるの希望も無い生き恥晒しの中年と成り果てていた。だが気力体力こそとみに衰えたものの淫欲だけは若時と同じく猖獗たる有様であり、私は相変わらずの淫購三昧境さんまいきょうで過ごしていた。

 併し斯様な理性欠缺けんけつの淫乱モンキーめいた私のうちでも、ことここに至って若干ながらも心境へ変化が生じた。世間一般に於ける中年の類に漏れず、私は月並みな中年の危機に瀕したのだった。今や落暉らっきの趣を呈し始めた生活の裡で不図後ろを振り向いてみれば、其処には何ら軌跡めいたものは残っていない。私は何も成し遂げていなかった。向後は虚しい生活の裡でかた尽き、遠からぬ確実な死に怯えて過ごすのみである。性欲だけを己が木鐸とし無為の日を重ね続けた私にとり、それは真っ当な転帰に他ならなかった。

 だが当然を当然として潔く納得できぬのが人情のつねであり、私は己が虚無の境涯を前にして苦哀輾転くあいてんてんとした。日毎ひごとにそうした嗟嘆さたんうちで悪働きの度を増して往き、土台の病疾めいた性欲へと哀音あいおんの寂寥をブレンドした。而して従前こそ淫購の後には心地好い疲労感と共にある種の達成感を得られたものが、今では少しく暗愁が差す様になり、帰途の折なぞに不図びょうとした落莫を感ずるのであった。

 過日は天女の寵愛とも感ぜられた嬢たちの持て成しの裡にも、近来ではプロがふとこる打算の気配を見出す様になった。金銭で誂えた疑似恋愛に私が舞い上がった処で嬢からすればハナ商売の一環、私なぞ所詮は金蔓かねづるに過ぎぬのだという自覚をようようにしてふとこり畢竟、自身が生来一度たりとも女の愛を獲得し得なかったという現実へも開眼せしめられた。とは言い条、そもそもが女体アディクトめいた変態腰振りゴリラたる私にとり淫購習慣は己が死活へ関わる大事である故、これを続ける他に手段は無かった。

 女から愛されたことが無い。黄泉比良坂よもつひらさかが近づきつつある中年の私にとり、この現実は暴力的なまでの悲しみを惹起せしめた。女から愛されたかった。修羅の巷を独行するには老い過ぎた。共に生きる伴侶が欲しかった。

 否、斯様な甘ったるいセンチメンタリズムで糊塗せずに下種げす張った衷心を叙せば、私はお銭を介さずに女体を抱きたかった。尚言えば私は自分だけが独占できる女体が欲しかった。私はその本質からして単なる女体乞食に過ぎなかった。


[5]

 然あれども、こと茲に至って私が恋人、もとい無料の女体を求めるのは無茶であった。已往プロが提供する偽りの優しさを浴び続けるのみで素人女との関係を一切持たなかった私は、こと素人女に対する耐性の閾値いきちが極端に低く設定されていた。風俗嬢たちは私の甘ったれを無限に肯定してくれた。私は自分に都合の好い夢の世界へ籠り続けて来た。而してコミュニケイト地肩が軟弱なまま中年となった私は身の裡が初心うぶなシャイボーイ状態から成長しておらず、女相手の口説きはおろかかろき挨拶ですらも挙動不審となり自然とこなせぬのであった。斯様な逆・江戸川コナンめいた気色の悪い中年オヤジ相手でもプロの女ならば()優しき対応をしてくれようが、金銭を介さぬ素人女にとれば即通報もののおぞましさであろうし、然すれば私は駆けつけたポリ公に由り射殺される他無い。

 些か自己弁疏じこべんそめいた言いになるが、私にはこれまで素人女との縁が無かった。そもそもが堪え性の無い与太郎である私は已往一度たりとも仕事が長続きせず、職籍を転転としつつ糊口を凌いだ。渡り歩いた職は土木手元やニンジン警備員といった野郎所帯の肉体労働が殆どで、女気なぞハナ期待できなかった。だが仮令たとえ野郎所帯であっても一つ処へ長居すれば仲の好い同僚の一人や二人はできようし、その紹介で女と識り合う機会も得られたやもしれぬ。ただ曩に叙した通り私は仕事が続かずそれほどの信頼を築き得なかったし、そもそもが稟性下劣な人間である故に野郎相手でもハナ人並みの人間関係すら構築できなかった。

