おまけ もう一人のかつてスペアだった者


「マリー、ごめんね。マリーが次の王妃にならないなら、私も王になんかならないと言ってしまって」


 マリーが怒っている。


 それで喜んでいるなんて知られるわけにはいかない私は、ひたすらにマリーに頭を下げた。

 頭を上げたら、にやけたこの顔を見られてしまうから。


「次期王太子となられる方に頭を下げられては困ります」


「うん、ごめんね。本当にごめん。でもあれは本音で、マリーに甘えてしまったんだ」


 ある意味でヴァイオレット嬢のおかげと言えるだろうか。


 してやられた彼女には感謝などしたくないのだけれど。


 兄上もそうだ。


 だけど悔しいけれど、こういう大事件でもなければ、マリーが本当の意味で心を開いてくれることはなかったように思う。




 私たちは共にスペアとしての教育を受けてきた。


 私はまぁ生まれたときからスペアだ。

 だからそれが当たり前で、共にスペアとなる令嬢を宛がわれることも当たり前だと考えていた。


 ──自分で選ぶものは人生には何もない。


 スペアとしての教育はここに極まっていた。



 だけどそんな私も自我は芽生える。

 どうせ選べないんだからと、不貞腐れていた時期もあった。


 それが吹き飛んだのは、マリーを紹介されたあの日に遡る。


「だいにおうじでんかにごあいさついたしましゅ」


 噛んでしまったと泣きそうな顔をして後ろに控えた両親を見上げた女の子。

 

 なんて可愛らしい子だと思った。


 でもすぐに疑問が生じた。

 

 こんな幼い子から両親を奪うのか?って。



 せめてとびきり優しくしよう。

 この子がスペアになったことを悲しまないように。恨まないように。



 彼女の両親が悲痛な面持ちで去ったとき、王家がこれまでどれだけの家族を壊してきたのかを悟った。


 これではまるで生贄ではないか、と。



 ──私が王になったら、こんな慣習すぐさま廃止にしてみせるのにな。


 

 王位に座った先のことをはじめて考えたのも、マリーと出会った直後だ。

 でも想像しただけで、それを願っていたというわけではない。


 それがスペア教育の賜物か否かは、今になっても自分ではわからないけれど。



 いい子過ぎたマリーは、受け始めたスペア教育にあっさり洗脳された。

 最初は見られた感情も、スペアとして相応しくない振舞いだと知れば、まもなく失われていく。



 あの素直な可愛い笑顔を見られないなんて。

 拗ねて少し怒った顔もまた可愛かったのに。

 家に帰りたいと泣く彼女を見て胸を痛めることもなくなってしまった。



 マリーがこれだけ頑張っているというのに。


 あの兄上はわざわざ私一人を呼び出して何を語ってくれたと思う?


 王位を譲りたい。

 王にならないか?

 お前の方が向いているよ。

 なぁ、ローズマリー嬢も王妃に向いていると思わないか?

 二人の公務での功績は聞いているんだ。

 学園の子たちからもよく彼女の話を耳にするね。


 最初は宥めるようにしていても、マリーの話になると私はいつも兄を怒った。

 

