FACT_NEWS

平山美琴

「Past 4●r later」

偶然か、必然か。

 長夜ちょうや──冬の長い夜という意味らしい。


 ここはその単語を体現した様に夜が長く、父から

「実は、生まれてから太陽なんて見た事ないんだ。不思議だと思わないか、ノーツ」

と言われた位似ている。唯一違っているのは、冬の雪が降らない代わりに雨が降りやすい──つまり、時々肌寒い。


 そんな世界は、終夜よもすがらという似た単語を取って、

 『終夜よもす世界』と呼ばれている。


「あ、シャツのシワ出来てる」


 熱々のティーカップを溢さない様に、ゆっくりとシャツの上に運ぶ。

 普段はこんな事しないけど、誰も来ないからやる事が無い。仕事をせず、サボる一環として無駄な事をするのもアリだと思う。


「紅茶冷めたかな……あちっ」


 肩まで届かない白銀の髪がボワボワ……と膨らみ、同時に長い獣の耳が下がる。

 猫舌ならぬ犬舌。獣人は人間よりも暑さに敏感なんだ。


「探偵さーん! モノノケ探偵事務所ってココで合ってますか!」


 ──チリンチリン! と強めに開けられた扉に驚いて紅茶を溢してしまった。

 大きな音と急な来客に驚かされ、太ももに掛かる熱湯の勢いで飛び上がり、長い尻尾を太くして目の前の机に足をぶつける。


「は、はい合ってまっつっぁあ……!!」

「ごめんなさいちょっと、やっと見つかったので……つい嬉しくなってしまって」

「ふぃ……気にしないで下さい」


 一本道で且つ大通りにあるけど、まぁ人によっては分からないのかも。と丸メガネを両手で掛け直す。レンズが曇っていてよく見えないけど……子供が新聞を持ってここに来たのはわかった。いつもの依頼だ。


「私の顔を忘れちゃって、何が正解かわからなくなってしまったの」

「きっと素敵な顔ですよ。紅茶有りますので、体を温めて待っていて下さい」

「よろしくお願いします」


 新聞を受け取り、モヤが掛かった顔を見て

 「危険な病ではないですよ。僕が解決します」と説明する。

 安堵の息を漏らして背もたれに背中を任せる姿を見て、心の準備ができた。

 赤と青のヘッドフォンを着けて新聞を捲り、目を閉じる────。


✂︎───✂︎


 ──夢、と呼んだ方がわかりやすいけど、新聞の中に在る『記憶世界」と呼ぶ方が近い。人によって見る夢が変わる様に、記憶も変わっている。

 この人の記憶は、花畑の世界。

 薄い色の花が辺り一面に広がって、淡い夢のような穏やかさを作り出していた。


「どうやって新聞からこんな世界を作っているのか知らないけど、僕は素敵な物が見れて嬉しいなぁ」


 出版社不明の新聞、『エピソードタイムズ』。届き主の忘れた記憶を閉じ込める物であり、僕が探偵と呼ばれる所以だ。届く人の法則は無く、『ファクトニュース』と呼ばれる記憶の要に触れる事で届き主の記憶を思い出させる事が出来る。

 先程の人の場合は、顔に関する記憶だ。


「花畑の世界……うーん。号外じゃないから分かりやすい筈。あ、アレかな」


 依頼人の顔を描いた絵だ。淡くも力強い印象を感じる。

 絵に触れて目を閉じると、眠気がゆっくりと襲う。


✂︎───✂︎


「探偵さんありがとう。私、自信が着いた気がします」

「良かったです。また何か忘れた時、来て下さい」


 ありがとうございました、と依頼人が呟くと、雨音にかき消された。

 睡魔がまだ残っている。ちょっと仮眠でも、取ろうかな──……


■■■


 大きな物が落ちた音がして、飛び起きた。


「な、何!? 確認しないと……怪我するかもしれないし」


 動物、看板、建物──様々な予想が錯綜する中、入り口の扉を開ける。


 ……人だ。人が、倒れている。

 あんな大きな音を立てて倒れたんだ、死んでもおかしくない。出血していないから生きているのかもしれないけど、明らかに人が落ちる時の音じゃなかった。念の為、周囲を確認してから、探偵事務所の中に運ぶ。


「一応、心臓は動いている。治療する魔法は使えないけど、応急処置なら……」


 倒れた人をソファーに寝かせ、包帯を巻いてみる。……こういう時って何周巻けばいいのかな。たくさん巻いた方が──でも最低限有れば回復できるかもしれないし、血の流れが──……巻きすぎてミイラみたいになってしまった。ちょっと減らしておこう。


「す、すいません、ちょっと失礼します」


 身長は僕より少し高い160センチ。ココア色の髪と少し跳ねた前髪、猫みたいで緑色の瞳と、血色を感じさせない白すぎる肌。見覚えないな。擦り傷を微かに追っているのは理解できたけど、荷物を持っていない。ランタンを持っていないから前が見えなくて転び落ちた……にしては何か硬い物が壊れる音がしていたけど。


