「天道目下の珍道中」
本当に偶然なのか?
北風とニストの依頼がひと段落して、数週間。
ジャギーは
読んだ本の内容をコピーして本の姿になったり、僕の飲んでる紅茶に合いそうなお菓子のレシピを提案してきたり。人ではないんだなと、やはり実感する。
それにしても、あれから依頼に関する情報が入ってきてない。外を歩いて調査するのは出来るけど、灯りがないとミイラ取り状態になる終夜では気軽に調査は出来ない。出来るにしても、調査に必要な灯りの材料か強い魔力が無いと無理があるだろう。
「あ、小麦が尽きかけてる……どうしよう、水は足りてるけどお金を使うのはなぁ」
「ノーツは依頼のお礼に何か貰わないんだぜ?」
「お金を貰うのが一番良いんだけどね、ここの世界でのお金を手に入れるのが難しいから貰えにくいんだ。代わりに食べ物を貰ってるけど、流石にジリ貧だね」
「何だか複雑に聞こえるんだぜ。うーん……ん?」
窓の向こうを指差す先を見ると、見覚えがある紺色のフードを被った人がチラシを持って歩いていた。人を雇おうとしているのかなと見ていたら、ジャギーが代わりに声をかけて話している。……陽気すぎる人は嫌いだけど、あんな風に初めてでも話をしに行こうとする姿勢は羨む。凄いなぁ。
と言うか、あの人どこかで────顔を見て理解できた。父を殺した人の名前を教えてくれた放浪人だ。お礼を言いに行かないと。
「あの……」
「おぉ、何時ぞやの探偵殿!」
「お久しぶりです。あの時は教えてくれてありがとうございます」
「……その顔、本人に会ってきたのだな?」
「えっ」
ジャギーの方を見ても、首を
「未練が絶てていない」
「え……っと。僕の父について何か知ってるんですか」
「いや、拙者の勘じゃ。それよりも、探偵殿。依頼の予定は有りますでしょうか」
「今は無いですよ」
「それなら、畑仕事を手伝って欲しいのです」
運動不足で鈍っている体に効く。
なんでも屋ではないけど、ご飯欲しかったから行きたいなぁって。
悩む末に出した決断は「はい」の一択だった。
昔のお返しにもなるだろうし、何故かジャギーもやる気有るっぽいし……
■■■
海岸が見えてくる船着場から数十メートルの大地。探偵事務所からかなりの距離があったけど、顔色ひとつ変えずに二人歩いていた。ジャギーは人から外れているとして、もう一人の人はどう見ても人間にしか見えない。獣人特有の耳は無いし、尻尾や毛皮も見えない。ただ体を鍛えるだけでここまで成長するとは到底思えない。
「ここじゃ」
「広いね……」
「耕すのは終わったのじゃが、如何せん種まきと水やりの人手が足りなくてのー」
「……この広さを三人で、かぁ。やってみよっか」
「種まきは任せて欲しいぜ!」
放浪者は口調が鈍っている様に見えた。他国から来たのだと分かるけど、どこか癖があって文化圏も違うんじゃないかと思わせてくる。……ニストの顔つきと肌の色が若干近い様に見えるのは気の所為だろうか。
とか考えながら、車四台が並んで走れそうな程の広さの畑に水をやる。
彼は
「ご、ごめん」
「……!」
蟻が一気に消え、彼はひどく怯える姿を見せた。──やはり、見間違いではなかったらしい。
■■■
昨日、物欲しそうに紅茶を見ていたから、飲みたいの? と言ってティーカップを近づけたが、手が滑って数滴程彼の足に溢してしまった。すると、目の中に円形の層を作り出して足の指の数がしばらく四本に減っていたのだ。
蓋の中身を思い出すかの様に、一気に彼に既視感を感じたよ。
■■■
「いや、気にしないで欲しいんだぜ。水が苦手なんだ」
「もうそろそろ終わるから……よし」
「いやー、助かりましたな! お礼として、拙者の育てている野菜と米を是非」
「ありがとうございます。えっと……」
「
「月影……美琴さんのお父さんだったんですね」
「遠縁の仲じゃ。元気にしてたかの?」
「はい、向こうで助けられて……マズルカに面会させてくれたのも、彼女のお陰でした」
ふむ、と声を出して雨読は考え込んだ。ジャギーは帽子を外して猫耳の手入れをして──あったっけ、そんな耳。
尻尾が見えないけど猫に近い三角の小さな耳がピコピコ揺れて動く。かわいい……猫だから水が苦手なのも納得かもしれないけど、身体から離れて独立してるから猫に近くなっているのかな。興味深い。
「毛繕いだったら僕も手伝えるよ」
「助かるんだぜ。最近ちょっと毛羽立ってきて」
「……明日、黄金の国に出ると良いじゃろうな」
「え?」「…………。」
ジャギーが黙り込んでしまった。ただ、僕の直感は依頼に関係する様だと強く感じさせている。もう少し聞き出してみようかな。
「お主ら、ヴァルツァーという種族は知ってるかの?」
「自立型偶像でしたっけ」
「うむ。拙者の遺族が遺した機械型人形が居てな。名を
言ってしまえばジャギーもその仲間だと呼べる。
依代がないと生きていけない存在。参考にはなるけど……前に似た様に、否定的な意見を出したいが、通らないだろうと顔を沈めているのが分かる。
にしても何だろうか、この既視感の連続。──本当に偶然なのか?
「ありがとうございました。そろそろ僕達、探偵事務所まで帰りますね」
「またのー」
■■■
「あのさ、僕は予知夢とか信じないタイプなんだけどさ、本当にあるかもしれないから聞くよ。これから起こる事が分かるの?」
「……合ってるぜ。そして、そう聞いてきた回数はとても少なかったんだぜ」
これから何が起こるのか、半信半疑で聞いてみた。
黒髪のマズルカと月兎が戦い、痛み分けをする形で引き分けになったが、後に月兎が僕達の前に来て殺されてしまう未来。……やけに現実的だ。
「でも何で僕達が殺されなきゃいけなくなるの? 特に悪い事した覚えないよ」
「それは……分からないんだぜ」
「…………」
その瞬間、無機質な盤面に線引きがされ、駒が並べられる感覚を感じた。
相手は数手先を読んで動き、意図的に僕達に危害を与えようと行動している。
──何かとの戦い。
数手先の行動を潰し、詰めていく様な動き。
きっとこの空白の数週間、事故に見せかけられる様に調整したんだ。
「雨読だとしたら表に出過ぎだし、顔を自分から見せる様な動きはしない筈。ニストは身体を寄生されて何も出来ないだろうし、北風も彼を探していたから……見た事ない人かも」
「信じてくれるんだぜ?」
「スピリチュアルすぎるから、参考程度にね」
「だから、今から行くよ」
「え、行くんだぜ……?」
「夢の中の内容を聞く限り、状況が悪かったのだと思うよ。それに、僕の父を殺していた時の彼女は金髪だった。今を変えれば過去も変われる筈だよ」
行く価値はあるだろうと、彼は納得してくれた。
本当に死んでしまうのならその時だ。ただ慎重に動けば良い。
最悪の事態は既に聞いているんだ。
「黄金の国に行こう」
「怪我だけはしない様にするんだぜ」
「勿論だよ」
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