Special Episode スペースランドホテル⑦

「あの。さっき、男の人がこっちに来なかった?」

「あ、え、ええ。すごい形相の人が、園内に向かって走っていきましたが……」


 ロビーのスタッフに確認し、少女は人のいない園内に駆ける。


 空調の効いた室内から、空調のない外に飛び出すと、体感温度は一気に下がる。


 冷えた空気の中に、イルミネーションの灯りが滲み出す。こんな状況でなければゆっくりと歩いて回りたいところだった。


 スペースランド遊園地のシンボル。3メートル程度のカートゥーン風ロケットは、内部のパーツから緩やかにグラデーションする紫から赤の光を放っていた。


 ――そのシンボルの前に、ハットを被った男が立っていた。身長は2メートルを越す。肩幅が広く、カーキ色のコートに身を包んでいる。


「来たか。護衛の……カーバンクル」


 嘲笑を全面に滲ませた声で、男は少女の名を呼んだ。振り向いた男は、傷んだ金色のロングヘアーの奥に緑色に輝く目を持っている。


「私に憧れでも持っているのかね。だが君のような子供が名乗るには、この怪物の名は重かろう」


 男は親指で胸を叩く。指の色は鈍色で、何らかのサイバーウェアであろうことが伺えた。


「あのリーって女の人は?」

「この遊園地内のある場所に寝かせている。いつでも殺せたが……君に興味が湧いてな、偽カーバンクル君」


 まだ茶番が続くのか、と少女は眉間を押さえた。その目が一瞬赤く光る。周辺の状況をスキャニングするも、女はいないようだ。


「しかし何故、カーバンクルを名乗るのかね? 君は――」

「ああ、そうか。……時間稼ぎだね」


 まだ話そうとする男に、少女が歩み寄る。なんの変哲もないピンク色のスニーカーが、遊園地のアスファルトを踏みしめる。


「……なんだと?」

「プロの殺し屋はそんなふうにペラペラと喋らない。早く終わらせよう。私も別に暇じゃないからね」


 少女はポケットに手を入れたままで、無造作に歩いていく。一拍遅れて男が構え――彼女の目が赤く輝く。定期的に青と緑に瞬くイルミネーションのライト。その間隔が短くなっていく――。


 0秒12 少女は低姿勢で男に接近する。


 0秒14 ポケットから手を抜こうとする少女の動きに男が反応する。


 0秒26 男の左腕の袖が破け、シールドが展開される。彼はそれをそのまま突き出す。


 0秒31 少女は彼の眼前に迫る。


 0秒39 男はシールドを展開しつつも、その視線は下を向いていた。彼の足元に、少女は取り出した緊急灯(ホテルの屋内に設置されたライト)が滑り込んできた。


 0秒42 「わっ――!」高ルーメンの光に男の目が潰れる。


 0秒47 視界が塞がれ、パニックになった男は少女の接近を恐れ両腕を振る。


 1秒22 無秩序な腕の動きの中、両腕が開く瞬間。少女は飛び上がりつつ、彼の喉に貫手を突き刺す。


 1秒47 「――ッ! かはッ!」男は想定していなかった攻撃に呼吸が止まる。彼のパニックは継続する。


 1秒89 男は眩む視界の中、かろうじて少女のシルエットを捉えると、そちらに右腕を突き出す。メタル化されたその掌には小さな穴が開いていた。


 2秒09 穴から刃が飛び出してくる。そのときすでに、彼女はそこにいない。


 2秒26 少女が、男の伸び切った右腕を掴んで引っ張る。


 2秒30 少女は自らの足を彼の背後に滑り込ませ、膝裏を蹴り抜く。


 2秒37 腕を引かれ、膝を蹴られて体勢を崩した男が、盛大に仰向きに倒れる。後頭部を強打。後頭骨不全骨折。


 2秒42 男は衝撃で肺の空気をすべて吐き出す。


 2秒48 少女は仰向けに倒れた男の首を踏みつける。気管を圧迫。


 2秒57 「〜〜〜〜ッ!」男は少女の足を掴む。


 2秒65 重心を巧みにずらし続け、少女は足を持ち上げさせない。


 3秒08 少女の足をどかそうともがく男の手が痙攣し、力が失われていく。


 3秒54 男の手はひどく震え、脱力した。金属製の手が少女の靴の上を滑る。


 4秒25 痙攣は手だけでなく体全体に及び始める。


 5秒36 男の目がぐるんと上に向き、白目を剥く。舌を突き出す。


 6秒15 男が意識を失った。


 6秒21 少女は気管を圧迫していた足をどかす。ヒュオッと風が通る音が男の口で鳴るが、意識は戻らないままだった。


 ……少女の瞳の光が消え、戦闘モードが終わる。意識がないままの男の傍らにしゃがみ込んだ。


「カーバンクルって名前。ただのコンボイのプロジェクト名だし、別に気に入ってるわけじゃないけど」


 瞳を閉じる。彼女は瞼の裏に相棒の姿を写していた。


「今は、ヘクトがそう呼んでくれるから。この名前は譲らないよ」

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