やぎさんゆうびん-3

それから暫くの間も、俺の自宅の郵便物は届くたびに開封されているということが繰り返されていた。

広瀬とはあの時1度会ったきりで、俺の仕事が忙しくなって帰宅する時間が遅くなってしまったこともあり、配達時間に偶然顔を合わせるということもなかった。

だから、だろうか。

配達時間からポストから出す時間までに間が開いてしまうせいで、悪戯をするタチの悪い犯人に付け入る隙を与えてしまっているのだろう。

同僚の笹原からはいい加減警察に相談しろと口酸っぱく言われているのだが、どうにも警察署が開いている時間に帰宅することができないほど忙しいので、なあなあにしたままで時間が経っているという現状にあった。


そんなある日のことだった。

連日の激務の所為か、俺は体調を崩してしまい、上司に相談したうえで早退して病院に行かせてもらうことになった。

結局ただの風邪だったので、薬局で薬を貰ってそのまま自宅に帰ることにしたのだが…。


「あ、どうも」

「青木さん、お久しぶりですね」


丁度ポストに郵便物を届け終わった広瀬と、マンションの入り口でばったり遭遇した。

俺の名前も覚えてくれているのかと感動しつつ、俺はポストに入っている郵便物を取り出す。


「今日はお仕事はなかったんですか?」

「ああ、仕事はあったんだけど、ちょっと体調不良で病院に行くために早退したんですよ」

「そうだったんですね~」

「いつも配達お疲れ様です。それじゃ」


風邪で頭もあまり回っていなかったし、俺は広瀬との会話もそこそこに自分の部屋へと向かおうとした。

廊下を歩きながら、今日届いていたのは何の郵便物だろうと確認する。


「…え?」


俺は自分の部屋の前に辿り着き鍵を出しかけたところで、足を止めてしまった。

広瀬がいたということは、郵便物が届いたのはつい今さっきのことだ。

しかし、2通の封筒はペーパーナイフのようなもので綺麗に封が開けられ、ご丁寧に一度読まれて元に戻された痕跡まで残っていた。

は?何で?

俺は困惑を隠せなくなる。

郵便物に触れることができたのは、配達員の広瀬しかいないはず。

それなのに郵便物の封が開けられているということは、あいつは。

俺の郵便物を毎度のように開封して中身を確認していた犯人は。


「あ~あ、気付かれちゃいましたかぁ。まあ、やっと、って感じですけどねぇ」

「ひっ!?」


真後ろから聞こえた広瀬の声に、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。

俺より少しだけ背の高い広瀬は、あのにこにことした柔和な笑顔を絶やさないままで、真実を知ってしまった俺を見下ろしていた。


「もしかして、これまで俺の郵便物を全て開封していた犯人って…」

「はい、私です。やっと気づいてくれたんですね、青木さん。青木、雄二さん」

「俺の…フルネーム…」

「フルネームだけじゃなくて何でも知ってますよぉ。入っている保険は〇日生命保険の掛け捨て終身コース。家賃は毎月6万の振り込み式だけど、仕事が忙しいせいか振り込みを忘れがちで毎月催促の封書が送られて来がち。それから遠距離の彼女とは、メールだけでなくこのご時世では珍しくラブレターのやり取りをしてる。他にもいろいろ知ってますけど、聞きたいです?」


広瀬は堰を切ったように、ぺらぺらと俺の個人情報を並べ立てる。

それは恐らく俺の自宅に届いた郵便物の中から得たであろう情報の数々だ。

広瀬の話を聞きながら、俺は今日の体調不良とは違う、別の種類の眩暈を覚えていた。


「もしかして、彼女の手紙が時々途中でおかしな終わり方をしているのって」

「はい、私が抜きました。貴方への気持ちが詰まったラブレターなんて読むに堪えなかったものですから」

「は…はあ…?」


どうやら彼女の手紙を持ち去っていたのは広瀬だったらしい。

とんでもないところで真実が繋がってしまった。


「じゃ、私の正体がバレてしまったところで」


広瀬がそう言うと、カチリ、と俺の背後で部屋の鍵が開いた。

何で。

何でこいつが、俺の家の合鍵を持っているんだ。


「あー、ビックリしました?青木さんって一時期、彼女さんが来たときに入れるように合鍵をポストの中に入れて管理してた時がありましたよねぇ。駄目ですよぉ、私みたいな『悪い人』に、悪用される可能性を考えておかなきゃあ」

「お前、何でこんなこと」

「何でですかねぇ、貴方のことを気に入っちゃったから、ですかね」


玄関の扉が開き、俺は部屋の中に追いやられる。

そして広瀬もまた、俺の部屋の中に入ってきた。


「ふふ、やーっと私のことを視界に入れてもらえますねぇ」


広瀬の口元が、にやりと嫌な風に歪む。

ああ、体調が悪いこんな日に隙なんて見せるんじゃなかった。

優男だと思っていた広瀬は思っていたよりも力が強く、俺は玄関先で簡単に組み伏せられる。

熱が上がり始めた体調のせいで、思ったより力が入らない。

声すらもうまく出ない。


あの時、笹原が言っていたように早く警察に相談していたら。

あの時、初めて広瀬と顔を合わせた時に名前を知られている違和感に気付くことができていたら。

もし、あの時。

そんな想いだけがいくつも浮かんでは消える。

誰か助けてくれ。

そんな言葉は、目の前の恐怖にかき消された。

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やぎさんゆうびん 柊 奏汰 @kanata-h370

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