3 n度目の追放
≪憎まれっ子世に
そのことに気づいたあの日から、俺のステータスアップの日々が――追放の日々が始まったのだった。
ある時は――
「ニコラス、お前を追放する!」
「どうしてだ?」
「どうしてもこうしてもあるか。ステータスのわりに全然活躍しねえからだよ」
「いやー、モンスターを前にするとついびびっちゃって」
「そんなやつが冒険者なんかやるんじゃねえ」
「でも、いつか克服できるかもしれないじゃないか」
「いつかっていつだよ? 魔王が世界を征服したあとか?」
またある時は――
「ニコラス、お前は追放だ」
「どうしてだ?」
「パーティの金を使い込んだからだ」
「使い込みだなんて人聞きが悪いな。俺は増やそうとしただけなのに」
「本気で増やす気のあるやつは、ギャンブルなんてやらねえんだよ」
またまたある時は――
「お前を追放する」
「くそっ、分かったよ」
「せいぜい次のパーティでは真面目に働くんだな」
またまたまたある時は――
「追放な」
「はい」
◇◇◇
そして、今回は――
宿屋の廊下を歩く音。ドアを開閉する音。それが何度も続いた。
どうやら隣のリーダーの部屋に、パーティメンバーたちが集まりだしたらしい。
「……始めるか」
副リーダーで戦士のウォーレンが口を開いた。
しかし、これをリーダーのユーリアが不思議がる。
「ニコラスがまだ来てないみたいだけど?」
「そのニコラスについて話し合うために今日は集まってもらったんだ」
やっぱり、そういうことなのか。
壁に耳をぴったりとつけて、俺は隣室の話し声にますます意識を集中させる。
「俺はこのパーティからニコラスを追放したいと思う」
睨んだ通り、ウォーレンはそう提案したのだった。
「最近のあいつの言動は目に余る。冒険の最中だというのに緊張感なく話しかけてきたり、創作料理と称してまずい飯を作って食材を無駄にしたり、酒に酔って他の冒険者に絡んでトラブルを起こしたり…… ステータスが高いから大目に見てきたが、もう我慢ならん」
これまでのパーティもそうだけど、みんな本当に忍耐力あるよな。普通こんなカスさっさと追い出すだろ。性格だけで言ったら、俺よりも盾使いに向いてるんじゃないか。
「お前たちはどうだ?」
「自分も同じ意見ッス。近頃のニコラスさんはひどすぎると思うッス」
僧侶のプリモがすぐにそう賛成する。
「あーしもさすがに付き合いきれないかな」
盗賊のシャロンも呆れた様子だった。
よしよし、いい流れだ。
「ユーリアは?」
「……確かに、ボクもニコラスの態度には問題があると思う」
「それじゃあ――」
「でも、ダメだ」
結論を出しかけたウォーレンを、ユーリアはそう遮る。
驚いたことに、あれだけのことをされても、まだ俺を追放する気になれないらしい。
「昔、実力不足だとパーティを追放された時に、ボクはこう考えた。自分と同じように追放された冒険者を集めて、世界最高のパーティを作ろう、って。
そうして作ったのが、この『
次の瞬間、テーブルに何かをぶつけるような激しい音が鳴った。
「ニコラスのことは、ボクがきちんと指導する。だから、どうか長い目で見てあげてほしい」
先程の音は、てっきりユーリアが抗議としてテーブルを叩いた音かと思った。だが、今の言葉でその正体が分かった。
額をテーブルにぶつける勢いで、ユーリアがみんなに頭を下げたんだろう。
「リーダーがそこまで言うなら仕方ないッスね」
「ま、あーしだって昔は荒れてたしね」
プリモとシャロンはあっさりと意見を翻していた。
「……そういうことなら、俺もしばらくは様子を見よう」
ウォーレンも渋々ながら引き下がる。
単に優秀なパーティを作りたいだけなら、足手まといは追放して代わりを探すべきだろう。俺のために頭を下げたユーリアも、それを受け入れたウォーレンたちも、本当にいいやつらだ。ここまでされたのに、今まで通り迷惑をかけ続けるというのはさすがに心苦しい。
でも、それはそれだ。
≪憎まれっ子世に憚る≫というスキル名の通りだろう。憎まれようと、嫌われようと、魔王を倒すために追放は必要なことなんだ。
だから、――
「ニコラス、いい加減にしてくれないか」
例の話し合いから三ヶ月後、ユーリアはとうとうしびれを切らしたようだった。
「いびきがうるさいから
あれから食生活を改悪したことで、俺はすっかり以前のような肥満体に戻っていた。そして、そのせいで、せっかく治ったいびきをまたかくようになっていたのだ。
初めて追放されたのも、いびきがうるさ過ぎるのが原因だったくらいである。温厚なユーリアもさすがに耐え切れなかったようで、今日までしつこく節制するように訴えてきたのだった。……いや、俺のいびきはどんだけうるさいんだよ?
