第15話 残酷な事実を見つけました

 閉め忘れたのだろうか? そう思って、引き出しの中身を見たけれど、何も無い。

 なんだ、と思った時、ふと、棚の周囲に違和感を感じた。あちこち埃まみれなのに、周囲の床には埃がない。壁もよく見ると、日焼けの跡があった。棚のある位置から、微妙にズレている。

 もしかしてマモルくん、この棚を動かした?

 そう思った私は、棚を動かしてみた。 女子高生一人でも、なんとか動かせられる重さで助かった。が。




「……なにこれ」




 そこに広がる光景に、私は絶句した。

 壁がくり抜かれていて、ちょっとした部屋になっている。棚の位置からして、多分、隠し部屋だろう。

 壁には液晶テレビのような真っ黒い画面がはめ込まれていて、キーボードみたいなものも並んでいた。Enterらしい場所を叩くと、ブン、と音を立てて『ログイン』と書かれた画面がつく。どうやらこの廃屋は、電気が通っていたらしい。

 でも、驚いたのはそこじゃない。

 

 ――床には、茶色のシミが広がっていたからだ。



「なに、これ……」



 思わず、繰り返してしまう。

 醤油でも零したのかしら、なんて、冗談は言えない。

 だってこれは、多分血の跡だ。

 それもこんなに広がっていたら、その血の持ち主は絶対に死んでいる。

 誰の血のもの?

 ――色んなものがドッと流れてきて、一気にピースが当てはまったとたん、急に、見ているものが遠くなった気がした。


 私は基本、暴力的なドラマやアニメを見るのがダメだ。翌日どころか、来週まで引っ張るぐらい体調が悪くなる。

 でもそういうのに限って、目が離せなくなる。怖い、悲しい、痛そう、と思いながらも、怖くない、悲しくない、痛くないと言い聞かせたくなるのだ。

 恐怖に耐えられることを証明するように、私の頭は、茶色のシミの上に誰がいたのか勝手に想像する。

 あの血が、サーヤだったら? マモルくんだったら? 私だったら?

 そうして、まるで額縁に飾った絵を見ているみたいに、私はこの茶色のシミをじっと見ていた。 

 





「ひまちゃん!!」





 パン!! と、頭の中で、何かが弾けた。

 誰かが肩を叩いたのだとわかった時、私の体は後ろを向いていた。

 そこには、珍しく焦った顔をしたサーヤがいた。


「ひまちゃん、大丈夫!?」

「……サーヤ」


 呪いが解けたみたいに、じわ、と涙が込み上げてくる。

 あたたかいなにかが鼻をツンと刺して、私はサーヤの胸に飛び込んだ。


「サーヤぁぁ!」


 そこからはワンワン泣いた。

 鼻水もぐちゃぐちゃで、気分は最悪。でも、自分の体から離れていた心が帰ってきたみたいで、ひどくホッとした。

 多分、ジャックさんに脅されたり、飛行機からパラシュートダイブしたり、眠っている間にマモルくんが消えたり、異世界ドアを奪われた上知らない場所に放置されたり、果てには血の跡を見つけたりして、心がパンクしてしまったのだろう。――逆によく泣かなかったな、私。多分人生で起こりうるピンチ、全部使い切ったよ。

 思いっきり泣いてしまえば、茶色のシミはただのシミにしか見えなかった。良く考えれば、別に私、血は怖くないのよね。大量に血を流した人がどうなったか考えるから、怖いのであって。


「ごめんね、遅くなって」

「ううん! サーヤも無事でよかった……」


 サーヤの胸から離れると、血相を変えた柊先生も立っていた。サーヤと一緒に、来てくれたんだ。

 


「柊先生……マモルくんが、消えてしまって……」

「大丈夫。わかっている」


 私はとにかく、マモルくんについて話さなければ、と思いながら、とっ散らかったまま話そうとした。それを柊先生に遮られる。

 ザッ!

 膝をついた柊先生は、埃まみれの床に両手をつけて、頭を下げた。



「すまない! こんな危険なことに、君を巻き込ませてしまった!

 どうかしていたんだ、こんな危険なことに、マモルより若い子を巻き込むなんて……!」

「先生」


 私は、柊先生の謝罪を遮った。

 柊先生の謝罪が信じられなかったんじゃない。自分のしてしまったことを本気で後悔しているのだと、わかる声だった。だからこそ、謝罪を受け入れるわけにはいかなかった。


 

「せんせ……この血は、一体誰のものなのか、知ってますよね」

「……え」


 柊先生が、顔を上げる。


「この家は、マモルくんが昔、お母さんと一緒に暮らしていた家なのでしょう?」


 それは、ほとんど確信に近い直感だった。

 そして、その直感を裏付けるように、明らかに柊先生の顔が強ばった。


「マモルくん、昨日の夜は、懐中電灯を使っていたんです。だから最初、家の電気はつかなかったんだと思う。でも、この機械は今、電気が通っている。

 私がこれを発見できたのは、棚が動かされた形跡があったからです。普通なら、この棚を動かそうと思わないし、ましてや秘密部屋があるなんて思いもしません」


 多分引き出しも、マモルくんが動かした時に開いてしまったんだろう。

 マモルくんは私が眠っているうちに、何らかの方法で電気を復旧させて、この棚を動かし、機械を動かした。それは間違いない。

 そんなことを、なぜ彼はできたんだろう。まるで、勝手を知っていたみたい。

 ひょっとして彼は、この家のことを知っていた?

 そう思った時、夢で見た、マモルくんとお母さんの様子を思い出した。



「柊先生、言っていましたよね。『あいつの話についていけたのは、かろうじて俺と、あいつの母親だ』って。

 なのにどうして、今の彼のそばには、お母さんがいないんですか?」


 

 そう尋ねると、どんどん、柊先生の顔が青くなっていく。

 ……やっぱり、そうなんだ。

 先生、ともう一度呼んで、私はとても残酷なことを聞いた。



「柊透さんは……マモルくんのお母さんは、ここで殺されたんですね」


 

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Z世代は世界を変える?―異世界で、孤独な異星人と恋をする― 肥前ロンズ @misora2222

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