2 二度目の追放
「どうだった?」
開口一番に、俺はそう尋ねた。
「私は大丈夫でした」
マノンはそう笑顔で答える。
「うん、いびきかいてなかったよ」
寝ずの番を担当したレイラもそう頷く。
『ワンダーガーデン』に加入して早三ヶ月。二人と一緒に大森林でのクエストを受ける
今日も問題なしと聞いて、俺はホッと胸をなでおろす。これならまた追放されることはないだろう。
だが、そんな俺の様子を見たレイラは、すぐにでもからかってくるのだった。
「やっぱりニコラスは太り過ぎだったんだって」
「うぐ……」
禁酒だの、舌のトレーニングだの、他の方法も試していた。しかし、一番効果があったのは、レイラの言う通りダイエットだったのである。
「これからは食事制限しないとダメかな」
今日の朝食は、マノンが芋料理を作ってくれるようだった。とろけたチーズと焦げたベーコンが、見た目もにおいもとても美味しそうだが、これも食べ過ぎるわけにはいかないだろう。
「でも、よかったじゃん。
「少しかよ」
レイラがふざけていじってくるので、俺もふざけて怒ったふりをした。こんなんでも一応俺を慰めてくれているんだろう。
「マノンもそう思うよね?」
レイラに同意を求められて、マノンは俺の顔の観察を始める。
けれど、目が合うとすぐに視線を逸らされてしまった。その上、そっぽを向いたまま、「え、ええ、そうですね」と投げやりに返されてしまったのだった。
色恋沙汰で揉めたせいでパーティが崩壊した、という話は何度も耳にしたことがある。だから、昔からメンバーに対しては、そういう感情を持たないようにしていた。
でも、さすがに今の反応はちょっと傷つくな。マノンは普段は優しく接してくれているだけに尚更。
「俺の顔ってそんなにひどいか?」
「ニコラスって絶対モテないでしょ」
「そう思うくらいひどいってこと?」
「そうじゃないってば」
しかし、レイラは呆れ顔をするばかりで、結局どういうことなのか教えてはくれなかった。
◇◇◇
モンスターを前にして、ギルドの受付嬢の言葉が脳裏に甦った。
〝お願いしたいのは、アングリーベアの討伐です〟
アングリーベアは大森林に生息する熊系モンスターである。毒や透明化といった特殊な能力こそないものの体格に優れ、また長くて太い特異な前脚を持つ。そのため、単純な力に関しては、熊系ではトップクラスだと言われている。
そして、そのアングリーベアに、レイラが忍び寄っていた。
「喰らえっ!」
レイラの職業は斥候。≪索敵≫のスキルでモンスターを探し出したり、≪隠密≫のスキルで気配を消して接近したりするのが主な役割である。
それらの斥候としてのスキルのおかげで、俺たちはアングリーベアの背後を取っていた。それどころか、レイラは相手に気づかれないまま戦闘を始めていたのだ。
レイラの急襲に、アングリーベアはまったく反応できない。背中にもろにナイフを突き立てられてしまう。
しかし、斥候には高い隠密性や俊敏性を持つ反面、総じて攻撃力が低いという欠点があった。
「GRRR...」
ダメージは一応入ったようだが、致命傷どころか重傷にもなっていない。むしろ、中途半端に傷つけたことで、アングリーベアを怒らせただけのようだった。
「GRAAAAA!」
アングリーベアは雄叫びを上げると、レイラに剛腕を振り下ろす。
〝返り討ちにされたパーティもあるので、十分に気をつけてくださいね〟
だから、今度は盾使いの俺が飛び出していた。
「やらせるかよ」
レイラに代わって、アングリーベアの攻撃を受け止める。
稀少な金属で作られた強固な盾。その堅牢さをさらに高める俺のスキル。おかげで、レイラはもちろん、俺にも何のダメージも入っていなかった。
攻撃を受け止められて隙ができたので、今度は俺たちがアングリーベアを攻撃するターンだった。
再び、レイラがナイフで斬りかかる。
これにアングリーベアは逆上して反撃を試みるが、しかし俺がまた間に入ってそれを受け止めたのだった。
〝返り討ちにされたパーティですか? 『夢見る剣』さんです〟
