不一致団決烈情狂想曲

 僕の生きている土地で太陽なんて見ないから、久々の太陽に驚かされる。

 綺麗な陽に魅せられて、僕は目的地に着いた事を忘れかけていた。


「僕、ここに来た事あるかも……」

「そうなんだぜ?」

「小さい頃に一回だけ。母が終夜に行く時に、確か」

「今度ゆっくり聞いてもいいんだぜ?」

「うん」


 周辺の状況を確認しなきゃ。僕が暮らしていた時の事は覚えていないし、探偵として働く事が出来るかもしれない。ジャギーは人に話す事が得意っぽいから、聞き込みは任せようかな。


 それにしても、金銀財宝の土地ではなく、空が黄金色。お金をたくさん持った人が多いのかと思ったら、海岸から郊外に一本で通れる道から外れると一気にスラム街っぽさが強くなる。格差が激しいのだろうか?


「ジャギー、向こうの方行ってみない?」

「良いと思うぜ。現地の声が聞きやすいと思うし」


 人が盛んな場所ではないけど、ポツポツと人が小さな家を作って最低限の生活をしていた。服に穴が空いていたり、ボタンがほつれていたり、道も整備されていない事から、本当にスラム街っていう単語が近い。悪口に聞こえるけど、これが事実としか説明しようがない。


「すいませーん」

「……ん」


 思春期くらいまで成長した女性がのれんの隙間から顔を出す。精力が無い怠そうな顔をして、僕の話を答えてくれた。


「向こうは中層、一般人になろうと必死に生きてる人たちの場所」

「自分のペースで生きても良いと思うんだぜ」

「そういう人達はココ下層で生きたり、犯罪したりして生きてる。上層は団体の溜まり場と犯罪者の拠点地になりやすい危険地帯」


「教えてくれてありがとう」

「折角だからお礼して欲しいなー。あ、君たち観光客だよね。お礼代わりにお金とか、ちょーっとさ、くれないかな」


 後ろに、二、三人。いつの間に。生活の為だから仕方ないと納得できるけど、それを理由に人から物を奪うのは違うと思う。素手でもある程度戦える。でも道を教えてくれた相手だから出来るだけ穏便に終わらせたい。

 学生の内の一人が拳を振り上げると同時に、片方の髪が隠れている女性が声を張り上げて言う。


「陸海空上解放前線だ! 食事を得たいのなら集合せよ!」


「……下層も危ないから気をつけてね」

「あ、はい……」


 学生達が去っていくと、声の元が歩み寄ってきた。

 紫髪で赤い瞳。白いフードが印象的な容姿だ。


「怪我はないか」

「ありがとうなんだぜ」

「良かった。拙者はこの周辺を担当している活動者、月影つきかげ 美琴みことだ。人探しでもしているのか?」


 マズルカという人を探して話がしたいと言うと、驚く顔をして案内してくれた。たまたま歩いていたら、向こうのほうから自首して無抵抗のまま拘束しているという事。何があったのか知らないけど、話が早く終わりそうで助かる。


■■■


 ──陸海空上解放前線レジスタンス、拠点。

 なんかこう、暗くて寒い地下で食事も最低限で与えられているのかと思っていたら、キッチンで普通に料理していた。ただ、僕が見ていた時の自我が強すぎる様な姿とは正反対になっているのに対して、強い違和感を感じる。


「ボクが案内できるのはここまで。あまり刺激しないように気をつけて」

「ありがとう」


 金髪……ではなく、黒髪ロングの青年。顔立ちが変わりすぎだ。鼻が高く、彫りが深い顔に見える。たった数ヶ月で姿を大きく変えられるわけがない。


「マズルカで合ってるんだぜ?」

「合ってる。何か様でも有るのか」

「ニストを知ってますか」

「原因を解決して取り除かないと、回復した所ですぐに再発する。……無理だ」

「話早すぎないんだぜ?」

「私の元に発狂した状態で本人が来たんだが、無理だった」


「……もしかして、凄い複雑な事件にでも触れてるのかな」


 ①ジャギーを突き飛ばした母の捜索

 (本人から言われた、元々の依頼内容)


 ②ニストのトラウマの原因の調査+治療

 (①を解決する為に必須な情報源との聞き込みをする為に必須)


 上の二つに、別件の『父を殺した事件』についての内容が絡んでいる。

 ──ここまで複雑な依頼に触れるのは初めてかもしれない。


 僕がこのタイミングを逃したら、探偵として依頼を解決している理由が無くなる。

 僕個人の問題は、僕一人で聞き込むべきだ。


「ごめんねジャギー、別件の話だから待っててね」

「分かったんだぜ!」


 僕の父が遺した、黒い新聞。

 父は冷たい母にも誠実に接する人で、僕に笑う顔を見せなかったけど、彼の作るご飯が美味しくて笑う顔を見せてくれた。僕から見たらとても良い人だったから、何で死んでしまったのか、読んだ。


■■■


 衝撃ショックが、大きすぎた。

 父の遺体を見るのは分かっていた事だけど、父は事故じゃなくて、人に殺されたんだ。しかも、僕はその現場に居合わせてた。今も抜け落ちている記憶はあるけど、父を直接殺していたのは、マズルカで間違いない。幻覚ではない、僕の目で見た事実。


