第二部

 ここに来るのは、今日が二回目ではない。前回、つまり、言い争いになったときで、すでに三回目だ。


 この道のイルミネーションは十一月の中旬から始まる。去年は、言い争いになった日、そして、十一月の下旬にも一度だけ来た。


 さらに記憶を蘇らせると、二年前にも来たことがある。その時は付き合って間もない頃で、手を繋ぐこともできないほどに初々しかった。ちょうど十二月の下旬で、その時も雪が降っていた気がする。


 雪が降っていようと降ってなかろうと、ここの景色は大きく変わらない。無数に設置されたイルミネーションの白色と黄色の光があちこちで点灯し、この道を幻想的で華やかに照らしている。雪が降っていれば、この光景をより一層冬らしくさせる程度だ。


 場所によっては毎年趣向を凝らし、イルミネーションの色を変えたり、イルミネーション会場に微妙な変化をさせたりしているが、ここは毎年同じ道に同じ色のLEDライトを使っている。それでも客足が遠のかないのは、両手に並ぶブティックが道自体に彩りを与えているからだろうか。


 とはいえ、今日の私は一人。去年は気になる店舗のショーウィンドウを彼と一緒に見て回ったが、今回はまるで興味のない店のものまでぼんやりと眺めてしまう。要するに、見たいものがないのだ。




 ふと立ち止まってしまった。 ——ここだ。


 そう、例の言い争った場所だ。ほんの数秒前までははっきりと覚えていなかったが、ここに立つと見えるこの景色、確かに覚えている。言い争った直後には、本当はまたこの景色を見たいのに、などと矛盾した期待を抱いていた。おそらく、そんなことを思っていたのは私だけだったのだろう。


 思い返せば、どうしようもないような、大したことのないような内容の喧嘩だった。今の私なら、きっと、もっと上手く対処できたはずだ。


 しかし、そんな気持ちさえ昇華しょうかしていく。腰の高さから、頭の高さよりずっと上の方まで連なる一つ一つの光の粒が、集団となって私に襲いかかる。私はもっと暗いところにいるのに、明るい世界へといざなってくる。


 光の粒が私の目からこぼれ落ちる。それはまた、右に左に、上に下に動いては、光の世界へと姿をくらます。


 光彩奪目こうさいだつもくとした世界で、たった一人、私は陰を成していた。




    ◇◆◇




 冬の寒さが私の頭を冷やす。


 合理的に考えて彼がいい人だったのかそうではなかったのか、それはよくわからない。個人的には、どちらにでもなるし、どちらでもないのだろうと思う。総じて言えば、人間は状況によって変わるものだ。


 しかし、だからこそ、私は後悔してしまう。私が見ていた彼は彼の一部であって、見えていない部分を知らないうちから取り留めのない喧嘩をするなんて、身勝手ではないか。もっと彼に寄り添うことが必要だったのではないか。


 とは言え、あのとき、何と言えば正解だったのかわからない。そもそも、最初に「寒い」なんて言ったことが間違いだったのかもしれない。




 でも……。


 冷静になればなるほど感じる、「私だけが悪かったわけではないだろう」という気持ち。


 何か問題が発生するときは、双方のボタンの掛け違いであったり、間違った思い込みがあったりすることが多い。要するに、一方を責めたところで問題は解決しないのだ。両者が問題の全容を認識し、共有し、改善を議論し、互いを見つめ直すことで、問題は次のステージへの踏み台となる。


 その点、私たちはどうだったか。喧嘩の後、会うことがほとんどなくなり、メッセージをやりとりすることも急減し、時折話すときは別のことを話した。問題は棚に上げ、その辺のショーウィンドウに並んでいるようなありきたりな会話を続け、とうとう新しいショーウィンドウが見つからなくなった頃に、彼から別れを切り出された。


 降り続ける雪が私の心をおだやかになだめる。




    ◇◆◇




 この地点で折り返し、地下鉄の駅へと足を進めた。何組もの二人組が前を後ろを、右を左を歩いている。


 その中で、とりわけ目に留まる二人組があった。手を繋いで身を寄せ合っている仲の良さそうなその二人。


 すぐにわかった、彼だ。そして、その隣は知らない女。


 しかし、今の私には、あちこちで輝く光がはっきりと見える。顔を上げれば、豪華絢爛なイルミネーションは邪魔者ではない。数分前の私は、少し顔がうつむいていただけだったのだろう。


「わあ、きれい」

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絢爛 Meeka @acryl_official

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