Special Episode スペースランドホテル⑨
「……次にお前さんらは通信して、俺らと合流した。違和感を感じたのはこの時もだった。
俺は確かに、カーバンクルに比べりゃ貧弱なモンではあるが、一応それなりに修羅場も潜ってる。
その俺が一発も当てられないってことは、それなり以上に鍛えてるやつってことさ」
『……いや、ヘクトはだいぶ弱いけど』
「動きが素人じゃなかったって話をしてるんだよ! 話の腰を折るな!」
ったく、と油断なく銃を構えたままヘクトは女を見つめる。
「察するに、武装して鍛えてる男のほうで、カーバンクルの相手になるかどうか試したかったんだろう。結果として、男は瞬殺。ここでお前さんらは再び計画を変更した。
考えたよな。偽物のカーバンクルって話題は、いい嘘かどうかはともかく面白い。興味を惹かざるを得ないからな」
「とはいえ、だ。護衛のテイでいくとはいえ、俺とカーバンクルが分断されたのはまずかった。まぁツインしかなかったししょうがなかったんだがな」
「……っ! そうよ、ジャクソン! なんで別々の部屋になったってのに、ソイツを先に確保しなかったの⁉ そうしておけばこんなことには……!」
女はヘクトの通信越しにジャクソンに叫ぶ。それを見て、彼はほくそ笑んだ。
「お前さん、俺らが部屋で騒いでたとき、うるさいって怒鳴り込んできたろう?」
「……そ、そうよ。それが何?」
「つまり、このホテルの壁は薄いってことだ。騒ぎを起こせば隣の部屋に聞こえる。それを彼氏に刷り込むためにあえてベースボールを大声で応援したりした。
結果として彼は日和ってくれたわけだ。無音で制圧できなければ、隣室にいるカーバンクルにすぐバレる。
だから、隣の部屋じゃない。もっと決定的に分断してから俺を人質にする。……大方そんなふうに決めたんだろ」
カーバンクルの通信端末からその声を聞いていたジャクソンが拳を握る。すべてが図星だった。
「そして夜になり、お嬢さんの悲鳴が外から聞こえた。それを追ったカーバンクルをジャクソンが相手し、姿を晦ましたお嬢さんが俺を人質に取る。……その筋書きでこの部屋に入ってきたわけだ」
「……どうしてあたしが来ることがわかったの」
「お前さんに靴を渡したろ。もっともらしい理由をつけて履いてもらったスニーカーさ。
甘かったな。俺はこんな事もあろうかと、小型発信機をいくつか持ち歩いてる。その靴に仕込んでおいた」
そう言って、彼は掌にいくつかの黒いチップを取り出し、空中に投げてキャッチした。
「よ〜く見えてたぜ。お前さんがちょうど声が聞こえそうな位置で止まって叫び、それからゆっくりこっちに向かってくるのがな。
……で、今この状況に至るってわけだよ。以上で解説終わり。拍手してくれていいぜ」
半笑いでそう言ってみると、女は穴が開くほどに彼を睨んでいたし、通信先の男もまた当然に無言だった。少女の拍手の音だけが虚しく響く。
「……さて。それじゃ、話も終わったことだしお前さんらの落とし前について話そうか」
「お……落とし前?」
「カーバンクルに、ついでに俺のことも狙ったんだ。残念でしたね、で終われると思ってないよな?」
女が固く口を結ぶ。当然だ。彼女は銃を向けられ、ジャクソンは少女に無力化されている。生殺与奪はヘクトらに握られているのだ。
「な……何をすればいいの」
「そうだなぁ。とりあえず、まずはここのホテル代が40AM。
俺を狙った迷惑料で30AM。カーバンクルを狙った迷惑料で30AM――」
ヘクトは指折り数えながら価格を数えていく。今の所の合計は100AM。現代日本円にして10万円程度だ。
命を狙った代償としては随分と安い。女も、通信機越しに声を聞く男も、思った以上の安さに胸を撫で下ろす。
「――で、俺の推理に拍手しなかった代として900AM。しめて1000AM(約100万円)払ってもらおうか」
「はぁっ⁉」
『比重おかしいだろ!』
「うるせぇ! 拍手って言ってるのに拍手しなかった自分たちを恨むんだな!」
「ホールドアップさせといて無茶言うんじゃないわよ!」
文句を言いながらも、やはり命を狙った価格としては破格だった。女は許可を得て手を下ろし、ヘクトが提示した口座に送金する。
「……これでいいわね」
「あぁ、毎度あり。そんじゃ、彼氏と一緒に出ていきな」
歯噛みして女はホテルのドアを開ける。ヘクトもまた、ようやく銃を上げた。
「それから、次俺らを狙って失敗したら、今回の倍の額を払ってもらうからな。その次はさらに倍だ。それでもよければまた来るんだな」
「チッ……もう来ないわよ。足手まといがいるならと思ったけど。いないみたいだしね」
そう言い残し、彼女は出ていった。こうして、一連の騒動はひとまず終わりを告げたのだった。
■
「やれやれ。悪かったなカーバンクル。連中の尻尾を掴みたくて、何も言えなかったぜ」
『それは、別にいい』
「金も入ったし、もう一泊くらいしてくか? 今日はあんまり回れなかったしな」
『それも大丈夫。……それより、ヘクト。ちょっと、外に出てきてくれる?』
「……ん? 別に、そりゃ構わないけどよ」
ヘクトは部屋にかけていたコートを羽織る。時刻は11時30分。ホテル内の客は、そろそろ寝静まる時間だった。
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