 持っていた帽子の内側に名前が縫ってあった。

『ジャギー・ケール』。やっぱり聞き覚えが無い。最近ここに来た人なのかなと思いながら彼のお腹に手を乗せると、厚い物の感触。まさかと思ってシャツをめくると、たまにしか見ない黒い新聞の姿が。


──この少年、何か


■■■


 黒い、号外の新聞。僕が探偵を始めた原因の一つ。

 この新聞は『エピソードタイムズ』の新聞で間違い無いんだけど、届き主とは別の記憶で、現実とほぼ同じ世界の姿で描かれているというのが特徴だ。今までに、僕に似た白い髪の医者と、僕の父が遺した二巻しか見た事がない。


「ん……」

「んえっ!?」


 十分くらいしか経ってないのに、起き上がれる程回復していた。何か凄い治療薬とか飲んでいたのかな?としか考えられない。音が大きかっただけで、大した高さから落ちていなかったのかな……。


「俺は、またここに戻ってきたんだぜ?」

?」

「その反応をしてるって事は、直前でここに戻ってきたのか」

「話を聞いても良いですか?」

「勿論だぜ」


 彼は夢の世界に囚われているらしい。現実と夢の世界に行ったり戻ったりし続けた結果、どちらの世界が現実か分からなくなってしまった。二回しか見た事がないから推測になるけど、共通していたのは『大きなトラウマを抱えている』という点。

 きっと、この人にも同じ物を持っているのかもしれない。刺激しない様にしよう。


「なるほど。話せなかったら答えなくても問題ありませんが、過去に心が壊れてしまいそうなくらいの大きな出来事はありましたか?」

「──何も、覚えていない」

「何か一つ覚えている物は……」

「母の様な人に突き落とされた、ってだけだぜ」


 とんでもない闇を抱えていそうな気がしたので突き詰めはしないけど、それが原因なら関係する情報を集めるのが一番良いかもしれない。それに…………個人的な問題も関わっている。どんなに大変な事でも受けなければ。


「改めて自己紹介を。僕はレガート・ノーツ、記憶に関する依頼を受ける事が多いから解決できるかもしれません。えっと、ジャギーさん」

「敬称は要らないぜ。俺は本人に会って、何で突き落としたか思い出したい。手伝って欲しいんだぜ」

「わかったよ。よろしくね」


✂︎───✂︎


 早速新聞の中に入ったけど、号外は普通の新聞世界と違って少しずつ心がむしばまれていく。ファクトニュースを見つけられたら現実に戻れるけど、記憶の断片しか手に入らない。つまり、この世界で長居していたら精神に強い負荷が掛かって自決しようとしてしまう。どんな状況だったのか考えながら早く現実に戻らなければ。


「凄いんだぜ。ここは貨物列車の中なんだぜ?」

「わっ!?」


 いつも一人だったから驚いた。号外だからこんな事が起きてもおかしくないか……

 木箱の上にあったランタンに火を付け、周囲を確認。

 ──彼の言う通り、貨物列車の中で間違いなさそうだ。トンネルの中に居るらしい。薬草や魔力のほんのりとした匂いが物語っている。何かを運ぶ時だったのかとしか考えられない。さて、ファクトニュースを探すぞ。


「ジャギー、何かこの場所に心当たりは?」

「無いんだぜ……」

「場違いに見える物があれば分かるんだけど、何か……」

「──あ」


 彼がピタリと止まって呟き出す。

 機械的になって話し続ける彼は、話が終わるまで口が動く。


──”不味い不味い不味い……!!”

──”魔力が尽きそうだ。仕方ない、乗り捨てるしかない!!”


 直後、全身の浮遊感が襲う。

 車体が大きく揺れて、体を打ちつけそうになる。──まさか。


「車体のスピードが上がり続けてる……!?」


 僕の声に反応して、彼は正気に戻った。

 早く列車を止めないと脱線して大事故に繋がりかねない。というか、こんな物理的に命を狙われる事なかったな、と思いながら、車掌室の扉を開けてブレーキを止める彼の体を支えた。


「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


 鼓膜を破るような勢いで、レールと車輪が擦れる音が鳴り響く。暗かったトンネルは大量の火花によって、夏祭りに見た花火の様に明るい。彼は空回る様に、また呟いた。ここで、絵を描いた事があると。


 荷物の影に隠れていたスプレー缶を見つけた。多分、これが彼のファクトニュース。一体ここで何があったのか分からないけど、今は現実に戻らなければ。僕は手を伸ばしてスプレー缶に触れて目を瞑った。


✂︎───✂︎


 息が切れたまま必死に酸素を受け入れようと呼吸をする。生きた心地がしない。精神がここまで抉られそうになったのは、初めてだ。こんなに危険な記憶が、まだ有るんだ。


「大変だったんだぜ。次、行けるぜ」

「それじゃあ……ちょっと待ってね」


 机の上にあった紅茶を流し込み、頷く。

 でも休まないと心に強い負担が掛かるので、次の世界を解放したら休まないとな。

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