Special Episode スペースランドホテル⑧

 カーバンクルを名乗る謎の男が意識を取り戻す。すると、目の前に少女の顔があった。覗き込んでくる赤い瞳に、男はヒッと声を漏らす。


「く、くそっ! 化け物が!」

「はいはい。これに懲りたら妙なモノマネはしないようにね」


 少女は男の肩や腕をペタペタと触る。その感触は柔らかく、どこか風船のように反発した。


「なるほど。なんかゴワゴワしてると思ったら……可変筋肉か。骨格もいじってるね」

「く……」

「あとは髪の毛か。これも色が変えられるウェアだ。喉はラミューズVCプロ……音声が変えられる人工声帯だよね。これはさっき踏んだとき壊れたみたいだけど」

「な、なにっ⁉」


 驚き漏らしたその声は、少女が聞き覚えのあるものだった。……ジャクソン。彼氏の男の声だ。


「髪も声も、目も体格も全部変えられる肉体改造か。面白いこと考えるね、ジャクソン」

「…………」

「それで結局、何をするつもりだったのかな」


 男の体格が空気の抜けるような音とともにみるみるうちに縮んでいき、髪の色は金から灰に、目の色も鮮やかな緑から黒色に変わっていく。


「俺たちの目的は……元から1つさ。お前の身柄だよ」

「ふーん。じゃあ失敗だね」

「そうでもないさ。俺『たち』と言っただろ? お前がこうしてこっちに来た時点で、俺の目的は達成だ……!」

「……! ヘクト!」


 背筋に電流が走ったように、少女は立ち上がる。そのショートパンツのポケットの中で、端末が震えた。ヘクトからの着信だった。


「ははははっ……! そうだ、リーも俺の協力者だよ。俺がお前を留めている間に、あの探偵を確保するよう言ってある!」

『――カーバンクル。悪いな』

「ヘクト! 大丈夫……⁉」


 端末から聞こえてきたのはヘクトの声だ。少女はジャクソンを睨む。


『悪いが――フフ。今回は自力で切り抜けさせてもらったぜ』

「……えっ?」



 その少し前――ヘクトは銃を構え、室内に入ってきたリーに向けていた。チッ、チッと舌を鳴らす。


「……な……ど、どうしたの探偵さん? 銃なんか向けて……」

「おっと、そのままだ。耳に触れるな」


 女は持ち上げた手を硬直させた。その行き先には彼女の耳。正確には、その耳に装着された黒い宝石のイヤリングがあった。


「お前さんら、賞金稼ぎだな。が、アンタの方は武装はしていないと見える」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 何の話してるの、あなた」

「そういうごまかしのセリフはもう遅いぜ。これでも有能なほうの探偵でね。正体はもうわかってる」


 ヘクトは銃を女に向けたまま、こめかみのチップに触れ、少女に通信を始めた。


「わかりやすく解説をしてやる。そっちの男にも聞かせてやりな」

『う……うん。わかった』

「まず、お前らは賞金稼ぎ。カーバンクルを狙ってるタイプだ。もう取り下げられたってことを知らないのか、それとも名を売りたかったのかは知らんがな」

『そうだね。それは、こっちの男も吐いたよ。なんでわかったの?』


「怪しい点はいくつもあったが……まずは、お嬢さんは最初俺に助けを求めてきたってところだな」

「そ、それが……どうかしたの」

「よ〜く見てみろ、俺のツラと風貌を。……頼りになるように見えるか?」

『…………。まぁ、その……人それぞれだよ』


 言っていて情けなくなりつつ、ヘクトは首を振る。少女のせめてものフォローがむしろ鋭く刺さった。


「何でこれだけ人数がいるなか、俺なのか考えてみた。それで分かったが、お前さんら、何度も計画を変更してる」

『計画を変更?』

「ああ。まずはお嬢さんが、カーバンクルに奇襲をかますつもりだったんだ。そのために近付いてきた。だが――」


 ヘクトはその瞬間を思い返す。まだ姿も見ないうちに少女は足を止めたのだ。


『私が先に気付いた』

「そう。その勘の良さから奇襲は無理だと判断したんだろう。だから、一緒に行動している俺の方にすり寄った。

 この段階で攻撃しなかったのは、おそらくカーバンクルにビビったからだろう。殺気を見せればすぐに察知されると踏んだんだ」

『実際殺気があれば対処できるしね』


 ヘクトは苦笑する。通信機の向こうで誇らしげな顔をする少女の姿が目に浮かぶようだった。


「で、でも! そんなのなんの証拠があるのよ。それに、計画を変更したならジャクソンがそれに対応してるのはおかしいじゃない。私と彼は離れた場所にいたのよ!」

「その耳のイヤリングさ。職業柄、最新のガジェットに詳しくないとやってられないもんでね。

 ソイツはQコムツイン型2000。頭のどこかに装着することで、対応する機械をつけてる相手に思考で通信ができるデバイスだ」


 ヘクトのこめかみに移植された通信機に構造は近い。人間の思考を電気に変換して入力信号にし、通信を行う機械。


 従来は、彼のように手術で組み込まなければ実現できない機能だったが、最近になって頭部に接触させておくだけでも擬似的な機能を再現できるようになった――とニュースが報道していた。


『あった。彼氏もつけてたよ』

「お揃いのイヤリングにも見えるが、ちゃんとタネを知ってる相手には通じない。次からは後頭部にでも刺しときな」


 女は両手を上げたまま苦虫を噛み潰す。明るい女の顔はすでに剥がれていた。

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