 言辞転々としたが結句、孤独な現況は自業自得であった。私は身を捩りながらの悲憤慷慨をする他無く、畢竟にその憤懣が私をある種のモンスターめいた存在へと変貌させた。

 恒から私は恋人の居る男どもが、已往一度でも女に愛されたことのある男どもが憎くて仕方が無かった。タレをつけて街中を闊歩する男どもを見る度に殺意めいた嫉妬をふとこり赫怒した。こちとらが黄白を介さねば女を抱けぬ一方で巷間の少なからぬ男連がロハで時間無制限に女体を貪り、糅てて加えてその愛までをも獲得しているという現実が業腹ごうはらだった。

 而して街上にてアベックを認めた際なぞ、男の方の腕ぷしが私よりも劣ると確信できれば、復讐の好機到来とばかりに該アベックへ向けてあれやこれやとアヤをつけ、そいつらの幸福なひと時をぶち壊してやっては心中、< 雑魚が。ボクを舐めるからこうなるんだ > なぞと狂王秀吉めいた欣々然きんきんぜん勝鬨かちどきを上げた。

 斯様な腐れ外道めいた態様を呈する私が孤独で居るのも、むべなるかなであった。


[6]

 斯くして先般も、私は悶々としつつ己が1Kの虚室にて過ごしていた。17時。私はキッチンの換気扇下で金ピースを喫っていた。朝から空一面を雲が覆い、世界全体を白底翳そこひの如く濁らせていた。夕が近づくにつれ漸次的に黒が入り混じり、今や窓外には幽邃ゆうすいめいた灰色の光が莫と広がっていた。

 その己が現況を反映するが如き陰気な場景を見遣りつつ、私は憤懣遣る方無い身の裡でブツクサと独り言ちた。

「さびしい……」

 その数日前、私は某メイド系風俗店で恥沙汰はじざたを起こした。私はあるキャストへ入れ込み、畢竟は気味悪がった該キャストから無慈悲ノーマーシーなNGを出され、糅てて加えて該店からも冷然たる出禁処分を喰らっていた。

 私はフゥと紫煙を吐いた。該キャストのすべてが惜しまれた。肌の張りからして20代前半は硬かった。スタイルも顔も、私の好みの真ん中を射抜いていた。

 私は猫耳の頭飾りを被った該キャストの声と笑顔を表象した。

""ご主人様、ご奉仕させていただきますニャン! ""

 孤独で寂しいぶざまな独り身中年たる私は、彼女の可愛らしさへと甘えた。

"" ボクちゃん、寂ちい寂ちい! 優ちくちてー、ママーッ! ""

"" 了解ニャン! 私がいーっぱい愛してあげますニャン! ""

"" ママーッ! ""

 斯様な遣り取りを重ねる裡に客と嬢の関係を超えた紐帯めいたものを感じ始めたが、結句すべては私の独善狭隘どくぜんきょうあいな思い込みに過ぎなかったらしい。該キャストは笑顔の裏で虫唾むしずを走らせていたのだ。その転帰が件のNGである。

 < あのだけは、他の嬢と違って本気でボクのことを愛してくれていると思ったのによ…… > 私は心中にて悲嘆した。

 金ピースを喫い終えた私は居室に敷かれた万年床へと仰臥ぎょうがし目を瞑った。気分疏嬾そらんとなり何をする気力も湧かなかった。

  < 神様、ボクは女に愛されてえよ。これってそんなに奢侈しゃしな願いかい? なあ、もうジジイだぜ、ボクも。一回くらい自分だけの女を手に入れてもばちは当たらねえだろうよ > 私は心中にて祈りとも呪詛ともつかぬ言いを神へ奉じた。

 不図、枕頭に気配を感じた。

 私は目を開いた。

 頭上に何者かが立っていた。

 私は軽き悲鳴を発して飛揚する様に身を起こした。だが腰が抜けたらしく私は立ち上がることができなかった。而して魂飛魄散こんひはくさんの態でまなじりを裂いた私は遁走エスケイプも叶わず、忽然と現れたそれをただ凝と見つめる他無かった。

 それは妊婦だった。我が陋室ろうしつは電灯を点けておらず仄暗かった。その滲む様な暗さが妊婦の外郭を不思議に強調した。妊婦は裸だった。何も履かない裸足から歪み無く伸びる脛と大腿。肌は陶器めいた白艶を湛えていた。露わになっている女性器周りには毛が生えていない。そして膨張した腹部。その白い丘陵の上にある二つの大きな乳房は乳輪が黒ずんでいた。視線を上へ這わせれば鎖骨が浮き上がっている。そして更に上を見ると……。

