助けてメリーさん! 俺、今きさらぎ駅にいるの。

加藤伊織

もしもし、私メリーさん

『もしもし、私メリーさん。今……』

「うわぁーん! やっと電話繋がった! 助けて! 俺今きさらぎ駅にいるの!」

『なんですって……?』


 ずっとどこにも繋がらなかった電話が鳴った瞬間、俺は相手も確かめずに半泣きで叫んだ。

 電話の向こうは絶句している模様。気持ちはわかる。いきなり「今きさらぎ駅にいる」って言われたらそうなるよね。

 わかるけど、唯一繋がった相手なんだよ! 絶対放さんぞ、俺の命綱!


 で、これ誰からかかってきたんだっけ?



***


「やべえ、寝過ごした」


 俺は電車が止まった振動で目を覚ますと、辺りを見回す。車両には誰もいなくて、終電間際だったとはいえ自分の降りるべき駅からとんでもなく遠ざかっていたことに気づいた。


 アナウンスも何もない。もしかして車庫に入ったのか? とりあえず降りないとどうにもならないだろうな。

 電車を降りると、ホームに線路は片側だけ。古びて読めなくなった駅名板に、点滅して寿命が近いことを示している黄色い街灯がいくつか。


 路線にこんな古い駅あったっけ……。うーん、終点まで乗ったの初めてだから知らなかっただけかな。


 妙に古びた駅の中でこれが一番新しい設備に見える自動改札を通ると、そこはもう道路だった。

 周囲には建物は見えるけれども、どこも灯りなど付いていない。



 ここに至って、俺はようやく「やべえ」は「寝過ごした」じゃなくて「変なところ来ちゃった」に繋がるべきだと気がついた。


 地図アプリを立ち上げてみたら、北を示す矢印が固定のままで、地図がグルグルと動いている。グルグルどころか、ウロウロもする。日本地図の上で現在地があっち行ったりこっち行ったり……いや、さすがに幸福駅は現在地じゃないだろ、北海道だぞ、あれ。


 きさらぎ駅――そんな都市伝説が俺の頭をよぎっていく。

 いやいやそんな~。都市伝説は都市伝説。妖怪みたいなUMAでしょ。


 けれど、電話はどこにもつながらず、177ですら応答せず、SNSにも接続出来ず。


 あ、これ、詰みましたね……きさらぎ駅ですわ……。


***


『そこにかかってきた電話に、相手も確認せずに出たということなのね?』


 電話の向こうの少女の声は呆れと怒りが混じっているように聞こえた。

 聞き覚えのない声だけど、誰かと話せているという事実が俺を泣くほど安堵させていた。


「そう、そういうこと! で、君誰だっけ?」

『私、メリーさん! あなたのところへ行こうとしてたの!! なのにどういうこと!? 寝過ごしてきさらぎ駅にいますって、本当にどういうことなの!? バカなの!?』


 すっごい勢いで怒鳴られたよ。oh……。

 メリーさんってあれか。最後「あなたの後ろにいるの」で終わる都市伝説。


 うわー、今日は都市伝説が豊作だなー!


「ここに来て助けてよ、頼むよ、メリーさん!」

『頼まれなくても行くつもりだったんだけど、物理的に行けないから困ってるのよ! いい? 今から私の言うことをよく聞いて』

「助けてくれるの!? ありがとう、メリーさん!」

『いいから人の話を聞きなさいってば! 改札を出たのよね? 周りには何があるの?』

「えーと、周りには建物があるけど暗いしよく見えないし、灯りも全然点いてなくて」

『トンネルはない?』

「トンネル……? ぱっと見では見当たらない」

『あるはずよ、探してみて。一度電話切るわ』

「ええっ、俺をひとりにしないで!」


 無情に響くツーツーという音。俺は呆然とスマホを見下ろした。

 頼みの綱、無理矢理ぶっちぎられた……。

 あ、でも、「一度電話切る」ってことはまたかけてくるってことか。


 俺は「メリーさんとの電話は繋がったんだし」と再びあちこちに電話をしてみたが、やはり全て繋がらなかった。SNSも変化無し。地図は透明度世界一で有名なバイカル湖まで来ていた。


 電話が繋がる相手はメリーさんだけなのか……。

 トンネル、とりあえず探してみよう。確かきさらぎ駅もSNSで他の人の助言に従って帰還するって話だったよな。



 しかし、どれだけ歩いてもトンネルは見当たらず、駅前の道路を左に歩いて行ったはずなのに、気がつけば駅の前に立っているという有様だった。

 無限ループしとるやんかーい!


「助けてメリーさん……」


 都会生まれ都会育ちで暗い町並みに慣れていない俺は、灯りに群がる虫のような気持ちになって駅名の表示のない駅舎の前にぽつんと佇んでいた。だってここが一番明るいんだもん。


