上映

✂︎───✂︎

 ──高級感のある赤いロビーが、僕達を記憶の中にいると教えてくれた。こんな素敵な場所が現実にもあるのかと思うと、見つけてみたいなと感じる。映画を見た事はないけど、行ってみたいなって気持ちはわかる。


「僕、映画見た事ないんだよね。何かやってたりしてないかな?」

「折角だし見に行ってみようぜ」

「うん」


 壁掛けポスターを眺めて歩くと、入り口の横に数字が書かれた場所に着く。

 きっとここが入り口だろう。どこか開かないかな、と重い扉を引いても押しても動かない。どうにか上手く開いてくれないかなと悩んでいると、床と扉の隙間から二枚のチケットが滑り込んできた。


「七番シアターだって! どこかな……」

「嬉しそうなんだぜ。俺はポスターの方見てても良いか?」

「良いけど、ジャギーはポスター見るの好きなの?」


 そうなんだぜ! と意気揚々に言うと、少し早口で目を輝かせて続く。このポスターに写っている人が一体どんな人なのか予想して、物語が進んで、どんな結末に行き着くのか。想像が広がりやすいのがポスターなのだと言う。

 言われてみると面白そうだ。妄想癖がちょっとでも有る僕でも思いつかなかった。


「でも、長居したら不味いんだって言ってたから着いてくんだぜ」

「シアターの中にファクトニュースがあるかもしれないしね」


■■■


 照明が切られた暗いシアター。そろそろ上映しそう。

 赤いシートが格好いい。それで……誰かが顔を隠して座っている。


「声、掛けてみるね」

「頼むんだぜ」

「……何かありましたか?」

「…………。」

「あの」


 感じた事のある匂い。しかもこの人、身長が高い。家族に近い匂いがする。反応してくれないけど、僕に関心はあったらしくて顔を上げてくれた。


「助けて」

「……!!」


 見覚えがある。小さい頃一回しか会った事ないけど、僕の家族で違いない。でもなんでこんな所で……と考えていると、一枚のメモを落として消えていた。現実でこの場所を探してみようかな。

 ──いよいよ上映だ。一体どんな内容なのか、僕と彼は席に座って見ていた。


「あれ?」


✂︎───✂︎


 探偵事務所にいち早く戻れたのだろうか、一階のソファーで起き上がる。でも、本能が全く違うと語っている。ノーツが居ないのがその証拠だ。何が起きているんだ?


「や。彼氏と元気にしてる?」

「一体何を言ってるんだぜ……?」


 質問には答えた方が良いよ、と温度を感じさせないトーンの声で喋る。生気が無い人間の声。俺の中の全てを見透いているかの様な、気持ち悪い感触。しかも、この会話は俺に向けている内容じゃない。俺と同じ身長なのに、白衣と白い髪で際立つ浅葱あさぎ色の瞳が強い圧を作り出している。逃げ場を潰されてしまったみたいだ。


「君の事なんてどうでも良いんだよ。僕、死んでるし。それで、彼の精神は回復してきてる?」


 目線を下げると、察してカルテに書き入れていた。君は行動一つで戦いの火種になるだろうね、と白けた顔をしてスプレー缶を投げ渡される。記憶の中で色濃く残っている人物。名前も知らない医者だが、身体の方は動けなくなっていたのだった。


✂︎───✂︎


「ジャギー、何かあったの?」

「あぁ、ちょっと疲れてしまったんだぜ。しばらく休んでも?」

「良いよ。その間に行きたい場所が有るから待っててね」

「あぁ……」


■■■


 終夜世界の、郊外にある静かな家。渡されたメモの位置はここだ。

 彼の記憶と関係があるなら尋ねるべきだけど、どうやって関われば良いのか、僕にはわからない。


「すいません」


 返事が無いのでお邪魔します。……最低限の生活感を感じさせる質素な部屋。脱ぎ捨てた服もメモ用紙も無く、綺麗な部屋だとお世辞は言えるだろう。奥の部屋で丸くなっている青白い髪の姿。間違いない、イスカトーレだ。


「イスカトーレ、レガート家は父の手で終わったよ」

「そうなんスか……」


 奴隷として捕まっていたと報告されていたけど、傷が見つからない。それ以上に毛並み髪の毛がとても良くなっている。とても大切に育てられていたのだと、ちょっと羨んでしまった。


 (自分の意思でそう呼んでいる、イスカトーレの名前。)北風は、飼い主のニストという人物が急に動揺した姿で、一部の物を隠してどこかへ消えてしまったらしい。何かから追いかけられて、全力で逃げているみたいな、そんな表情で。ジャギーと状況が逆な気がするけど、気のせいだと思う。多分。