 その妊婦には首が無かった。

 併し、首無し妊婦は私に欠缺を感じさせなかった。この妊婦にとり首が無いのが適正な在り方なのだと思われた。それは美術トルソーやヘレニズム彫刻を鑑賞した際の感慨に近かった。両腕が無い姿こそがミロのヴィーナスの真なる姿であり、サモトラケのニケは頭部と両腕を欠いた姿こそが一番の美しさなのである。

 首無し妊婦は凝と立ったまま動かなかった。私は惧怕ぐはくと共に今しがた叙した如くの不可思議な心機をふとこりつつ首無し妊婦を見つめた。然あれど首無し妊婦は彫刻では無かった。首無し妊婦は立ち尽くしたままではあるが、その体は微顫びせんしていた。それは無機の彫刻が置かれているのではなく命を持った存在が其処に立っていることの明徴であった。

 曩に叙した通り、私は首無し妊婦の出現へはハナ驚かされ恐れもした。併しである。本稿の半分以上を費やしてクドクドと説明した様に私はそもそもが度外れに性欲の強い男であり、且つはロハの女体を渇望することごと無い男でもあった。その私の前へ首無し妊婦とは言い条、女体が呈された訳である。ハナ私の眼窩へ不気味な異象として映じた首無し妊婦の姿も、今や蠱惑こわく妖灯ようとうめいた魅力を放ち始めた。陶器の様に白く美しい肌。妖魅ようみに膨らんだ孕み腹。モントゴメリー腺がポツポツと隆起して淡く上品に黒ずんだ乳輪。私の身の裡で恐怖は漸減し、代わりに淫猥な衝動が出来した。

 私は馬っ気を起こした。雄心を惹起せしめられた。我が下腹部の薩摩拵さつまごしらえは峻峭しゅんしょうたる勃起をカマしていた。不図、私は神へ祈ったことを思い出した。そもそもがすべてを自分に都合好く解釈する癖のある私は、この首無し妊婦が神から私へとあたえられた寵幸ちょうこう一品プレゼントに違いないと不当な結論を下した。

 最早怖れは無い。眼前の女体は我が物である。何を怖れる必要があろうか。

 私は立ち上がり首無し妊婦へと近づいた。首無し妊婦が私を迎える様に両腕を拡げた。私は右手を首無し妊婦の乳房に置き、軽く揉んだ。乳首に母乳が滲んだ。私は其処に口を当てて吸った。口中へ淡い甘みが広がった。私は無我夢中になり、その行為を続けた。暫時そうしていると首無し妊婦が体を動かした。急なことへ吃驚した私は一瞬、警戒に体を強張らせた。首無し妊婦はゆっくりと片手を動かし私の頭を優しく撫でた。

 私は首無し妊婦の顔を見上げた。否、そも顔なぞ無いのだが、私は何も無い其処へ嫣然えんぜんたる吉祥天の笑みが仄見えた気がした。私は首無し妊婦の愛を感じた。

 が、

 < 本当か? > 不図猜疑が出来した。

 私は前方まえかたに喰らったNGを想起した。この首無し妊婦も件の風俗嬢と同じく私をいるだけやもしれぬ。

 < 愛は偽物で、あとになって金を請求してくるのやもしれねえ >

 逡巡して結句、私は真実を確かめるための解決策を見いだした。

 < 愛の告白をしよう。その時の反応を視て、この女の真心を確かめるんだ >

 併し曩に叙した通り私に女との交際経験は無い。またこれもつとに説明した如く私は女に対しては奥手な質であり、愛の告白なぞしたことが無い。

 < 勝手が理解わからねえ…… >

 私は右顧左眄うこさべんし畢竟、おとこ一匹、多言を弄せず愚直の一球を投ずるべきだと結論した。

 私は首無し妊婦の両肩を掴み正対した。

「き、君、ボ、ボクの、エターナル・ラバーに、なってくれるかい? 」

 肩を掴んだ私の両手を首無し妊婦が愛撫した。

 確たる同意のジェスチャー!

 ラブ真実オーセンティックであった!

 女の愛の獲得、もといロハの女体獲得、心願成就せり!