『夢見る剣』のことならよく知っていた。俺が前に所属していた――つまり俺のことを追放したパーティだからだ。
『ワンダーガーデン』の二人のように、いびき対策を調べたり試したりすることもなく、『夢見る剣』のメンバーたちは俺をあっさり見捨てていた。だから、いつものように「モンスターを倒したい」「二人の役に立ちたい」というだけでなく、「あいつらを見返してやりたい」という気持ちもあった。
レイラが傷つかないように、俺は相手の攻撃を肩代わりして受ける。
俺に防御を任せることで、レイラは隙ができるものの威力の高い攻撃をする。
そのおかげで、非力な斥候であっても、アングリーベアに大きなダメージを与えられていた。このままじわじわと削っていけば、たとえ体力自慢のモンスターであってもいずれは倒れることになるだろう。
しかし、そうはならなかった。
「ニコラス、離れて!」
レイラの指示を聞いて、俺は慌てて前線から下がる。
だが、それは撤退や退却といった消極的なものではなかった。
むしろ、アングリーベアを倒すための積極的な行動だった。
「≪
ずっと俺たちの後ろに控えていたマノンが叫ぶ。
彼女の職業は、魔力を使って火や水を生み出し、高威力かつ大規模な攻撃を行う、いわゆる魔法使いである。
だから、魔法名を唱えた瞬間、アングリーベアに巨大な火の玉がいくつも降り注いだったのだった。
大きな
纏った炎が肉や骨を焼いて、嫌なにおいが立ち込める。
≪
断末魔の声を上げながら、その場に倒れたのだった。
「相変わらず、すごい火力だな」
「ニコラスさんが時間を稼いでくれたおかげですよ」
褒められたのが照れくさかったようだ。マノンは顔を赤くして謙遜する。
もっとも、魔法は威力の高さや範囲の広さに比例して、発動までに長い時間がかかるものである。だから、俺がアングリーベアを抑え込んでいたおかげで、魔法の発動を邪魔されずに済んだという側面があるのも確かだった。
「一応あたしもいるんだけど?」
「そ、そういうつもりは」
レイラが文句を言うと、マノンはすぐさま弁解を始めていた。単にからかわれているだけだろうに、真面目なやつである。
そんな二人を微笑ましい目で見ていると、脳裏に甲高い音が鳴った。
「来たかな」
モンスターを倒したこのタイミングで入ったということは、あれに関するインフォメーションでほぼ間違いないだろう。
【レベルが32→33にアップしました。】
【レベルアップにともなって、ステータスが上昇しました。】
やっぱりそうか。俺はすぐにウィンドウを開く。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
体力:209+5
魔力:127+3
物理攻撃力:110+2
物理防御力:284+7
魔法攻撃力:96+1……
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
横からウィンドウを覗き見してきたレイラは、この結果に率直な感想を漏らした。
「普通かー。今回もはずれだね」
マノンも作ったような笑顔を浮かべていた。
「次はきっと上がりますよ」
俺のステータスが高いのは、ほとんど≪憎まれっ子世に
しかし、マノンたちには、「たまにレベルアップでめちゃくちゃステータスが上がる時がある」と嘘の説明をしてあった。
何故なら、二人に本当のことを教えるわけにはいかなかったからである。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
このスキルは、追放されたあと元のパーティに効果を知られた場合、効果が無効化される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スキルについての長ったらしい説明を、念のために流し読みしている時に、運よくこの一文を見つけた。
まどろっこしい書き方だが、要するに「『夢見る剣』のメンバーに≪憎まれっ子世に憚る≫のことを知られたら、せっかくアップしたステータスが元に戻ってしまう」ということのようだ。
