4 最後の追放

 飲みかけのビールをそのままにして、俺はギルドへと向かった。


 酒場で聞いた冒険者の話が、事実なのかどうかを確認するためである。


「はい、確かに『ワンダーガーデン』さんと『国士無双オーファンズ』さんは、魔王軍との戦いで負傷されてしまったようです」


 マ、マジかよ……


 人前でなかったら、頭を抱えてその場にくずおれていたかもしれない。これってやっぱりなのか?


「でも、それがどうかしたんですか?」


「噂を小耳にはさんで、ちょっと心配になったもので」


 まさか「俺のせいかもしれないんです」とは言えない。適当なことを言って誤魔化すことにする。


 しかし、それがむしろ受付嬢に疑問を抱かせたようだった。


「ニコラスさんは両パーティから追放されたと聞いてますけど……」


「今思えば、悪いのは俺ですから」


 と殊勝なことを言ったのは、今度は誤魔化しのためだけではなかった。


 原因が本当に俺にあるのか詳しく調べるために、会話の流れを誘導しようと考えたのだ。


「そういえば、他のパーティはどうです? 『パーリカ』の連中は元気でやってますか?」


「『パーリカ義勇団』さんならもう解散されています」


「解散? どうして?」


「公爵と揉め事を起こして、引退に追い込まれたんです。どうも真相は向こうの勘違いだったみたいですけど、お貴族様がそれを認めるわけないですからね」


 これで三つ目、いや最初にいた『夢見る剣』もモンスターに返り討ちにされているそうだから四つ目か。さすがに四度も偶然が重なるというのは……


「じゃ、じゃあ、『冒険紳士同盟』は?」


「寝たばこで高級宿を全焼させてしまって、莫大な借金の返済に追われています」


 このあとも続けて話を聞いたが、治療不能な難病を発症したり、ならず者たちの抗争に巻き込まれたり、他のパーティも似たり寄ったりのようだった。


「こうしてみると、ニコラスさんを追放したパーティは、そのあとどこも不幸な目に遭ってますね……」


 複数の事例が列挙されたことで、受付嬢さんもさすがに異常事態に気づいたようだ。俺に疑いの目を向けてくる。


「ニコラスさん、何か心当たりはないですか?」


「俺は盾使いですよ。呪術系のスキルは専門外です」


「そうですよね……」


 だが、それで彼女が引き下がったかというと、そういうわけでもなかった。


「では、マイナスの効果のあるスキル、いわゆるデメリットスキルを取得したということは?」


「いえ、ないですね」


 俺はきっぱりとそう答えた。



          ◇◇◇



 宿屋に戻ってくると、俺はすぐさまベッドに倒れ込んだ。


 それから、人目のあるギルドではできなかったので、ここでは思う存分頭を抱える。


〝ニコラスさん、何か心当たりはないですか?〟


 やべぇ、めっちゃある……



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


スキル名:≪憎まれっ子世に憚る≫


このスキルは、パーティを追放された時に自動的に発動する。

このスキルが発動すると、全ステータスが上昇する。

このスキルの効果は永続的に持続する。

このスキルの効果は重複する。

このスキルの効果は……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 スキルの説明は、文章が長かったり硬かったり回りくどかったりで、俺みたいにまともに学校に通ってないような人間には読みづらくて仕方ない。だから、≪憎まれっ子世に憚る≫の説明も、一度流し読みしただけで済ませてしまっていた。


 しかし、この期に及んでそんなことは言っていられないだろう。ゆっくりと熟読しながら、ウィンドウをスクロールさせていく。


 そして、それは説明文が終盤に差し掛かった時のことだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


このスキルは、スキルの所持者を追放した側にも効果がある。

このスキルが発動すると、追放した側にはマイナスイベントが発生する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 まさか。


 まさかな。


 不幸な出来事マイナスイベントて。そんなはずないだろ。


 ……もう一回、念のためにもう一回だけ見てみるか。念のためにな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


このスキルは、スキルの所持者を追放した側にも効果がある。

このスキルが発動すると、追放した側にはマイナスイベントが発生する。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 こんなもん最初に書いとけよ!


 せめて赤字か太字で書けよ!


 そうじゃなきゃ誰も読まねえよ!


 ふっざけんなよ! こんなもん詐欺と変わんねえだろ!


 もう最悪、最低限、「スキルの効果で、あなたを追放したパーティにマイナスイベントが発生しました」的なお知らせくらいはしろよ!


 そんな調子で、最初の一時間はひたすら怒りに任せて、心の中で思いつくかぎりの罵倒を繰り返した。


 次の二時間は、懺悔の時間だった。すみません。本当に知らなかったんです。わざとじゃないんです。読もうとしたこともあったけど、学がないから三行くらいでいつも眠くなっちゃって……


 そうして俺はたっぷり三時間にわたって、ベッドの上で悶絶していた。というか、今もしている。いや、マジでふざけんなよ。


 けれど、時間とともに怒りや後悔、罪悪感は収まりつつあった。そして代わりに、今後どうすべきかという疑問が頭をもたげ始めていたのだった。


 次のパーティでは、追放されないように真面目にやるというのはどうだろうか。


 しかし、最初のパーティだって、いびきという自分では予想外の理由で追い出されていた。どれだけ気をつけても、絶対に追放されないという保証はないのだ。


 追放される可能性があるということは、つまりスキルの効果でパーティメンバーを不幸にしてしまう可能性があるということである。これ以上、誰かを悲惨な目に遭わせるわけにはいかないだろう。


 だが、パーティを組まずにソロでやっていくというのは、それはそれで問題があった。


 何度も追放されたおかげで強くなったとはいえ、まだ魔王を討伐できるステータスには程遠い。俺一人ではせいぜい魔王軍の幹部、それも下位の方を倒すのがやっとというところではないか。