 ──お前を絶対に生きて返すものか。


 初めて強く感じた恨みは、今の恨みに繋がっている。

 後の祭りかの様に言っている彼女は許せない。父の仇が取れれば、それで十分だ。


■■■


「事実、私は人を殺した。父であるかは知らなかった。だが、罪悪感はずっと残り続けている。擦り付けにも聞こえるが、団体側にも問題は有った……と思う」

「団体の名前は?」

「二重機密機関、通称『レルム』。この国での警察の様な立場だ」

「……ありがとう。今度調べてみるよ」


 彼女は何か思い出したかの様に口を開いたが、閉じ直して野菜を切り直す。

 その場を後にしようとジャギーに合流して、もう一度状況を整理してみた。


 まず、①本依頼の方。

 母についての情報が何一つ出てこないのと、前後の情報も出てこない。


 逆に、②ニストのトラウマについての情報はポロポロと出てくる。

 『原因(新聞世界の中で起きた事が有力)』→トラウマを発症→黄金の国でマズルカの元に行くが、治療不可→終夜で北風から離れて→ジャギーが体を封じ込めた?


「手がかりが無いや。新聞の方って全て解放できてる?」

「まだ終わってなさそうなんだぜ。……あぁ、うん」

「何か引っかかる事があるの?」

「もっと複雑な事になるかもしれないんだが、いいんだぜ?」

「うん、この際全部解きに行こう」


 記憶世界の映画館で見た人の事を言われたけど、そんな人見ていない。すぐ現実に戻されたけど……僕に似た医者が居て、カルテを書いていたとか。名前は聞き出せなかったけど、強い既視感と本体ニストの強い震えが起きていたのは参考になりそうだ。


「ノーツにすごく似てたんだぜ。北風が知ってても教えてくれなさそうだけどー……考える前に動くだぜ」

「聞いてみよっか」


■■■


「彼氏っスか!? ……んでも、居るのはおかしいっスよ?」

「僕も正直おかしいと思うけどね……」


 人の体臭というのは人によって傾向が近くても、香水や魔法の効果で変える事ができても、微かな違いが生まれている筈だ。獣人の嗅覚は人よりも鋭いから、匂いを消そうと洗っていたら分かるし、何を食べていたのとは別に人の匂いを嗅ぎ分ける事が出来る。その上で、ジャギーからは北風以外の匂いがしない。

 北風もそれに気付いているだろう。


「何か覚えてる事は無い?」

「ノーツと出かけた事しか分からないんだぜ。新聞の中はまだ完璧に解放しきっていないから、調べれば手がかりは……」

「なら調べてみると良いと思うっス」

「それはちょっと危険かな」


 トラウマの内容を自覚しながら探索するのと、知らずにショックを受けながら探索するとでは解放する難易度で雲泥の差が生まれる。出来れば、現実側で情報を集めてから解放しに行きたいけど……うーん。どうしようか。


「一回行ってみようか」

「自分は現実でノーツ達を守ってるっス!」

「ありがとうなんだぜ」


✂︎───✂︎


 また同じ映画館だ。ここが印象的だったのかな?

 しかし、照明が切れて非常用の電源のみが動いている状況だ。暗所は人の精神に負荷を掛けやすい。何か明るいものを……


「ノーツ、懐中電灯があったんだぜ!」

「凄い現代的だね。もしかして崩壊前の世界とか……?」


「……今の、見えたんだぜ?」

「え?」


 六番シアターへ歩み寄る彼の肩を掴むと、六番シアターの入り口から光が漏れていた。見方の違いだったのか? そんな事より、近づいてはいけないという野生の勘が強く働いている。トラウマの核に近いのなら探索するべきだろうけど、本人が耐え切れなくなる可能性があるから怖い。


「待って。君が錯乱したら体の中にいるニストと変わるかもしれないから、僕が先に調べていい?」

「いいぜ」

「…………」


 昔受けた依頼と同じ様な、生ぬるくて気持ち悪い感触。

 ──ふと、僕に似た白い髪の医者から受けた依頼を思い出した。

 六番シアターに足を踏み入れていた時には、全て、思い出して……


「もしかして、君って」

「シュレディンガーの猫現象って言うのかな? ドッペルゲンガー?」

「一番近いのは不確定性原理だろうね。ノーツ……いや、ガウス・ソレノイド」


 同じ位置にいる二つの物体が一生同じ位置に存在し続ける事が、原理的に不可能な現象。理解しやすくすると、並行世界に存在する同じ人が、今、目の前に居るという事だ。こんな事、普通の世界ではあってはならない。でも、ここは記憶の世界。何が起きてもおかしくないのだ。


「お久しぶりです。僕はガウス・ソレノイド、別次元でこの体の持ち主から殺され、並行世界ごと禁術で消されちゃった人ですよ」

「ニストにトラウマを植え付けたのは、君のせいなの?」

「大部分は別の奴のせいだけど、追い討ちを掛けたら爆発したんですよ」

「──それじゃあ、君をこの記憶から消せば回復は出来るんだよね」

「まぁ、そうですけど……記憶に干渉出来る術なんて聞いた事有りませんよ。貴方に出来るとでも?」


「僕にしか出来ない粗治療を、君のために出来ると言ったら?」


 赤と青のハサミを手の上に出すと、ソレノイドは理解したかの様に顔を歪めた。


 


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