Case:1  LINE


「――え、ねえってば!」



花に大きな声で名前を呼ばれ、陽明ははっと顔をあげた。


こうたの住むアパートを後にしてからというもの、

ずっと黙り込んでいた陽明に花がとうとうしびれを切らしたのだった。



「さっきから黙ってるけど、どうしたの? 

 結局こうた君のことは何も分からなかったし」



花が不服そうに言う。


陽明は前を向いたまま何か考え込んでいるようで、

花からその表情は見て取れない。



「……お前、親から手袋越しに触られたことあるか?」



陽明が呟くように言った。

花は小さく首をかしげる。



「手袋? うーん、どうだろ。 

 住職のおじいちゃんならあるかな、寒い日とかよく手袋してるし」

「その手袋じゃねえ、『掃除とかに使うゴム手袋』だよ」

「それはない、かも。だってそれってなんか……」



花はそこまで言ってはっとしたように顔をあげた。

陽明が後を引きとるようにつづける。



「まるで、汚いものに触るみたい――か」



花は境で聞いたこうたの言葉を思い出した。



誰も心配なんかしていない――。



花は心がざわつくのを感じ、陽明の後を追って足を速めた。




◇◇◇


陽明は河守神社の手前まで花を送ると、そこで立ち止まった。

花の家はそこから石の階段を上がったところにある。



「どうせ通り道だから」というのが花への言い訳だったが、

事務所まで帰るには遠回りになることに花も気が付いていた。



「あとは俺がやっておくから、お前はもうこの件は気にするな」

「ちょっと待ってよ、私だって何かできることが……」



陽明が面倒くさそうに舌を鳴らす。



「境に巻き込まれたのを忘れたのか? 

 次はお前が返ってこられなくなるかもしれねえんだぞ。

 お前はもう関わるな」



陽明にそうすごまれて、花はうなだれた。

彼岸花の濡れたような質感がまだ肌に残っているような気がして、

自然と鳥肌が立つ。



「じ、じゃあせめて、私と連絡先を交換して。

 何か手伝えることがあったら教えてほしいの」

「嫌だ」



にべもなく断らて花が頬を膨らませる。



「……家賃」



ぼそりと呟いた花の言葉に陽明が反応した。

花が続ける。



「滞納してた3か月分の他に、今月分、まだもらってないんだけど」



すでに家賃の振り込み日を一週間過ぎていることを思い出した陽明が、

忌々しげに舌を鳴らす。

花は天使とも悪魔とも言えそうな微笑みを陽明に向けた。



「LINE教えてくれたら、今月分免除しちゃおうかな」



陽明がぎりぎりと音のしそうなほど力を振り絞って花の方を振り返った。

元々鋭い目つきがさらに鋭く光っている。



花はその視線を受け流しへらっと笑うと、自分のスマホを差し出すのだった。

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