 斯くなればそもそもがヴァカチンのセクソシストたる私の行動は早かった。

「そいじゃあ、早速と愛の実践メイク・ラブをしちまおう」

 私は万年床を指差して言った。首は無くともこちらの挙措云為きょそうんいは把握できるものらしく、首無し妊婦は私に身を委ねる様な動きをした。そもそもが眠れるジェントルメンを自認している私は、優しく首無し妊婦を横たえた。首無し妊婦はとこへ仰臥し私をいざなうかの如くゆっくりと股を開いた。それを見るや我が愚息は「我、独立不羈ふきの覇王なり! 」と號叫ごうきょうするが如くに力づいた。

 私は抑えが利かなくなった。

「Let's Go ! 」

 歓叫した私は舐め達磨めいた態様で妊婦の股座またぐらへと顔を突っ込み一踊りした。 

 一通り好き勝手を働いてのち、私は顔を上げて言った。

「では、お次はボクのイチモツを咥えてやっておくんなさい」

 首無し妊婦は体を起こし、優婉ゆうえんたる手つきで私の直槍すぐやりさすった。

「あれ、理解わからねえかい? ボク、手じゃなくて口でやってもらいてえんだ」

 そこまで言って私は己が痴鈍を察した。

「あ、そうか、首が無えのか。ごめんよ。ボク、すっかり舞い上がっちまって、君の首のことを、とんと忘れちまってたんだ」

 私は即座に叩頭しつつ情けない声色で泣きを入れた。

「ボク、そもそもがとんだ野暮天にできてるもんだからよ。赦しておくれ」

 首無し妊婦が優しく私の頭を撫でた。

 私は我慢ができなくなり首無し妊婦を押し倒した。

 私は表面へ黒紫の血管を走らせ隆々と勃起した己が陽物ようぶつを握りつつ、湿り気を帯びて無防備に開かれた薄桃色の蜜壷へと暴力的に闖入させた。而して私は理性を持たぬ気狂いライオンめいた不省人事アゲアゲの態で一心不乱と体を動かし、あっという間に果てた。

 悲しいかな私は曩時より直ぐとガス欠するたちでありまた輓近ばんきんとみな体力低下に由り次弾装填も捗が往かなかった。私は首無し妊婦の横へ倒れ込んだ。これまでの淫購では味わえなかった悦びを感じた。

 < ボクの雌だ……ボクだけの雌だ…… >

 そもそもが調子コキの自分免許気質である私は今や一端いっぱしのジゴロ気分をふとこり、面前の首無し妊婦に対する支配権を得たかの如く思い始めた。而して私は首無し妊婦に対し、ハナふとこっていた胸の裡をピロートーク代わりに捲し立てた。

「さて、ボクたちは一切のお銭を挟まずに聖契を結んだ訳だけど、言ってみりゃあこれは夫婦の契りを交わした様なもんだわな。そこでよ、晴れてボクの女になった君へ折り入っての頼みがあるんだけどよ。どうだろう、その腹の中のガキを堕ろしちゃくれねえかい。ボクは聖ヨセフじゃねえからよ、他人のガキの面倒なんざ看たくもねえし、ハナそんなものには関わりたくもねえんだよ。そもそもボクはガキが大嫌いなんだよ。世間はガキを見りゃあ、やたらとカワイイなぞとホザくがよ。ボクからすりゃあガキなんざ、大人のミニチュアにしか見えねえんだよ。そのうえ、うるせえし、邪魔だしよ。赤ん坊なんざ、見た目は毛を毟られた不細工猿じゃねえか。否、それじゃあ猿に失礼だわな。ありゃあグロテスクなヒト形クリーチャーだぜ。気持ち悪いったらありゃしねえや。奴らときたら、クソを垂らして泣く他に能が無えんだからな。笑っちまうぜ。意味も無く金切り声をあげたり走り回ったりする大人がいりゃあ、そいつは気狂いか馬鹿だろ? ガキってのはそれと同じだわな。それを子どもだからの一点張りですべての迷惑行為を赦されてるんだから、とことん気に入らねえよ。あんなの害獣駆除の一環でブチ殺すべきだと思うね。巷間の子持ちどもは、手前の複製をつくったくれえで随分と得意げになっちゃいるがよ、そもガキをこさえるなんざ間尺に合わねえ頓馬なことだと思うよ。自分の時間と金は失うし、そのくせ肝心のガキも投資に見合うだけの成長をするとは限らねえんだからな。それに自分の血を遺すことへ大層な意義を見出してる奴が居るけどよ、そんなもん人類が滅びちまえば何の意味も無えわな。人間が居なくなりゃあ、それまでの人類の歴史すべてが虚無の静寂しじまに溶けちまうんだからよ。そもそもボクはよ、未来があってそのうえ周りの人間から愛されてるガキどもが我慢ならねえし、そのガキを自慢げに連れまわしてる幸せそうな親たちも憎くて仕方がねえんだよ。どいつもこいつも、ぶっ殺してやりたくて仕方が無えんだ……まあ一寸ちょっと脱線しちまったけど、これがボクの衷心だよ。無論、ガキは堕ろしてくれるよね? 妻たる君がボクに逆らうなんざハナ疑っちゃいねえけどよ、どうしても君が堕胎するのに引け目を感じるってんなら、まあ産むこと自体は赦してやらあな。産んじまってから焼却炉にダンク・シュートしちまえばいいや。承知してくれるよね。君はボクの女だしね。理解るかい? ボクの女、だよ? 」

