奮迅

 ──雲一つ無い黄金の空。

 ここから、一手ずつ慎重に行動を選ばなければいけない気がする。


「ジャギー、二手に分かれて調べたいんだけど良いかな? 纏まってると時間が足りなくなると思うんだ」

「良いぜ! 俺は何をすれば良いんだぜ?」

「マズルカを見つけて話を沢山して欲しいんだ。身近な話、友人の話でも良いよ。僕は美琴と話に行こうかと思うよ」

「分かったぜ!」

「あ、そうだ。連絡手段が無いから場所を決めないとね」


 それなら、とジャギーは指先から小さな液体を溢れさせる。

 イヤホンに見た目が近いけど、紐が無い……ワイヤレスイヤホンと呼ぶらしい。こんな線が無いだけで連絡が取れるんだなと感心するけど、彼の体の一部を耳に付けるのに強い抵抗を感じる。仲間だとしても……。


「それじゃあ、聞いてくるね」


■■■


 ──暗い部屋の中に、影が一人分、沈み込む。

 木の板が敷かれただけの殺風景な部屋で、猫が喋った。


「マズルカ、こんな場所から抜けて自由に暮らしても良いと思うぜ?」

「私は好きで此処ここに入っただけだ。それよりも、彼から離れても大丈夫なのか。魔力が不安定になってる様に見えるが」

「まだ自我が有るから大丈夫だぜ。……それよりも、夢で伝言を預かってるんだぜ」

「誰からだ?」


 髪を黒く染め、睡蓮の絵画を映した様な瞳をした女性の姿に変わると、

 マズルカは死んだ人を見たかの様な表情でこちらを見た。


「──『1944。映画のチケットを君の部屋の机に入れておいた。ペアチケットだからさ、一緒に見に行かないかい?』」


 それは、春が来る直前の風を感じさせる。

 生ぬるく、暖かい風。

 冷たく荒れた大地に草木が顔を出し、花々が陽を求め動き出す様な、そんな風。


「……気が変わった。手を貸して欲しい」

「猫の手でも借りたいって感じに見えるんだぜ」

「昔の感覚を取り戻したい。ニストの真似出来るか?」

「まぁ……出来なくも無いんだぜ」


 マズルカは壁に手を沈ませて引き抜くと、一丁のショットガンを持って構えた。

 俺は壁の電気を付け、新聞からスプレー缶を取り出す。


 ──銃弾が床に落ちた瞬間、発砲音が鳴り響く。


■■■


「「──!」」


 僕も美琴も気づいていた。

 近い場所で、銃撃戦が起きている。誰が始めたのか、僕は直ぐに察する。

 

「一体誰が……!」

「マズルカです。それと、僕の聞き間違いじゃなければ、ガスみたいな音……」


 脳裏に浮かぶ一つの単語。そして、同時に判断した。


『爆発』の危険性が有る。


 離れるか? 近づくか?

 普段の僕は離れるだろうけど、野生の直感が争いを止めにいけと強く言い放つ。


「止めに行ってくる!」

「ボクも加勢します」


 狭い廊下を走り切り、音の元である部屋の前に着く。

 美琴が扉を蹴破って飛び入ると、僕も周囲を確認した。


 ……マズルカがラジオの前でショットガンを持ってエアギターをする仕草だけ。

 銃弾の痕跡は一つも残っていない。何が起きていたんだ?


「ラジオを拾ったから再生してみたらこうなったんだよ」

「そんな物あったっけ……?」


 ラジオがピクっと動いた気がする。……彼が姿を変えているんだな。

 僕がラジオを持って、廊下にあった気がするなと呟くと、美琴は手を下ろして落ち着いてくれた。マズルカも反省する様な顔を見せて肩の力を抜く。


「気が変わった。外の空気吸ってくる」

「あぁはい……」

「礼だ、行きたい所まで着いて来い」


 その場所に着く数歩前まで、ラジオを抱えて歩いて行った。


■■■


 ──船着場から奥に見えていた灰色の建物群。縦に長く、重く、冷たい雰囲気を出している原因でもある。目の前まで近づくと、圧倒されてしまいそうだ。


「私の部屋の棚の中身を取りに行きたいのだが、私が正面から行くと面倒なことになる。代わりに探してくれ。行きたい場所はその棚の中に有る」

「えぇー……」


 ジャギーに任せれば直ぐに終わりそうだけど、見つかったら説明するのが難しくなりそうだ。消去法で僕が行かないといけないのだと思うけど、こんな暗そうな場所に一般人で、部外者な僕が行っても弾かれて終わりな気がする。行くしかないのかな。


「すみませーん……誰かいらっしゃいますかー……」

「あっちにノーツっぽい人が居るんだぜ」

「え、あぁ、あの人は──」


 あ、凄く見覚えある人だ。


「僕のママだね。こんな所で働いてたんだ……」

「ノーツの母さんなら直ぐに調べられるかもしれないんだぜ!」

「あんまり話したことないんだけど気づいてくれるかな……」


 僕よりも灰色掛かった白い髪に、少し濁った水の色をした瞳。

 190センチはしていそうな高身長が印象的な長い髪──僕の母だ。

 冷酷で高圧的に見えるから、間違いない。


 耐えかねた彼が僕の背を軽く押して、おーい、と一声投げられる。

 聞きなれない人物からの声に、相手は振り向いて近づく。


「えちょ、ジャギー……!」

「ノーツ、外歩ける程回復したんか? よく私の職場がわかったなぁ、どうしたんや」

「あ、あっと、ママ──」


 気が抜けきっていたのか、僕も母も落ち着きすぎていた。

 仕事モードをオンにして、二人共一息つく。


「……職場の関係上、名前で呼んで下さい。要件は何ですか?」

「モデラートさん、部屋から物品の受け取りに来ました」

「一部の部屋は個人情報保護法で入る事自体禁止されています。誰の部屋ですか」

「マズルカという人の鍵付きの棚で……」


 声を小さくしてくださいと言うと、あの人の部屋の遺物は明後日位に無くなるので探るなら今の内ですよ、と言われた。ラジオになっていた彼は、猫のぬいぐるみになって僕に抱えられ続けている。動きたくないらしいけど、この方が自然にカモフラージュできるから良いんだよね。重いけど。


「お邪魔するんだぜー」

「人の寝室に邪魔するのって慣れてないけど、仕方ないよね……」


 悪い事してるみたいな感覚にされるから凄く苦手。でも、仕方ないって割り切らないと。これからもこんな風に探る時が出てくるかもしれないし。とか思いながら癖で人の生活を想像しようとする癖がなぁー……。


「1、9、4、4……お」


 カチッと小さくも手応えのある音を立てて、二枚のチケットが出てくる。見覚えのある色合いだ。あの、記憶世界の中で見た──


「え、本物!?」

「そうっぽいんだぜ」

「マズルカが場所を知ってたら、映画館の場所がわかるかも」


 僕の母に一礼して手を振ると、彼女は手を振り返し背を向け、持ち場に戻っていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

FACT_NEWS 平山美琴 @fact_news_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