やぎさんゆうびん-2
「うわ…またかよ、最っ悪」
帰宅してポストから郵便物を取り出し、俺は今週何度目かも分からないため息をついた。
俺は青木、ごく普通の一般企業に勤める会社員だ。
実はここ1ヶ月くらいのことだが、俺の自宅の郵便物に悪戯がされている。
というのも、届いた郵便物が全て綺麗にペーパーナイフのようなもので開封されていて、ご丁寧に一度中身を見て元に戻された形跡まで残っているのだ。
悪戯、と表現するには少々悪質かもしれない。
生命保険の証書から普通の封書に至るまで全ての郵便物は綺麗に開封され、自治体から届くようなはがすタイプのはがきも全部はがされ終わっているという始末。
クレジットカードの更新で新しいカードが届いたときは郵便局員から手渡しだったから、さすがにその日だけは全ての郵便物を手渡しで貰えたので無事だったけど、それ以外の日、ポストに投函された郵便物は全て誰かの開封済みだ。
「それ、ストーカーって奴じゃねぇの?警察に相談したら?」
俺が職場でこの郵便物問題についてぼやいた時、ちょっと引いた顔でそう言ってきたのは同僚の笹原。
「明らか青木の郵便物だけ狙ってるだろそれ」
「やっぱそうかなぁ...俺だけなのか、それともうちのアパート全員が狙われてるのか分からないんだけどさ」
「どっちだろうが青木の郵便物に悪戯されてるのは紛れもない事実だろ。いつか取り返しのつかないことになるかもしれないぞ」
「そうだよなぁ」
笹原の忠告は尤もだ。
今は実害は無い...と思いたいが、保険証書とかも全て開けられているのなら個人情報は犯人に漏れまくっている。
実は遠距離恋愛をしている彼女と手紙交換なんていうちょっと恥ずかしいこともしていたりするのだが、彼女からの手紙も開けられて読まれているようなのだ。
それはそれでかなり恥ずかしいし、最近妙だと思うのが、彼女の手紙が話途中の微妙なところで終わっていることがあること。
「なあ、今回の手紙何か途中で終わってたみたいなんだけど、入れ忘れか何かした?」
「え、そういうことはないと思うけど。途中で終わってたの?」
「ああ、だから手紙の結末を君に聞いてみようと思ってたんだけど…」
「それじゃ手紙にしている意味がないじゃん!ちゃんと入れたはずなんだけどなあ」
彼女は手紙を入れ忘れたという自覚はないらしい。
それなら手紙を開けた犯人が中身を持ち去っているのか?
そうだとすればものすごく気持ちが悪い。
どうにか対処はしなければならない...そう思いながら帰宅すると、その日はちょうど郵便局員が配達に来ているタイミングに出くわした。
「あ、ども。いつもご苦労さまです」
「どーもー、青木さんですよね?」
「はい、203号室の青木です。うちの郵便物あります?」
「今日は2通来てますねぇ。はい、どうぞ」
俺は其奴から郵便物を受け取りチェックする。
この日はまだ悪戯されていないらしく、郵便物は全て封がされたままだ。
それもそうか、郵便局員から直接受け取っているのだから、ポストの中の郵便物に悪戯はできないはずだよな。
郵便局員のバイクの後ろには配達者の名前がついている。
俺より一回りほど体格のいい優男と言った風のその男は、名前を「広瀬」と言うらしい。
「広瀬さんにお聞きしたいことがあるんですけど」
「はい、何でしょう」
「普段うちに郵便物を配達する時、何か怪しい人とか居たりしません?例えば、人の家の郵便ポストを開けて郵便物に悪戯しようとする人とか」
「悪戯、ですか?」
広瀬はうーんと少し思案した後、僕は配達までが仕事ですからねぇ、と眉を下げた。
「配達する時間も時間なので、大体住人の方もお仕事などで出られているので顔を合わせるのは少ないですし。久しぶりに青木さんにお会いしたくらいですよ」
「そうですか...」
郵便局員の広瀬も見ていないということは、配達から俺が帰宅するまでの間に誰かが俺のポストを開け、郵便物を全て開封して中身を確認し、元に戻してポストに入れているということになる。
やはりここは警察に相談するべきか...。
そう思っていたら、表情に出ていたのか広瀬が不思議そうに首を傾げた。
「悪戯をされているのは青木さんだけです?」
「ああ...いや、他の住人とはあまり面識がないので、被害を受けているかどうか分からないんですよ」
「そうなんですか...。私も何か分かればお伝えいたしますね」
「ありがとうございます、助かります」
広瀬とはそこで別れた。
広瀬は物腰柔らかそうな感じの男性だったから、時間に追われてそうな郵便局員のイメージと少し違って意外だった。
これから何かと世話になることもあるのだろうか。
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