 いずれスペアを降りて二人でのんびり暮らす時を私がどれだけ楽しみに生きているか。

 そのときにはマリーの感情を取り戻そうと。

 素直な二人で、楽しく笑って、たまには喧嘩もし、時には泣いて、ごく自然にそんな風に──。


 それを兄上はついに壊しやがった。

 しかも兄上の婚約者であるヴァイオレット嬢までこれに味方したのだ。


 まさかどちらも恋の熱に浮かれて動くとは思わなかった。

 こっちは幼い頃からずっと浮かれてきたものだから、浮かれて調子に乗るということを想定していなかったのだ。

 この点は私の落ち度。




 二人の根回しと、どちらにも瑕疵がついたおかげで、確かに私たちが次代の王と王妃になることは受け入れられた。

 まだごちゃごちゃと言っている貴族はあるが、あと数年もすれば勝手に黙るだろう。


 現状彼らは上辺でしか物事を見ていない。


 ヴァイオレット嬢が公爵家の出身であること、そしてヴァイオレット嬢の方が功績を残していて王妃として相応しいこと、さらには古い慣習には従うべきだという考え。

 彼らは型にはまったように同じくそう主張しているが。


 歴代の王妃にはマリーと同じく侯爵家出身の者はいたし。

 優秀さにいたっては、これまでは立場を弁えヴァイオレット嬢よりも目立たないよう立ちふるまってきた結果故のこと。


 マリーは間違いなく、ヴァイオレット嬢よりも王妃としての適性に優れている。


 第一に、これは悔しいことだけれど、スペア教育を正しく受け取ったマリーは、常に国のため、民のためを考えられているし、そのための勉学も惜しまない。

 そしてまた、兄上たちも言っていたように、学園で接した貴族子女たちからの人気が高かった。


 スペアの意識が高位貴族の傲慢さを少しも感じさせず、どの貴族位の子女たちとも王族目線で同じように接してくれた。

 そして彼女は気遣いの出来る人だったから。

 生まれ育った土地から離れ、はじめて王都にやって来たまだ少年少女といえる年齢の彼らが困らないよう、よく配慮した。

 それは私がはっと驚くことが何度もあったくらいに。

 もしかするとそこには、幼くして親から離された彼女自身と重ねるものもあったのかもしれない。



 そんなマリーだから、年長者の貴族たちからもすぐに認められることとなるだろう。

 これまでとは違い、彼女は堂々と表に出て行くようになる。


 そうすれば古い慣習に囚われる無意味さを彼らも実感するはずだから。




 ……本当は閉じ込めて、誰にも見せないようにしたかった。


 それだって……学園でも明らかにマリーに見惚れている令息がいて──。

 これは別の機会に話すことにしよう。




 そんなマリーが、今は怒っている。

 ヴァイオレット嬢の素を知ったマリーは、私ともっと心を開いて話したいと願ってくれた。


 私たちは以前よりよく話し合うようになる。

 マリーもまた以前までとは違って、心を開いてくれているように感じた。


 だけどそう。

 私は肝心なことを忘れていたんだ。


 正式な返事がまだだったということを──。




 選択肢はもうないと知っていながら、素直な気持ちでいいと伝えれば、まだ迷いを見せたマリーに、私はつい言ってはいけないことを言ってしまった。


 それでマリーが怒っている。


「お一人ですべて整えてしまって!もう決まったも同然のことでしたのに。それなのにご自身は王にならないだなんて」


 マリーが隣にいないなら、王にならない。


 これは本気。

 陛下にもそのように伝えている。

 だから陛下はあっさり折れた。

 父上と母上で息子たちはどうしてこんな風に……と夜な夜な嘆いているという話は聞かなかったことにした。

 

 でもそう言うとマリーは怒るから、言わないようにしてきたんだけど。


 あれ?もう何度か言っていたかも?


 うん、プロポーズをし過ぎて、もう自分でも何を伝えたか分からなくなってきた。



 だって伝えると、マリーの表情が変わったから。

 

 あの顔が見たくて何度も何度も言っていたら、もしやこれは夢では?なんて言い出した。

 ちょっとやり過ぎたみたいだ。


「そんな風に脅さなければローさまのお側にいない私だと思っていたのですね?」


 あまりにぐっと来るものがあって、しばらく胸を押さえていたら、今度はマリーを心配させてしまった。


「これからは、事前に私にも伝えていただきたいです」


 絶対に。とは言えないけれど、この場は頷いておいた。

 君が心を患うような問題は、これからも私が裏で処理しておくよ。


 あぁ、兄上とヴァイオレット嬢にもこれからは存分に働いて貰わないとね。


 スペアは嫌だという二人だから、それくらいは。

 ねぇ、兄上?ヴァイオレット嬢?









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】あなただけがスペアではなくなったから~ある王太子の婚約破棄騒動の顛末~ 春風由実 @harukazeyumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