最終回 私、宇宙人なんだけど?



 ★ ★ ★


 ここからは後日談である。

 あの事件が終わってから、俺と日向は退屈な夏休みを過ごしていた。テレビでは、ちょくちょく奇妙なニュースをやっていた。西東京市で、事故死や失踪者の数が激増しているそうだ。原因不明の怪死事件も多発しているらしい。たぶん、蓮美が言っていた呪術戦争と関係があるのだろう。

 泰十郎たいじゅうろう師匠から聞いた話によると、ボクサツ君は疑いが晴れて釈放されたらしい。ほぼ間違いなく、邪馬台国が裏から手をまわしたのだろう。当のボクサツ君は、ふてくされて自宅に引き籠っているらしい。俺としては、道場で顔を合わせずに済んで助かっている。


 俺が自宅に戻ってから三日後に、信じられない事が起こった。実の父親から電話がかかってきたのだ。なんと、父の病気が完治したらしい。どうして急に意識が戻ったのか、父にも、医者にも見当が付かないのだそうだ。

 俺はすぐに病院に飛んで行って、父親と抱きしめ合った。


「父さん、お父さん!」


 父は、しがみつく俺の頭をわしわし撫でた。


「心配かけたな、国士。もう、大丈夫だ。大丈夫だから」


 繰り返し言う父も、泣いていた。

 医師から詳しく話を訊くと、父が意識を取り戻す直前、見知らぬ少女が父を見舞いに訪れたらしい。少女は、髪も肌も真っ白で、紅い瞳をしていたそうだ。

 きっと、りんごちゃんだろう。権能で、父を癒やしてくれたのだ。


 ★ ★ ★


 夏休みが明ける一週間前、俺と日向に来客があった。

 りんごちゃんである。

 俺と日向とりんごちゃんは、翌日にはエジプトのギザに居た。俺も日向も、日本を飛び出したのは初めてのことだった。

 夜。

 冷やりとした空気が首筋に触れる。

 そこは三大ピラミッドの内、クフ王のピラミッドとして知られる最も大きなピラミッドの回廊だった。まあ、あんなやりんごちゃんに言わせれば、建造したのはクフ王ではなく、ノアの大洪水以前の預言者、エノクであるそうだが。


「遅いぞ日向」

「もう。急かさないでよ。狭いんだから」


 身体の大きな日向は、少し窮屈そうに最後尾を進んでいる。俺とりんごちゃんはスイスイと回廊を進んで行く。


「それにしても、よく入れたな。確か、このピラミッドは封鎖されている筈だが」

「邪馬台国は、国士さんが思うよりもずっと顔が利く組織なのですよ。とはいえ、表向きはあくまでも学術調査ですけど」


 暫く行くと、小さな石の部屋へと辿り着いた。その空間については、俺もテレビや雑誌で目にした事があった。


「ここが、一般には重量拡散の間と呼ばれている空間ですね。本来なら、縁のない血筋は入ることを許されませんが、国士さんと日向さんは特別な御霊みたまをお持ちなので、問題ないでしょう」


 と、りんごちゃんは上を見上げる。


「……何か解るか?」


 俺は問う。


「ここではありませんね。ここから斜め上、ピラミッドの正中線沿いに未発見の玄室があります」

「玄室、か。未発見なのにわかるのか?」

「はい。。そこに意識を合わせてみます。暫くお静かに」


 そう言って、りんごちゃんは目を閉じた。

 俺と日向は固唾を飲んで見守った。

 一分程の沈黙の後、りんごちゃんが目を開ける。


「見えました」

「何が見えたんだ?」

「ここは墓所ではありませんね。神を祀る神殿です。受け取った幻視ビジョンによると、とてつもなく大きな木が見えました。扶桑ふそう、というのでしょうか。ノアの大洪水以前には、扶桑という巨木が存在したと聞いたことがあります。西洋の神話では、世界樹ユグドラシルとも呼ばれていますね。その、巨大な桑の木に関係する人が、世界を救う鍵を握っています」


