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 お兄ちゃんはあたしが五歳のときにあたしのお兄ちゃんになった。目がオレンジ色で、背が高くて、お兄ちゃん。


 あたしはママの子どもだけど、お兄ちゃんはママの子どもじゃあない。

 って、ママが言ってた。


 でも、お兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんだと思う。お兄ちゃんもあたしを『ひいちゃん』って呼んでくれるし『大事な妹』だって言ってくれている。


 むずかしいことは、よくわかんない。


 保育園の時には、いつもママの代わりにお迎えに来てくれていたけども、小学校に上がってからはお友だちと帰ることが多くなったし、お兄ちゃんもダイガクイン? でいそがしいらしくて。こうやって二人で帰るのはひさしぶりになる。お兄ちゃんと二人きりになるのも、……うーん? いつぶりだろう?


 家にいるときはママがいる。前はお兄ちゃんと、近所の公園に遊びに行ってたけど、小学生になってからはなくなっちゃった。学校での出来事、ママには話しても、お兄ちゃんには話してないな。


 だって、お兄ちゃん、学校に来てくれないんだもの。キョーミないんだと思う。授業参観とか、音楽会とか、運動会とかあるじゃん。そういうの、一度も見にこない。前回の学芸会もそうだよ。


 パパとママが来てくれるからいいけどね。


「取ってきたよ」


 あたしは教室にランドセルを取りに行って、戻ってきた。保健室の先生とお兄ちゃんは「病院に連れて行ったほうがいいか」を相談してた……んだよね。きっと。行ったほうがいいのかな。あんまり病院は好きくないんだよね。病院が好きな人ってそんなにいないかも。


 ちょうど音楽の授業だったから、教室には誰もいなかった。先生が「参宮さんは早退しました」って言ってくれるだろうけども、直接バイバイしたかったな。明日からさっそく衣装合わせとか練習とか始まるし、元気にならなくちゃ。となると病院には行かなきゃダメ? お薬飲まなきゃダメ?


「お大事にね」


 保健室の先生は心配そうな顔をしていて、あたしはなるべく元気に見えるように「はーい」と返事する。んだ。お兄ちゃんもぺこりとお辞儀して、二人で保健室を出て、校門から学校の敷地外に進む。


「お兄ちゃん、あのね」

「何?」


 お兄ちゃんの手がくうをつかんだ。握り返してあげたほうがよかったのかな。……なんか、はずかしくない? 低学年ならともかく、四年生にもなってお兄ちゃんと手をつなぐって、ねえ?


「ちえりちゃんがね、昨日、お兄ちゃんから『主役をゆずってほしい』って言われたって、言ってたの」

「あー、はいはい」


 半笑いを浮かべたお兄ちゃんは、ポケットから自分の携帯端末を取り出して、画面をタップした。


「本当に言ったの?」


 本当だとしたら、やばいじゃん。


 あのね。ちえりちゃんが、ウソついたって疑ってたわけじゃあないの。ちえりちゃんはあたしのお兄ちゃんのこと知ってるし。わざわざお兄ちゃんを引き合いに出して、それっぽいことを言ってきた、かもしれない、とは思ってた。でも、そんなヘタクソなウソついても、すぐにバレちゃうし。あたしがお兄ちゃんに聞いたら一発でわかっちゃう。


「ひいちゃんがやりたいことはなんでもやってほしい。ひいちゃんの希望が通るように、俺ができることはなんだってやる。ひいちゃんの人生を、俺が支えてあげたい。」


 お兄ちゃんは、大真面目な顔をしている。お兄ちゃんの携帯端末の画面上にはここら辺の地図が表示されていて、赤い点が、あたしたちのいる場所と重なっていた。


「これって」

『これって』


 あたしの声が、。あたしってこんな声なんだ。びっくりしちゃう。


「いつでもどこでも、ひいちゃんの危機には駆けつけられるように。ひいちゃんの持っている携帯端末がを把握できるようにアプリを入れた。ひいちゃんのためにね」


 小学校に入学するときに「一二三ひふみちゃんも小学生だからね。みんな持っているのに仲間外れになったら可哀想だよ」って、パパがママを説得してくれて、パパはあたしの携帯端末を買ってくれた。おかげで仲間外れにされずに済んだのは、ある。


 お兄ちゃんに貸した覚えはない。


「あたしの、ために?」

「前に、ひいちゃんがゆきちゃんと言い争いになったときも、俺は全部聞いて、とわかってたよ。真尋さんは、――ひいちゃんのママは、ひいちゃんにも非があるって言ってたけどさ。ひいちゃんは全然悪くないなら謝る必要ないじゃあん?」


 ゆきちゃん。次の日謝ろうと思ってたのに、謝れなかった子の名前。


「でも、あたしは」

「ひいちゃんは悪くないよ。ひいちゃんはいつだって正しい」


 途端に、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃない、別の生きものに見えてきた。

 あたしの体調が悪くて、見え方もおかしくなっちゃったのか、頭はぐわんぐわんする。


「ひいちゃんが主役を演じるべきだよ。他にふさわしい子はいない。俺も台本は読んだよ。ひいちゃんが適任でしょ。ちえりちゃんだっけ? ちえりちゃんには、ひいちゃんにナイショにしてもらえるようにのにさ。なんで言っちゃったんだろ。ちえりちゃんは一年生の時からひいちゃんと仲良くしてくれていたから、残念だよ」


 まるでどっかから見ていたみたいに言う。あたしからはなーんも話したことはない。


「ひいちゃんはこれからも幸せな人生を歩んでほしい。俺ができなかったぶんまで、ひいちゃんには楽しい日々を過ごしてほしいんだ」


 じゃあ、

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じゃあ、 秋乃晃 @EM_Akino

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