笑うセリヌンティウス
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笑うセリヌンティウス
「「「は~……」」」
広い露天風呂に浸かり、3人同時に息を吐く。無色透明な、かけ流しの湯。
近くで行われているイベントが賑わっているようで、温泉に他の利用客はいない。
「朝からめっちゃ走ったから、ほんま気持ちえぇわ~」
関西弁を話すのは、相沢
ご両親が太宰治のファンだったために
「ナニ言う? 走るハメになっタの、
「いや~、せやけど全力疾走してきてんで?」
「朝までゲームしてた、SNSあげてたデショ」
「まぁゲームはしとったな」
カタコトで話すのは、留学生の
電車のチケットを持っている
「『1人だけ足湯入られへん刑』受けたし、もう許してや」
「マダ『温泉のあと牛乳飲めナイ刑』も残ってルヨ」
「実際それが一番キツいで」
予定の電車には間に合ったものの、精神的苦痛を味わったと、
「なんか毎回、間に合う思てゆっくりしてまう」
「
だからって、電話口で『走れ、走るんやメロス!』とか自分に言い聞かせるのやめろよ」
「今こそ言う時かな~思て」
4月から受けている一般教養の授業で、太宰治の『走れメロス』が取り上げられている。
そのため3人はなんとなく、『走れメロス』かぶれとなってしまっていた。
「でも
ワタシまったく信じられなかったヨ、このヒト電話のムコウで鼻歌うたってたシ」
「
「
「つか、
「大体デートの予定入ってるもんな」
「セフレみんな切ったカラ……暇なのヨ」
「呆れた
琴線に触れたようで、
「いたイ! 童貞のヒガミ、ヤメロ!」
「童貞ちゃうわ!」
「ウソだ!」
興奮した
「暴君王!」「体力オバケ!」などと言い合う2人を、芹沼は生暖かい目で見守り、虚しい争いが落ち着くのを待って口を開く。
「
「女子の気持ち、信じられナイ。イケメンならだれでもイイのかなッテ……」
「やっぱ生かしておけん……」
「
「
「ウン。でもメロスとセリヌンティウス、理解できナイネ。
メロスみたいなヒト、ワタシ信用できナイ。だからセリヌンティウスなぜ人質、理解できナイ!」
『走れメロス』でメロスは、暴君な王に文句を言うため策もなく城に乗り込み、あっけなく捕まる。妹の結婚式を開催したいからと、代わりに友人・セリヌンティウスを人質として差し出す。セリヌンティウスは文句も言わず、それを受け容れるのだ。
「まぁ……2人とも変わってはいるよな」
「たぶん2人、
「一理あるな。
もしかしたら、セリヌンティウスにしかわかんないメロスの良さがあるのかも」
「え、メロスって熱くてええヤツちゃう?」
芹沼と
「悪い奴ではないけど……ちょっと独善的で、自己愛は強いよな」
「メロス、友達の命かかってル、早めに行動すベキ! ノープラン、行動ムチャクチャ! 寝坊スルし、鼻歌うたってのんびり歩クの、ありえナイネ!
後半ズっと言い訳と、被害者ヅラばかり!」
「なんでか知らんけど、耳が痛いわ……」
なんでか知らんのかーい、と思いつつ、芹沼はツッコミを入れず様子を見る。
メロスはセリヌンティウスが人質となっているにも関わらず、ちょっとひと眠りして寝過ごしたり、余裕があるとわかればもちまえの呑気さをとり戻し小歌をうたってぶらぶら歩くのだ。
そして帰り道では濁流にのまれ、山賊に襲われ。そうして追い込まれると突然、被害者的な発想を繰り返す。もうどうでもいい、急ぎに急いでここまできた、私だからできたのだ、正義だの信実だの愛だのどうでもいい、と。
ついにはまた眠ってしまい、湧き水を飲んでようやく気力をとり戻し、ふたたび走り出す。
「メロスの行動は同意できんけど、メロスはずっとメロスなだけやねん」
温泉にのぼせたのか、
「気合い入れなあかんって時に、後ろ向きなこと考えたらサガるやん?
『ここまで頑張ったんや!』って思たほうが気合い入るやろ」
なるほど、そう言われたらそうかもしれない、と芹沼は内心で納得する。
「ソレは、そうケド……じゃあ諦めて走るの辞めたのハ?」
「あれはたぶん、フツーに死にかけとったんや。濁流にのまれて山賊に襲われたんやから。
それに、そもそもな。
あんまり後ろは振り返らんタイプやねん、メロスは」
そう言い切る
「……メロスの気持ちこんなに理解できるヒト、初めて会ったネ」
「安心しろ、
たしかに、メロスと
良くも悪くも単純で、自己否定的なことは言わない。熱血漢、曲がったことが大嫌い。かと思えば、マイペースで呑気なところもある。
「教授も言うとったやろ。
ようは、待つんと、待たせんのと。どっちがつらいか、や」
太宰治が『メロス』を書くきっかけとなった出来事を引用し、
「……待たせる方がつらいな」
「俺は待つほうが嫌やわ」
「ワタシは~……待つのはヤダ! でも待たせるのもイヤ!」
待たせるのがつらい芹沼と、待つのがつらい
「ほら見てみぃ、価値観いろいろやろ? メロスを理解できるかできんかも、価値観の相違や!」
納得いくような、いかないような。
芹沼と
「つーか、純粋に物語を楽しめや~。俺なんか、ラスト泣けてもーたで」
「すごい話、思ウ。でも泣くホド?」
「うーん……」
たしかに
「ほな再現したろ! 俺の熱い演技で2人を泣かしたる」
「アァ、あなたは気が狂ったカ」
「狂ってへんわ! やるで!!」
「芹沼、
「え、
「その石段あがったとこや!」
メインの露天風呂から1メートルほど上がったところに、桶風呂が3つ並ぶ空間がある。
芹沼は
「 “殺されるのは俺や! セリヌンティウスを人質にした俺は、ここにおる!”
……ほれ、
さっそく、再現が始まったらしい。
「『かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り』……」
「『釣り上げられてゆく友の両足に、
「セリヌンティウスッ!!」
「んなぁっ!!」
芹沼がヘンな声を上げ、身体をよじった。
なんと、芹沼が
「オイィ! 何してんだよ!!」
「だって『
「それって『しがみつく』みたいな意味じゃね!?」
いずれにしても、よく人の足に齧りつけるなとドン引きする芹沼と
「 “セリヌンティウス、途中で諦めてもーた俺を殴るんや!” 」
「えいやっ」
芹沼は振りかぶって
「 “メロス、俺もお前を疑った。俺を殴れ!” 」
「腕に
「「『ありがとう、友よ!』」」
乗り気でなかったはずの芹沼もなんとなく勢いに乗せられて、
友情のために走って、殴りあって、抱擁。たしかに
「 “ワタシも仲間に入れろ!!” 」
「んぎゃっ!」
置いていかれたようで寂しくなったのか、
その勢いで3人は、後方の桶風呂にザブンと沈む。
「どや! 感動したやろ?!」
お湯の中からザパァンと顔を出し、
「……思ってたよりは、よかった」
「ウン。王様のキモチわかったヨ」
「そっちかい?!」
狭い桶風呂の中で『万歳、王様万歳!』とゲラゲラ笑い合う、フ〇チンの3人であった。
笑うセリヌンティウス pico @kajupico
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