 りんごちゃんは静かに言った。


「え。それだけ? それってヒントが少な過ぎない?」


 と、日向が口を尖らせる。


「いいえ。充分過ぎる情報です。その人は日本人ですし、扶桑に関わる一族についても心当たりがあります。それを断定した理由については語ってあげられませんが、大きな希望が見えました。あんなさんのおかげです」


 と、りんごちゃんは笑顔を浮かべる。俺や日向にはよくわからなかったが、りんごちゃんにとっては大きな収穫があったらしい。


 こうして、俺達の冒険は全て終了した。

 ピラミッドを出ると、そこには蓮美が待ち受けていた。蓮美はスーツ姿の男を何人も連れていた。邪馬台国の構成員だろう。


「なにを調べてきたのかは分からないけど、これで全部終わったのよね?」


 蓮美の問いに、日向がこくりと頷いた。俺も頷きを返す。そして、蓮美が鞄から、玩具のピストルみたいな物を取り出した。


「じゃあ、悪いけど、二人の記憶を消させて貰う。ごめんね」

「気にするな蓮美。俺はもう、充分な報酬を貰ったからな」

「ありがと。あんた達が高校を卒業したら、また会いに来るから。もし興味があるなら、その時は私達に力を貸してよね」


 と、蓮美は悪戯めいた微笑を浮かべる。

 そして、俺と日向は目を閉じた。次の瞬間、キュン。と電子音が鳴り響き、俺と日向は崩れ落ちた。


 闇にノイズが混じり、ざわめきに変わる。

 煩くて目を開ける。

 少し離れた砂上には、やけに小柄なスーツ姿の女がいた。女はツアーガイドの旗を手に、此方に手を振っている。

 そういえば、商店街の福引でエジプト旅行のチケットが当たり、日向と観光に来たんだっけ──。

 なんて記憶を辿りながら身を起こす。日向も身を起こし、慌ててポニーテールのツアーガイドを追いかけてゆく。砂漠を行く旅行客の列には、全身真っ白な少女の姿があった。


「見て、国士。月が出てるよ。綺麗だね」


 と、日向が指をさす。クフ王のピラミッド越しに、くっきりとした三日月が浮かんでいた。何かが欠けた。その事にすら、俺たちは気がついていなかった。

 こうして俺達は日本へと帰り、間もなく始業式を迎えた。


 ★ ★ ★


「あったま来た。誰も信じないなんて!」


 ある朝、登校中の通学路で、日向は憤慨して言った。実は、日向は夏休みの終わり頃から動画投稿サイトで配信を始めたのだ。内容は、陰謀論とか都市伝説関連のマニアックなものだった。視聴者や、学校の連中からはその事を馬鹿にされ、ちょくちょく揶揄われている。昨日もクラスの連中から揶揄われたらしい。かくいう俺も、何故かオカルト雑誌を読むようになっていた。以前は陰謀論なんて信じなかったのだが、最近は、妙に真実味を感じてしまうのだ。

 カレンダーの日付は、九月の下旬に差し掛かっていた。夏の日差しは少し穏やかになり、ひぐらしの声を聴くようになっていた。

 世間には、相変わらず物騒なニュースが溢れている。東京のとある高校の生徒がフェリーで修学旅行へと向かっていたが、頭のおかしな奴がフェリーを乗っ取って、船が沈没したらしい。四国では、三日連続で雹が振ったとも報じられている。先日、沖縄では雪が降ったそうだ。世界は、どんどん壊れている気がする。それなのに微かな希望を感じ、安心している自分がいた。その理由についてはサッパリ分からないのだが……きっとなんとかなる。そんな気がするのだ。