おそらくだが≪憎まれっ子世に憚る≫は、あくまでも追放されてしまった時の、神による救済措置ということなんだろう。それで意図的に追放と加入を繰り返して強くなるような真似はできないように制約が加えてあるのだ。実際、他にも「このスキルは、効果を知っているパーティから追放された場合には発動しない」という文章も見つかっていた。
もちろん、この制約は追放したパーティに対するものだから、『ワンダーガーデン』の二人には関係ないといえば関係ない。しかし、いくら口止めしてあっても、酔った勢いなどでうっかり漏らして、『夢見る剣』に知られてしまう可能性は0ではないだろう。だから、≪憎まれっ子世に憚る≫のことは、二人はもとより誰にも秘密にしてあったのだ。
……それにしても、最大値は+7、最小値に至っては+1か。はっきり言って、平凡な上がり方である。レアなスキルに目覚めたことで、成長度にも変化が起きないかと期待していたが、そんなに都合よくはいかないようだ。
レベルの上限は99だというのが通説である。すると、今の俺の成長度では防御力は700、攻撃力は200あたりで頭打ちになってしまう。いや、レベル99まで上げられる人間がほとんどいないことを考えると、実際の数値はもっと低くなるはずだろう。
魔王軍幹部の上位は全ステータスが600以上、魔王本人に至っては900以上もあると言われている。このまま地道にレベル上げをしていたのでは、とても俺の敵うような相手ではない。
となると――
◇◇◇
「ニコラスさん、あなたを追放します」
マノンはそう宣言した。
「追放? なんでだ?」
「これまでに寝坊による遅刻が二十二回、二日酔いで冒険に参加しなかったのが七回、親の葬式でお休みを取ったのが今日で四回目だからです」
逆に今までよく我慢したな。俺だったら速攻でしばき倒してると思うが……
「いったいどうしちゃったの? 最初の頃は真面目にやってたじゃん」
「これが俺の本性なんだよ」
珍しく真剣な顔をするレイラに、俺は悪びれもせずにそう答えた。
すると、マノンの表情はますますこわばったものになるのだった。
「これから心を入れ替えるというなら、この話はなかったことにするつもりだったのですが……」
俺はなるべくけだるそうに首を振った。最後の温情で差し伸べられた手を平気で振り払ったのだ。
しかし、それでもマノンは、このダメ人間を見捨てようとしなかった。
「それじゃあ、本当に追放しますからね」
「ああ、好きにしろよ」
「本当の本当にですからね」
「いいって言ってるだろ」
言い合いの末、マノンはとうとう本気で俺を追放することに決めたらしい。脳裏にインフォメーションの通知音が響いた。
【スキル:≪憎まれっ子世に憚る≫の発動条件が満たされました。】
【≪憎まれっ子世に憚る≫の効果により、ステータスが上昇しました。】
説明に「このスキルの効果は重複する」とあったので予想はできた。やはり何度追放されても、そのたびに≪憎まれっ子世に憚る≫は発動するようだ。
他に「スキルの効果を知っているパーティに追放された場合は発動しない」という説明もあったが、これは要するに「パーティ側と協力して追放と加入を繰り返しても意味がない」というだけのことだろう。俺が意図的に追放されるような行動を取ったとしても、パーティがその意図を理解していなければスキルは発動するのだ。
「よっしゃあ!」
思った通りに事が運んで、俺はついガッツポーズをしていた。
「お前らは最高のパーティだったよ! 短い間だったけど楽しかったぜ! これからも陰ながら応援してるからな!」
「え? は、はい?」
追放したはずの相手に感謝されて、状態異常に耐性のあるマノンも混乱させられたようだった。
一方、俺は作戦が上手くいってハイになっていた。「やった!」「やった!」とはしゃぎながら部屋をあとにする。
「どういうことなんでしょうか……?」
「さぁ……?」
背後からは二人の困惑の声が聞こえてくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます