Special Episode スペースランドホテル⑩

 宇宙船を模したホテルの廊下は無機質な白色で、青白い照明に照らされていた。


 歩くたび、金属を軽く叩く音が鳴る。静かな曲が鳴るロビーフロアを通り抜け、彼は無音の園内に降りていった。


「暗いところは真っ暗だな……」


 園内は街灯とイルミネーションであちこち照らされてはいるものの、あらゆる場所が等しく明るいわけではない。


 光のないベンチや植え込みは闇に飲まれ、輪郭が微かに見えるだけになっていた。


 顔を上げると、まずは大きなジェットコースターと観覧車がそれぞれ目に入った。コースターのレーンは虹色に輝き、光が脈打っているかのようだ。


「……ヘクト」

「どわあぁっ⁉」


 そんな景色を眺めながら歩いていたヘクトは、突然背後から声をかけられ飛び跳ねた。


「お前なぁ。背後から声をかけるなっていつも言ってるだろ!」

「そうだっけ。ま、そんなことよりちょっと歩こうよ」

「お、おう……」


 ヘクトは戦々恐々としながら少女の顔色を窺った。今回、ひとまずうまく賞金稼ぎの2人組を撃退できたとはいえ、何かと少女を軽視した作戦になってしまったのは確かだ。


 そのために埋め合わせを提案したのだが、それも断られてしまった。一体何を要求してくるのだろうか。


「人が少ないっていいね。賑やかな遊園地も悪くないけど、こういう静かな方が好きだな」

「そうかぁ? 静かな遊園地って、なんか怖くねぇか」

「その特別感がいいんだよ。わかってないなぁ」

「へーへー、すいませんね……」


 2人はとりとめもない話をしながら、静かに光る闇の中を歩いていく。


「悪かったな。説明不足でよ。メールでも打っとくべきだったかもな」

「別にいいよ。作戦立てるのはヘクトのほうが上手だし。うまく行くって思ったんでしょ?」


 少女はヘクトの予想に反し、特に機嫌は悪くないようだった。彼は眉をひそめつつ、心の中で胸を撫で下ろす。


「まぁ、彼女の方を口説いてるみたいな感じだったのはちょっと腹立ったけど」

「あんなのよくある雑談だろ。だいたい、俺が女口説いてなんでお前がムカつくんだ?」

「……そういうとこだよ」


 ますます目を細めた少女に、ヘクトは頭を掻いた。子供の考えることはわからない。隣に並んで歩く彼女の足はまだ進み続けた。


 やがて、2人は微かにキリキリと鳴りながら回る観覧車の下に辿り着いた。それぞれのゴンドラが寒色系の光を放っている。


「こうして下から見ると、なおさらデカく見えるな」

「うん。綺麗だね」

「乗らなくていいのか? 今日乗れなかったし、明日もいれば……」

「ううん。ここでいいんだよ」


 そう言って、少女はコートの中に突っ込まれたヘクトの手を握ってきた。


 驚いて彼は少女を見る。彼女はまっすぐに彼を見つめ、自然に微笑んでいた。


「……おう。そうか」


 それに対して、ヘクトは何も気の利いたことを言えなかった。



『スペースランドホテル』

★★★★☆


 遊園地で遊んだあと、そのまま泊まることができるホテル。

 遊園地の敷地内にあるから、夜はホテル内からイルミネーションを眺めることもできる。

 食事はレストランでも食べられるけど、ルームサービスで持ってきてもらうこともできる。

 外の景色を特等席で見ながら食べられるから、お金があるならルームサービスのほうがいいかもね。


 何より特徴的なのは、閉園後も園内を歩くことができるサービス。

 アトラクションには乗れないけど、ほとんど人のいない園内を誰かと一緒に歩いたりもできる。

 ムードはとてもいいので、恋人同士とかにはおすすめ……かも、しれない……。


 ――カーバンクルのホテルレビューより。

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ストレイ・キャット・ステイ・ホテル 玄野久三郎 @kurono936

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