 校門を前に、ふと、日向が足を止める。


「なんだか、長い夢を見てたんじゃないかって感じる時があるんだよね」


 日向がぼんやり呟いた。


「そうだな。俺もたまに、長い夢を見ていたような、そんな気分になる時がある。なんでだろう。肝心な何かを無くしてしまったような気がするんだよな」


 と、俺も立ち止まる。


「もう。そんなに淋しそうな顔しないの。ただでさえ国士は何考えてるかわからない時があるし、浮気っぽいんだから。私がやきもち焼く女だって、知ってるでしょう?」


 なんて、日向はちょっぴり拗ねた顔をする。俺はそっと、日向の髪を撫でてやった。


 ★


 教室に入ると、クラスメイトがざわついていた。


「どうしたんだ?」


 俺は近くの生徒に声をかけた。


「転校生が来るんだって。知らないのか?」


 クラスメイトは言った。

 間もなく、一時間目の授業の鐘が鳴る。

 教室は、静まり返っていた。

 二つの足音が、教室へと近づいて来る。

 ガラリと、教室の扉が開く。

 担任が姿を現した。


「転校生を紹介する。入りなさい」


 音が消える。担任に呼ばれて彼女が姿を現した時、俺は一◯秒以上も呼吸を忘れてしまった。

 彼女は、とてもとても可愛らしかった。華奢で、小柄で、物腰にもスッキリとした品性が備わっていた。


「自己紹介して」


 担任に促され、彼女は黒板に名前を書いた。


「初めまして。榎木えのきあんなだけど」


 俺は、一番前の席でそれを見ていた。彼女は髪も、眉も、睫毛までもが真っ白で、瞳は薄い灰色だった。それでいて日本人らしい顔立ちをしており、その肌も驚く程に白かった。彼女はアルビノールだったのだ。

 教室に、生徒達の歓迎の声が上がる。


「わあ、可愛い」

「趣味はなんですかあ?」

「彼氏はいるの?」

「どこに住んでるんですか!」


 生徒は口々に言う。

 あんなは軽く微笑みを返し、口を開く。


「恋人はいないんだけど。趣味はこの星の生態系についての研究なんだけど。これから起こる大破局から、人類を救う為に来たんだけど」


 あんなは淡々と言い放つ。冗談というには、やけに真剣な眼差しをしていた。

 何故だろう。胸に、焼けるような、切ない気持ちが込み上げる。あんなも泣き出しそうな顔で、俺をじっと見つめていた。

 俺は静かに立ち上がり、あんなの前に歩み出た。


「好きだ。付き合って欲しい。そしてゆくゆくは結婚しよう」


 俺はあんなの手を取って言った。


「こ、国士いいいいい!?」


 日向が席を立ち、叫ぶ。でも何故か、日向は笑顔で、眼からはこれでもかと涙が溢れていた。

 華奢な、白い手が震え出す。どうしてだか、あんなもぽろぽろと涙を零している。

 彼女を知っている。深い部分から、強い確信が湧き上がる。俺はあんなの頬に触れ、その体温を確かめる。あんなの頬は赤ちゃんみたいに柔らかくて、ちょっと摘んだら壊れてしまいそうな気がした。

 生きている。

 感じ取った瞬間、滂沱ぼうだと、涙が溢れ出す。拭っても、拭っても止まらない。嗚呼、この人は、俺にとって大切な人なんだ。世界がどうなろうと知ったことか。もう誰にも渡さない。二度と手離すものか。出所不明の感情が溢れ出し、柔らかな何かが、空っぽの器を満たしてゆく。

 九月の光が窓から射し、あんなの横顔を優しく照らしている。やがて、小さな唇が震えながら開く。


「答える前に、どうしても一つだけ言っておくことがあるんだけど」


 あんながポツリという。


「なんだ。なんでも言ってくれ」

「私、宇宙人なんだけど?」


 あんなは泣きながら微笑んで、やんわりと首を傾げた。信じるさ。だからもう泣かないで。あんなは宇宙人で太陽人だ。それでいいじゃないか。










               おしまい。




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私、宇宙人なんだけど? 真田宗治 @bokusatukun

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