 首無し妊婦は微動だにせず、私へのレスポンスを表さなかった。

「あれ、どうしたってんだ。ねえ」

 私は首無し妊婦が死んでしまったかと思い失魂落魄しっこんらくはく、半狂乱の態でその体を揺すり続けたが相変わらず反応は無かった。

 斯くして惊慌りょうこう満腔まんこうとなった私は正気を失い掛けたが不図、首無し妊婦の股座またぐらに何かの気配を感じた。

 何かが首無し妊婦の膣から出てきていた。

 嬰児えいじだった。

 赤紫色のそれは嬰児らしからぬ確たる意志の感ぜられる蠕動ぜんどうをし畢竟、完全にこちらの世界へと姿を現した。

 生まれ出た嬰児は遅遅と首を捩じり私の方へ顔を向けた。

 その顔を見て私は戦慄した。 

 嬰児は私の顔をしていた。

 私の顔をしたそれは私と目が合うとニヤリと笑った。それは首無し妊婦の大腿へと頬擦りをし、ウヒヒと笑いを洩らしてから「ボクの雌、ボクだけの雌」と言った。

 その台詞が響くか響かないか、テレビのチャンネルが切り替わる如くに嬰児も首無し妊婦も一瞬で消えた。森閑寂静。私は亡母を哀惜する稚児の如くにウオオンと啼いた。


[7]

 一時間ほどを自失の態で過ごして後、私は出掛けた。己が居室から指呼の間にある風俗街へと向かった。利用したことは無いが、其処には某妊婦風俗があることを識っていた。私は携帯で該店へと電話を掛けた。愛想の無い男の声が応対した。

「できるだけ若くて、腹のでかいキャストを寄越してくれいっ! 」私は怒鳴る様に頼んだ。

 私は男スタッフに薦められたラブ・ホテルに室を借り、ベッドへ腰を下ろして待った。

 数分後、嬢が来た。

「はじめまして、マリアです! 」

 若い見た目の女で腹が膨れており恐らくは臨月であった。私は凝とその腹を見つめた。

 腹の中に居るであろう胎児が憎かった。

「どうかしましたか? 」マリアが優し気な口吻で訊ねた。

 私は矢庭に屈み込み、マリアの腹へ抱き着いた。

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください! 」マリアが身を捩った。

! ぶっ殺すぞ! 」私は胎児に向けて號呼ごうこした。

「やめてください! 」マリアが悲鳴を上げた。

「頼む、代わりにボクを身籠みごもってくれいっ!」私は腹へ頬擦りしながら叫んだ。

 途端、頭蓋とうがいへ衝撃が走り、目の前が暗くなった。体が痺れた。私は泥濘マッドへ沈み込む如く床へ倒れた。

「キメぇんだよ、変態ジジイ! 」マリアが怒罵した。

 視界が徐々に復した。私は往生寸前の蝉が如くに仰臥したまま体を動かせなかった。

 マリアが右手を硬く握りしめて胸元へ構えていた。

 私は脳天へと拳槌けんついを喰らったらしい。

「死ね」

 マリアは忌々しげにホキ捨てると私にそびらを向けて立ち去った。

 私は股間と尻に不快な温もりを感じた。悪臭が鼻を突いた。殴られた衝撃で脱糞と失禁をカマしたらしかった。

 私は涙を流した。

 < ボクは、愛されたいっ……! > 私は身の裡にて稚気めいた哀嘆をした。

 マリアからフェイタルな一撃をカマされて意識は未だハッキリとしなかった。

 夢見心地であった。そう、夢の如く。

 生活なぞ、今生の風に吹かれて舞い上がる一片の花びらに過ぎぬ。

 世の中は 夢かうつつかうつつとも 夢とも知らず ありてなければ、である。

 しからば黄粱こうりょう一炊の夢、覚めるなら子宮の中が好い。


<了>

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