 パーティを組めばメンバーを不幸にする恐れがある。けれど、ソロで魔王軍と戦えるほど強くはない。そんなジレンマによって、俺は身動きが取れなくなってしまっていたのだ。


 しかし、かといって冒険者を引退するというわけにもいかなかった。


 魔王軍に故郷の村を焼かれ、家族を殺された俺にとって、魔族の撲滅は悲願だったからである。


 それに、知らなかったとはいえ、スキルのデメリットで俺はさんざん周りを不幸にしてきた。また、追放されるために迷惑をかけたり、信頼を裏切ったりもしてきた。そんな俺が今更冒険者を辞めて、平穏に暮らすなんて許されることではないだろう。たとえ神が許したとしても俺の良心が許さない。


 それならいっそ毒を食らわば皿まで。魔王討伐のためだと開き直って、今後も追放され続けるというのはどうか。


 だが、俺のステータスアップと複数の冒険者の負傷や引退がつり合っているとは思えない。俺一人だけが強くなるよりも、『ワンダーガーデン』や『国士無双オーファンズ』のような実力者たちが五体満足で冒険者を続ける方が、総合的な戦力としては上のはずである。


 また、追放されるのを何度も繰り返し過ぎると、スキルの存在を周囲に勘づかれてしまうかもしれない。≪憎まれっ子世に憚る≫には、「追放した側にスキルの効果を知られると、ステータスの上昇が無効になる」という制約があるため、これまでの成果が一瞬で0になることも十分考えられるのだ。


 となると、やはり「戦力の落ちるソロでいいから冒険者を続ける」というのが落としどころになるんだろうか。


 俺単独で相手にできる程度でいいので、一体でも多くの魔族やモンスターを倒して、微力ながらでも人類の勝利に貢献する。俺に残された道はもうそれしかないような……



          ◇◇◇



 頭から伸びた二本の角。不気味な暗蒼色ダークブルーの肌。そして、人間の白目に当たる部分が、塗りつぶしたように黒い……


 俺が今対峙しているのは魔族だった。


 それも魔王軍幹部『魔族六十六候』の一人、ヴァルトスである。


 ヴァルトスの序列は下位の五十九位。しかし、それはあくまでも幹部の中での話に過ぎない。


 一般的な魔族、あるいは俺たちが普段相手にしているモンスターと比べると、やはり格段に強かった。


 遠間に立つヴァルトスが手の平を向けてくる。≪凶殺暗黒波ブラックウェーブ≫という魔法らしい。禍々しい色をしたエネルギー波が、一帯の岩を削りながら迫ってきた。


 その凄まじい魔法を、しかし俺は盾を使って受け切るのだった。


 六十六体いる幹部の中で、俺がヴァルトスと交戦しているのは偶然ではなかった。目撃情報や被害報告を総合した結果、この砂岩地帯にいずれ現れることは予想できた。俺は自分の意思で、ヴァルトスを敵に選んで戦うことにしたのだ。


 これまでに入った情報から、ヴァルトスのステータスが攻撃に偏ったタイプだということは分かっていた。それは言い換えれば、防御力はさほど高くないということでもある。だから、俺のそこそこ程度の攻撃力でも倒し切れると踏んだのだ。


 ヴァルトスの≪凶殺暗黒波ブラックウェーブ≫を防ぐどころか押し返すように、俺は大盾を構えたままの状態で前進していく。そうやって相手との距離を詰めると、左手にはめた小盾で相手を殴った。いわゆるシールドバッシュである。


 俺の攻撃力は、レベルアップでの成長は確かに並み以下だったものの、≪憎まれっ子世に憚る≫のおかげで随分マシな数字になっていた。それにヴァルトスの防御力の低さも相まって、なかなかのダメージが入ったようだった。


 もっとも、常にこちらだけが攻撃に成功していたわけではない。


 ヴァルトスは攻撃力が突出しているだけで、俊敏さのステータスもそれなりに高かった。そのせいで、防御が間に合わずに、攻撃をもろに喰らってしまう場面も少なくなかったのだ。


 しかし、戦いに勝利したのは、やはり俺の方だった。


凶殺暗黒波ブラックウェーブ≫に合わせて大盾を構える。ただし、今回は前進はせず、その場で防御するだけに留める。


 だが、それはヴァルトスの考えるように、ダメージで動けないせいではなかった。


 


 今回も俺が盾の後ろにいると思い込んでいたのだろう。ヴァルトスは敵の接近に気づくことができない。


 そうして相手が隙だらけで防御がおろそかになっているところに、俺は渾身の一撃を叩き込んだのだった。


「信じられん……」


 倒れ伏したヴァルトスは、俺を見上げながら呟く。


「まさかこの俺様が人間にやられるとは……」


「いや、命は助けてやる」


「なに?」


 人間が何の見返りもなしに魔族を助けるはずがないと思っているらしい。ヴァルトスは先回りして返答してきた。


「情報なら吐く気はないぞ」


「そんなつもりはない」


 もっとも、ヴァルトスの考えた通り、ただで見逃してやるつもりもなかったが。


「俺はこれまでに何度もパーティを追放されてきた。ある時は役立たずのお荷物だと罵られ、ある時は戦いを怖がる腰抜けだと笑われ、ある時は醜く太った豚だと蔑まれ……」


「いったい何が言いたい?」


 この質問に、俺は内心の企みを悟られないようにこう答えるのだった。


「俺を魔王軍に入れてくれないか?」




(了)

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頼むから俺を追放してくれ!~追放されるとステータスが上昇するチートスキルで俺が魔王を討伐するまで~ 蟹場たらば @kanibataraba

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