 ──な訳が無かった。偶然ってあるんだな。


「ご主人の写真っス。笑ってるから目の色が分かりにくいっスけど、どこかで見てないっスか?」

「……見てるっていうか、本人っぽい人が今探偵事務所に居るんだよね」

「えっ」


 目の色と上着を着ているかの違いだけを除いて、姿が瓜二つの写真。双子は居るの?と聞いても、居ないと一言。魔法で姿を変えているのだと思ったから、探偵事務所まで連れて行く事に。北風は疑いの曇りが掛かりながらも、本人に会える嬉しさで尻尾が軽く揺れていた。


■■■


「ご主人ー!!」

「何だぜ!? ちょっ、飛び付かなくてもいいだろ!?」


 思ったより早く依頼が解決できそうな気がしてきた。それよりも、この人が主人って……悪いけど信じられない。ジャギーの方も自信無さそうだし。仲良くしすぎて、ちょっと羨ましいな。


「ご主人の匂いっス。家で待ってたんスよ〜!」

「ノーツ〜! 助けてなんだぜ〜!!」

「あわわわわ……」


 じゃれている北風をなだめてソファーに座らせると、ジャギーの話を思い出させる様に少しずつ話をしてみる。


「えっとな。凄く難しくなる話なんだが……」


 帽子を片手で持つと、手品をする様に帽子から不思議な液体が出てきた。

 北風はそれを見ると一瞬で理解したのか、表情を曇らせて納得する。


「俺の本体はこのの方だぜ」

「えっと……?」

「数年前に調査先雪国でご主人の中に入れられた寄生体っス。……ここまで自我を持っているとは教えてくれなかったっスけど、ご主人は生きてるんスよね?」

「寄生体って……そんなの実在するの? 信じられないよ」

「北風の飼い主は生きてる。だが、精神が強すぎる負荷を受けて今は面に出れないんだぜ」


 二重人格をガセだと思う性格だから、半分くらい信じられない。しかし、彼の液体が地面にしたたると、目が黒くなり豹変してしまった。まるで、慈愛に満ちていた均衡の女神が血の涙を流しながら叫ぶ様に、封じていた呪いが溢れ出して内側に押さえようとする様に。

 ──別人にしか見えない。彼の中にもガワにも、化物がんでいるのだと察した。


「……こんな具合なんだぜ」

「その場所に行けば情報が集められそうだね」

「元凶はご主人が殺して、情報は全て燃やされたっス。希望は一応有るっスけど……」

「誰なんだぜ?」


「マズルカっていう人っス」


「──その人、どこにいるの」

「確か、黄金の国で指名手配になってた筈っス。その後消えちゃったっスけど」

「わかった。ジャギー、荷物用意して明日行こう」

「え? あぁ、わかったぜ」


■■■


 偶然が重なり続けている中で聞くことができた。

 とても前に放浪人から聞いた、僕の父を殺した人。

 金色の髪に赤い瞳をした女性の様な姿。


「おじさん、人から恨み買われやすいんだよね。でも、その恨みをノーツにも与えたくないんだ。だからどうか、自分の意思で生きて欲しい」


 一言を遺して地下室に閉じ込めた記憶が、強く残っている。これは彼の為ではあるけど、僕のためでもある。僕に強く残った闇を、明るく照らす為の行為。


「探偵事務所は任せて下さいっス。ご主人の疲れた心も自分がちょっとづつ回復させてるんで。小さなご主人となら留守番も出来ちゃうっスよ!」


「何あれ、体の一部……?」

「俺の精神と体と交換して分離させてみたんだぜ」

「魔法じゃないんだ……」

「この身体だからできる事は多いんだぜ」


 尊敬と恐怖を同時に感じる瞬間だった。この人が自由に生き続けたら危険なのではないか、という野生の勘と、魔法という単語では表せられない自然の神秘的な尊敬。でも、この人も依頼が終わったら自由に暮らすんだよね……。ちょっとだけでも生活を覗いてみたい。下心はナシで、観察してみたいっていう興味で。


「それじゃあ、移動船を使おっか。特殊海域を通るから、寝室で眠っていようか」

「特殊海域って何だぜ?」

「大陸と大陸の境界になっている海域だよ。大体は寝て起きたら終わっているから大丈夫だけど、時差ボケとか幻覚を見ることがあるから気をつけてね」

「分かったぜ!」


 海岸で船員に声を掛けて通貨を払うと、船は煙を出して揺れ動く。

 黄金の国は輝かしい景色なのか金銀財宝の大陸なのか。眠りに浸かった僕達が始めにみたのは、人生で久々に見る太陽だった。

 

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