「俺は悪くないよ。飯が美味いのが悪いんだ」
責任転嫁をした上に、さらに俺はフライドチキンを口に運ぶ。説教中に食事をするだけでもまずいのだから、食事をするなという説教中にするのは最悪だろう。
案の定、ユーリアも我慢の限界を迎えたようだった。
「生活習慣を改める気がないなら、こっちにも考えがある」
「どうするっていうんだよ?」
そう問いかけると、彼女はついに宣言するのだった。
「ニコラス、キミを追放する!」
◇◇◇
『
ビールを片手に、ウィンドウを開いてステータスの確認をする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ニコラス・ハボック
年齢:18
レベル:36
体力:464+47
魔力:378+32
物理攻撃力:361+33
物理防御力:552+45
魔法攻撃力:338+49
魔法防御力:546+30
俊敏:385+38
器用:381+50……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
何度も何度も追放されたおかげで、この通り俺はかなり強くなっていた。優秀な冒険者でも、攻撃面はレベル60、防御面はレベル80前後でようやく到達できるような数値だろう。しかも、たとえ一生をかけても、そこまでレベルを上げられる人間はわずかだった。
レアなスキルを裏技的に利用して、ステータスを強引に上昇させる。その計画は完璧に上手くいっていると言っていい。
にもかかわらず、酒はまったく進まなかった。
〝待て、ニコラス〟
追放された俺が部屋から出ていこうとするのを、ユーリアは呼び止めてきた。
〝これは退職金だ〟
〝急な解雇の分の手当も入っている〟
〝次のパーティが見つかるまで、これで当座をしのぐといい〟
そう言ってユーリアが渡してきた袋には、金貨がたっぷり詰まっていた。今飲んでいるビールも、その金貨で買ったものだった。
魔王を倒すためには仕方ない。世の中には他人から憎まれてでも成し遂げなくてはならないことがある。そう大義名分を掲げてこれまではやってきた。
しかし、ユーリアには憎まれるどころか、今後の身の振り方を心配されてしまった。
そのせいで、俺はどうしても罪悪感を拭うに拭いきれずにいた。酒場に来たのだって、祝杯を上げるためではなく、ヤケ酒をするためだったくらいである。
もっとも、罪悪感があまりに重過ぎると、酒で忘れようという気にすらならないらしい。ジョッキの中身はなかなか減っていかなかったのだった。
そうして、ちびちびビールを飲みながら、これまでに自分がしでかした所業について考えるともなしに考える――
その最中のことである。酒場の他の冒険者たちの会話に、俺は自分の耳を疑うことになった。
「おい、聞いたかよ」
「何が?」
「『ワンダーガーデン』が魔王軍にやられたらしいぞ」
そのパーティのことならよく知っている。俺が二番目にいたパーティだからである。あのマノンとレイラがやられただって……?
俺は思わず彼らの会話に耳をそばだてる。
「確か、あいつらBランクだろ? 下級幹部が相手なら、倒せなくても逃げるくらいはできたんじゃないか?」
「それが、どうも冒険先で病気にかかっちまった時にちょうど出くわしたんだと」
「そりゃあ、ついてないな」
「一応、他のパーティが助けに入ったおかげで、一命は取り留めたみたいだけどな」
最初に所属していた『夢見る剣』が、モンスターに返り討ちにされたと聞いた時、ざまあみろと思わなかったといえば嘘になる。いびきの治療法を調べもせずに、旧友の俺をあっさり追放したからである。
しかし、『ワンダーガーデン』の二人は、痩せやすい料理を作ってくれたり、ジョギングに付き合ってくれたり、俺のいびきを治すためにいろいろと力になってくれていた。だから、純粋に同情する気持ちしか湧いてこなかった。後遺症のせいで、冒険者を引退するようなことにならなければいいんだが……
「その上、救出したパーティの方も不運でな。戦ってる途中で、別の幹部が援軍に来たらしい」
「マジかよ。魔族が協力し合うなんて珍しいな」
「だから、さすがにAランクパーティでもかなり苦戦したみたいだな。こっちも怪我で引退するやつが出るかもって話だ」
「Aランク? なんてパーティだ?」
この質問への回答に、俺はますます自分の耳を疑うことになった。
彼はなんとこう答えたのだ。
「『
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