ゴミ箱の中身

【削除されました】 〈上〉

 あれは、あたしが小学校四年生の頃。


 朝ごはんを食べるのもちょっぴりきついなってぐらい日があった。でも、その日は学芸会の役を決める日だったの。先週台本が配られて、何をやりたいか決めといてねって。


 絶対に学校には行きたかったし、行った。


 もしママに「だるい」って気付かれたら「病院に行ってから登校しましょう」って言われちゃう。そうなったら、間に合わない。朝の会で決めるって、先生は言ってたし。


 この日じゃなかったなら病院行ってからでもいいよ? 


 ただ、パパやママにはいいところを見せたいじゃん。

 前回の学芸会は、ジャンケンに負けて『わるいまじょ』の役だったんだもの。


 あたしは、主人公になりたかった。

 パパもママも「よくできてたよ」ってほめてくれたけど、あたしは、主人公になりたかったの。


 だから、役を決める大事な大事な会に出られないなんて、そんなのいや。


 昨日、ちえりちゃんが「主人公、やりたいなあ」って言ってたのを、あたし知ってるの。つまり、あたしが休んだら、ちえりちゃんに決まっちゃう。他にやりそうな子、うちのクラスにはいないもん。


 今回はちえりちゃんが手をあげたら「せんせー! 多数決で決めませんかー?」ってまりちゃんが言ってくれることになってる。ジャンケンにはさせない。


 まりちゃんは学級委員長さんだ。まりちゃんが言ってくれたら先生は「そうだな、多数決にしようか」ってなるよ、絶対。


「おはよー、まりちゃん」

「おはよう一二三ひふみさん。……なんか、顔色悪くない?」


 一目見ただけでわかるぐらいかな。あたしは携帯端末をポケットから出して、インカメラで自分の顔を見る。


「そう?」


 ちょっと吐きそうだけど、このぐらい平気平気。あたしはまりちゃんの心配を「いつものプリティフェイスじゃない?」と茶化してみせる。


「ふふっ。そうね」


 笑ってもらえた。よかった。これで笑ってもらえなかったら、ただの自意識過剰ガールだよ。


 それからほどなくして先生がきて、朝の会が始まり、予告通りに学芸会の役決めをする。


 ……結局、ちえりちゃんは手を挙げなかった。

 主人公役はあたしに決まる。


 よかった。


 安心したら気持ち悪くなっちゃって、一時間目が終わってからそのちえりちゃんに付き添ってもらって保健室に行くことになる。保健委員さんだから。


「あのね、参宮さん」


 ちえりちゃんとは一年生の時からクラスがいっしょで、別に仲は悪くない。とはいえ、仲良しってほどでもない。席の並びが近いから、授業中に前後で組まされるときにお話しするぐらい。


「昨日の帰り、校門で参宮さんのお兄さんに会ったの」

「お兄ちゃんに?」


 なんだろ。おむかえにきてくれていたのかな。最近、シューカツでいそがしいって言ってたのに。


「お兄さんから『主役はひいちゃんにゆずってほしい』ってお願いされたのよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る