『も……』

「メリーさん!? 俺だよ俺!」

『詐欺電話みたいな話し方やめてくれない!? あと、せめて名乗らせて! 私メリーさん。今たばこ屋さんの角にいるの!』


 電話が鳴った瞬間に取ったら怒られた……。でもメリーさんだったから、相手わかってて取ったんだから怒られる筋合いないのに。


「たばこ屋さんってどこのたばこ屋さん!?」

『たばこ屋さんはたばこ屋さんよ。まだあなたのいるところまでは遠いの』

「早く来てよメリーさん!」

『そんな簡単に言わないで!? 何事にも手順ってものがあるんだから! トンネル見つかった?』

「ううん、駅前の道路が無限ループしてて見つからない」

『ああ、もう……。じゃあ駅前の道路をまっすぐ行ってみて』

「やだ、暗くて怖い」

『そこから出られなくなるわよ!?』

「うう……行きます、行きますから早く来てぇぇ……」

『頑張ってね。また切るわよ』

「だから、なんで切るのー!」


 俺の声はむなしく闇の中に吸われていった……。言葉の途中でもうツーツー音が聞こえた。


 怖いよう、電話ずっと繋げててくれてもいいのに。都市伝説なんだから電話代なんか掛からないんだろうし。


 ため息をつきながら地図アプリをもう一度確認すると、俺は今絶賛チョモランマ登頂中だった。



 暗い道にビクビクしつつ、慎重に前に進んでいく。

 歩いていたら暗さに目が慣れてきた。そして、駅の前の道を歩いていたはずなのに、またいつの間にか駅の前に戻ってきている。

 ここも無限ループか。閉鎖された空間って奴なのかな。


 みつからないトンネルに不安がMAXになったところで、また電話が鳴った。


『もしもし私メリーさん今あなたの家の前にいるの!! ハァ……ハァ……』


 今度は名乗らせてあげようと向こうの言葉を待っていたら、俺に先にしゃべらせまいとしたのかメリーさんが物凄い早口で一気にしゃべってた。

 うん? 今なんて?


「あ、俺ですけど。今どこって?」

『わ、私が先に名乗ろうと必死にしゃべったのに……こういうときはのんきに聞いてるなんて……』

「ごめん! ほんとごめん! 愛してるから許して!」

『卑怯よ……そんな風に言われたら許すしかないじゃない……バカー!』


 許してくれるんだ。優しいな、メリーさん。

 そういえば、メリーさんって何しに俺のところ向かってるんだろう。


『それで、トンネルは見つかった?』

「見つからなかった。駅からまっすぐ向かってもまた駅に着くんだ、どうしよう、メリーさん」

『出口は必ずあるから。今度は1本向こうの通りを探してみて』

「わかった。ありがとう、メリーさん」

『もうすぐそっちに着くわ。頑張ってね』


 メリーさんの声が最初に電話をかけてきたときより明らかに優しくて、「頑張ってね」と言う言葉に俺は不覚にも泣いた。

 そして泣いてる間に電話切られた。酷い……。


 地図アプリの現在地は南アフリカのケープタウン。喜望峰ってやつか。

 俺も喜びに溢れてえなあ……。


 メリーさんの指示通り、駅からまっすぐ進んで最初の曲がり道で曲がってみる。

 うん、さっきまでのパターンだったらこの辺で最初の地点に戻ってきちゃうんだよな。――戻ってない。しかも、先の方に周囲より一段暗く見えるところがある。

 あれが、メリーさんの言っていたトンネルか!?


 喜望峰を回った俺は、足早にトンネルに向かう。

 トンネルは先も見えない程長くて真っ暗だった。


 ――その時、俺のスマホが震えた。俺はドキドキとしながら電話に出る。


「もしもし、私メリーさん」


 肉声と、スマホ越しの声がダブルで聞こえる。

 トンネルの暗闇を抜けて、金色の髪を輝かせた少女が俺の前に歩いてきた。


「今、あなたの前にいるの」

「メリーさん? 本当に? うわぁぁぁん! 会いたかったよー!」


 手が滑ってスマホを落としたけども、今はそんなことどうでもいい。俺は自分より頭ひとつ分以上小さい少女に抱きついていた。暗い中で彼女の周りだけがぽっかりと明るく、彼女の手はひんやりと冷たかったけども、確かな存在感を持ってそこにいるのが救いだった。


「さあ、帰りましょう。このトンネルを抜けると戻れるわ」

「えぐっ……えぐっ……メリーさん、本当に来てくれた……俺、怖くて寂しくて、メリーさんの電話しか頼れるものがなくて……会えて嬉しいよぉ」

「あー、もう。会いに行こうとしたらきさらぎ駅にいますなんて言われたの初めて。……それに」


 メリーさんは俺が落としたスマホを拾って差し出してくれた。人形のように整ったその顔で微笑まれると、思わずときめいてしまいそうだ。


「愛してるなんて言われたのも初めて。だから元の世界に一緒に帰りましょう」

「うん、一緒に帰ろう。メリーさんが一緒なら怖くないよ」


 スマホを受け取って彼女の手を再び握ると、メリーさんは頬を赤らめた。


「そういうところ。そういうところよ、怪異に好かれるのって」

「いいよ、俺一番困ってるときにこうやって助けてくれたメリーさんのこと、本気で愛せるもん」

「私のこと知らないの? 私はメリーさん。捨てられた人形たちの怨念。かつて私を捨てた人たちに復讐するために、背後に立って包丁で刺すまで追い詰める都市伝説よ?」

「知ってるよ。こどもの頃に捨てたくないけど捨てられた人形があったのも確かだし。だから――もうこの手を離さないから」


 暗いトンネルの中を歩きながら言葉を続けると、メリーさんは立ち止まって俺の胸をポカポカと叩いた。その後すぐ、何故かとても長く感じたトンネルを抜け、何故か俺の住んでいるアパートの自転車置き場に着いていた。


 俺の捨てられた人形は戦隊ヒーローだったんだけど、何故か今は可愛い彼女になって隣にいる。


 これは俺が人生で一番怖い思いをした……そしてとびきりのノロケ話だ。



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助けてメリーさん! 俺、今きさらぎ駅にいるの。 加藤伊織 @rokushou

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