物の怪がすむ理由

 モノノケ。漢字で起こすと『物の怪』と書く。

『物の怪』というのは、人に憑いて苦しめ、病気にさせ、最後に死に至らせる、怨霊・死霊・生霊などの霊を指す。探偵事務所には、僕含めて幽霊が他人の記憶を覗いていると思われているから、そう呼ばれている。

 ──最も、他人の記憶を消す事が出来るせいだろうと思うけど。


「これは、僕にしか扱えない魔法。──Cutカット Backバック

「懐かしいね……彼と最後の日を過ごしたみたいだ。再現してみる?」

「やってみてよ」


 映画館のモニターが光り、視界が白く染まる。

 暗所に目が慣れた時には、最初に見た貨物列車の中に居るのだと理解した。

 

「何なんだぜ?!」

「ここでの怪我は現実の僕達にも響く! 隠れた方が良いと思うよ!」

「わかったんだぜ。それより、外の様子が……!」

「何、これ……」


 空が、赤い。いや、赤いだけなら問題ない。

 縦に長い建物が所狭しと空に建っている。どう見ても異世界と呼べるけど、驚くべきは現実の終夜とマップが全く変わっていないという事だ。


「旧終夜世界だよ。この世界に暗闇の夜が訪れるまで、ずっと空は赤かった」

「僕はこの世界の存在を消さなければいけない。行ってくる」

「頼んだぜ!」


 赤と青のハサミを体くらいの大きさにまで変え、ソレノイドに刃を向けた──が、後数センチの所でふところに隠していた魔道具を使って攻撃を弾かれてしまう。……ただの赤い砂時計には見えない。


「四という数字ってさ、キリ悪いと思わない?」

「戦闘中に会話できる余裕有るんだ……凄いね」

「まぁ聞いてよ。と僕の最点をあげてるんだからさ」


 戦闘の経験が浅すぎる。その証拠に、向こうが手加減している。

 僕に急所を外して殴っていたり、足首を蹴って体勢を崩したり、重症を負っていないのに強い痛みを感じていたり。一体どんな環境下で強くなったんだ。


 今よりも、この世界は厳しかったと言うのか?


「奇術、錬金術、呪術、禁術。四つって、キリ悪いよね」

「自然現象に近い奇術と人為的現象に近い錬金術。奇術の応用は、呪術。禁術は何にも属さないから……まさか」


「錬金術の応用、いいや、極地。僕は『第四の魔法』を見つけた。時間をストックして再現させる魔法──『時魔法』」


「そんなの……僕に勝ち目が無いじゃないか」

「まぁ、そんな反応するよね」


 砂時計が十字の光を差して今にも発動しようとしている。

 殺されてしまうぼくの心を見て、彼は黙り込む。

 本当に、時間が凍りついて静止したみたいだった。


 でも、実際は時間が流れているだけだった。

 

「彼は、止まる時間と寿命を覚悟して僕に言ってきたんだ。『時間が止まっているモノクロの世界でも蒼く光り続けようとする姿が好きだ』って」


 感傷的になったソレノイドは景色を劇場に戻す。

 列車内に居た筈のジャギーは、赤い瞳に上着を着たあの写真の姿に変わっている。

 あの人が、ニスト。いつの間にか息を飲んで黙り込んでしまった。


「懐かしいな。タバコ要るか」

「一本」


「おっと、観客が居るみたいだが?」

「あ、……」

「禁煙派だったらごめんな。やめておく」

「いや…………気にしないで下さい」

「それじゃ有り難く……」


 本当に、二人は僕達と対照的と呼べる素行しかしていない。

 初めて排水溝から底を見てしまった時の様な空気。恋人だったとは思えない程の冷たい態度。全て知ってしまって、引くに引けない状況になるまで生きてしまったと体現してるみたいで、この場に居たく無い。


「正直、未練有るんですよ? ただ──……」

「ただ?」

「…………」


 彼と同じ存在だからだろうか。

 この時だけ何と思って言おうとしているのかがわかった。それを、つい代弁してしまうのが、僕の悪い癖だったのかもしれない。


「殺してくれたから、未練も何も残せなかった事に感謝したかった」


「俺もそんな人生歩めたらどんなに幸せだったか」

「……だから、僕の事は忘れて下さいね」


 僕の持っているハサミを取って、手に刃を向けて、挟んだ。

 存在を断ち切る特性を知っていた上で、そんな事をしたのだと閉まるシアターの扉をじっと見ていたのだった。


✂︎───✂︎


「ノーツ!!」

「わぁあ何!?」

「俺、急に世界から弾かれてここに居たと思ったら、ノーツが目覚めてなかったんだぜ。だから……」


 安心して抱きつかれるのは父以来だったから、嬉しくなって少し涙が溢れ出した。

 そして、後ろからぬっと割り込む形で北風とニストが話す。


「ご主人いぎでてえがっだっズ……!!」

「まぁ落ち着けよ。全部終わった訳じゃないしな」


 ナチュラルに動いてたから気になったけど、核に紙で出来た依代を入れる事で動けているらしい。呪術を扱える人を見た事なかったから、感心の意を抱いた。こうして見ると、北風の飼い主として強い芯があって優しさも兼ね備えている彼が北風をほだす事ができたのだなと納得できる。


「さて、俺を回復させてまで聞きたい事が有るんだろ? 覚えている限り答えるぞ」

「俺に切り替わるまでの直前の記憶は覚えていないか教えてほしいんだぜ。俺の母について……」


 僕の後ろに立って耳打ちされた。他の二人は別室に移動させてくれないかと。何か、言いにくい事があるんだろうか。目線を逸らした彼は苦虫を潰した顔をして、察しろと目で訴える。──理解した僕は、お腹が空いたから二人で世界を案内しながら買いに行ってきてとメモ用紙を渡す。


■■■


「答えると、ハッキリと覚えている」

「なら本人に……」

「俺も守らないといけない奴が居るんだ。危険に晒してしまう」

「僕は、彼と居続けないといけないのかな」


「これは誰かと一回旅して得た事だが、全ての物事は回り回って自分に繋がる。別の物事を進めていれば、いつかたどり着く。長い旅になるだろうと思うが、彼本人に見付けさせないといけないんだ」


 自分の魔法で抜け落ちてしまった記憶を頭の中で拾い集め、抜け落ちた人と同じ末路を辿るのではないかと不思議な納得を感じる。きっと、僕が今後この人と会う時は無くなるんだろうと感じる様な、そんな雰囲気。ただ、死ぬのとは違った感触。


「どうせ千年経っても覚えてしまうんだろうな」


 何故か、誰を指しているのか何となく分かってしまった。


「ただいまっスー!」

「おかえり北風。帰ってきて早々申し訳ないが、帰るぞ」

「えっ、まぁ良いっスけど」

「それじゃあ、またな」


 雨が止み、雲が晴れると、隙間から月が見えていた。

 ひと段落はしたけど、まだ依頼は終わっていない。

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