おれの時間

 親父に会った翌日、おれは担任にさっそく高校へはどうやって行けばいいのか尋ねた。担任は大喜びでまずおれは中学の勉強をすることだと言われた。おれは高校へ行くつもりなどなかったので勉強を全くしていなかった。でも担任やあのチビの数学教師をはじめ嫌味な教師どもがすごく喜んでいる。おれは猿回しの猿か。


 でも喜ばれるというのは救いにつながるのだな。おれは高校へ行くために勉強を始めた。勉強は難しかったが、おれの世界が広がった。特に数学は面白かった。おれは考えて答えを出すことがこんなに楽しいとは思わなかった。チビの女教師に褒められるのも悪いものではない。


 おれは担任から頑張れと言われたので、死に物狂いで頑張った。勉強してこなかった頭に一生懸命勉強を叩き込んだ。親父に言われた「一生空っぽの人生」という言葉が怖かった。


 おれだって人間に愛されたいし、優しくされたい。


 そのためにおれは人と一緒のことをしないといけない。人のことがわかると、自分のことがわかると担任は言った。だから、おれはまず親父のことを知りたいと思った。親父に会いに行くと「それなら勉強して俺と同じように高校に行って働け」と言ってくれた。だからおれは高校に行くために勉強をする。神様の家に行くのは、親父を理解してからにしたい。


 おれが勉強をしていると母上以外みんな褒めてくれる。おれは母上に褒められたいのだが、なぜか母上は褒めてくれない。おれが勉強をしていることが気に食わないらしい。


 そして、勉強をしてわかったことがあった。母上はおれが自分より利口になることが許せないらしい。一生おれにバカでいてもらわないといけないと思っていたようだ。おれがバカなら神様の家の幹部になれるって本気で信じている。バカはおれの母上だった。


 おれの人生、一生神様の家なんて嫌だ。


 だから、おれは高校に行かなきゃいけない。高校に行って、もっと頭を良くしなくちゃいけない。これはおれが勉強を始めたからわかったことだ。やはり勉強はよいものなんだな。


 母上は来る日も来る日も電話で誰かと怒鳴り合っている。相手は親父らしかった。親父がおれに変なことを吹き込んだ、だから責任をとれと言っているらしい。


 ある日母上はおれに一冊の本を手渡してきた。神様の家でも勉強ができるようになるというものらしい。おれは神様の家には行かない、というと母上は泣き喚いた。


 だれがあんたをここまで育ててやったと思ってるの、恩知らず!


 オン、という不思議な言葉におれは初めて笑った。この女はおれを育てていたつもりだったんだ。おれという人形で神様ごっこをしていたのではなかったのだ。


「お母さん、僕は人並みに生きたいです」


 うるさい黙れ悪魔の手先地獄へ落ちろ裏切者


 母上は荒れ狂っていた。おれは家の外に避難した。深夜になっても帰りたくなかったからその辺をぶらぶらしていたら警察に捕まった。おれは親父に連絡してもらった。すぐに親父は飛んできた。親父と何故か警察官もおれの話を聞いて泣いていた。おれは何だかものすごく申し訳なくなった。


 それから俺はいろいろあって、母上と一緒に暮らせなくなった。おれは施設からしばらく中学に通って、それから親父と住むことになった。高校も好きなところに行っていいらしい。おれは頑張って、少しでもいい高校に行きたかった。


「頑張ってるな、壮一」


 親父にそう言われると、おれは心の中があったかくなった。

 母上の言っていた「安らかな気持ち」とはこのことだったのだと気が付いた。


 おれは最後に神様に祈った。


 かみさま、おれはおれの時間を生きたいです。

 かみさまはおれの幸せを願ってくれますか。

 それならどうか、おれと、母上の幸せを願ってください。

 おれはもうかみさまにお願いしません。

 おれは、おれを大事に思う親父が大好きです。

 おれは、それでも母上が大好きです。


 だからどうか、どうか、俺の前から姿を消してください。

 なんでもできるなら、俺の時間を返してください。

 俺は俺の時間を生きたいのです。

 神様へ、俺より。

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真綿の時間 秋犬 @Anoni

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