頼むから俺を追放してくれ!~追放されるとステータスが上昇するチートスキルで俺が魔王を討伐するまで~

蟹場たらば

1 最初の追放

「ニコラス、お前を追放する!」


 相手が何を言っているのか理解するのに五秒はかかっただろうか。


 宿屋のリーダーの部屋に集まるよう言われたから、俺はてっきり次の依頼クエストについて話し合うものだとばかり思っていた。それが追放? 追放だって?


「じょ、冗談だよな?」


「本気だよ」


「一体どうして?」


「お前が一党パーティの足を引っ張ってるからだ」


 もういなくなる人間に遠慮や気遣いは必要ないということだろう。リーダーのユースタスは、はっきりとそう答えるのだった。


「……俺が『夢見るつるぎ』で一番格下なのは認めるよ。でも、足を引っ張ってるってほどじゃないだろ。この前だって、魔物モンスターを倒せたのはほとんど俺のおかげだったじゃないか」


 いや、そもそも格下という考え方自体がすでに少しおかしい。パーティメンバーは適性に基づいてそれぞれが別の職業に就き、またそれぞれが別の役割を担っているからだ。


 俺の職業は盾使いだった。その主な役割は、高い防御力を活かし、相手からの攻撃を引き受けることによって、味方が喰らうダメージを少なくするというものである。だから、直接的にモンスターを倒すことがないというだけで、倒すのに貢献していることは間違いないはずなのだ。


 しかし、俺がそう訴えても、ユースタスの顔つきは険しくなるばかりだった。


「俺は別に戦闘力のことを言ってるわけじゃない」


「じゃあ、なんなんだよ?」


「いびきがうるさいって言ってるんだよ!」


 今度はたっぷり十秒はかかった。


「そっ、そんなことで俺を追放するっていうのか?」


「お前のいびきがうるさいせいでろくに眠れない。ろくに眠れないせいで疲れが取れない。疲れが取れないせいでモンスターに苦戦する…… 全然じゃねえんだよ!」


 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、ユースタスは拳でテーブルを叩いた。その迫力に俺は思わずたじろぐ。


「前回の冒険だってそうだ。なんで敵の魔法でみんな爆睡して死にかけたと思ってるんだ? お前のせいで寝不足だったからだろうが。

 お前は自分がパーティを危機から救ったと思ってるみたいだけどな、単に自分のミスを自分でフォローしただけなんだよ」


「そ、そんな……」


 てっきり、俺には≪睡眠耐性B≫の能力スキルがあるおかげだと思っていた。みんなはせいぜいCが最高だから、俺だけ眠らなくて済んだんだ、と。攻撃する方は苦手だけど、このピンチは俺がどうにかしなきゃ、と。それが本当は俺のせいだって……?


「だから、もう我慢するのも限界ってことでな。みんなで話し合って、お前を追放することにしたんだ。さぁ、さっさと出ていってくれ」


 本当にすでに話し合いは済んでいたらしい。ユースタスの言葉に、パーティの誰も異議を唱えようとしない。それどころか、賛成を示すように頷くメンバーまでいるくらいだった。


「魔王軍に村を焼かれて、生き残ったのは俺とお前だけだったじゃないか。それで一緒に魔王を倒そうって約束して……」


 この世界には、人間の他に魔族と呼ばれる種族が存在していた。


 魔族は角や尾などの異形を除けば、概ね人間に近い姿をしている。また高い知能や言語能力を有しており、王(魔王)を頂点に国を築いているという点でも人間に似ている。


 けれど、魔族の性格は例外なく残忍かつ利己的で、人間のことは害獣くらいにしか思っていない。そのため、魔族たちはこれまでに幾度となく人間に対して駆除を――戦争を仕掛けてきていた。人里を荒らすモンスターたちの正体も、こちらを疲弊させようと魔族が生み出した生物兵器というほどだった。


 だから、魔王を倒し、すべての魔族を滅ぼすことは、村を襲われ家族を殺された俺たちの、いやこの世界すべての人間の夢だったのだ。『夢見る剣』というパーティ名も、そういう意味でつけたのである。


 にもかかわらず、ユースタスは首を振るばかりだった。


「ガキの頃の話だろ」



          ◇◇◇



「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。


『夢見る剣』を追放され、共に戦う仲間を失っても、魔王討伐という俺の目標は変わらなかった。両親や妹を殺された憎しみはそれだけ深かったのである。


 だから、俺は冒険者組合所ギルドに行って、次に加入するパーティを探した。有名パーティに所属していたということで、相手も最初は歓迎ムードだった。しかし――


〝え? そんなにいびきがひどいの?〟


〝追放されるくらいうるさいのはちょっと……〟


〝そのリーダーの言う通りだろう〟


 しかし、追放された事情を話すと、誰からも手の平を返したように加入を断られてしまった。どうやら俺の想像以上にいびきは嫌われる要素だったらしい。


 かといって、パーティではなく単独ソロでやっていくというわけにもいかなかった。盾使いの俺は、防御は得意だが剣も魔法も苦手で、自分一人では敵を倒すのが困難だからである。


 パーティもダメ、ソロもダメではどうしようもない。こうやって酒場でヤケ酒をあおるくらいしか、やれることはないだろう。


 そう諦めを覚えた時、高く短い音が俺の脳内で響いた。


 神の啓示インフォメーションが入ったのだ。


【スキル:≪憎まれっ子世にはばかる≫を習得しました。】


【≪憎まれっ子世に憚る≫の効果により、ステータスが上昇しました。】


 聞いたことのない名前のスキルだった。


 それも≪剣技A≫とか≪連続攻撃≫とかの率直なネーミングに比べると、≪憎まれっ子世に憚る≫とは随分変わっている。


 これはひょっとすると、レアなスキルなんだろうか? そういえば、特別なスキルは名前も特別だという話を聞いたような……


 正直ほとんど期待はしていなかったが、俺は念のため啓示板ウィンドウを開いて、スキルの詳細を確認する。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


スキル名:≪憎まれっ子世に憚る≫


このスキルは、パーティを追放された時に自動的に発動する。

このスキルが発動すると、全ステータスが上昇する。

このスキルの効果は永続的に持続する。

このスキルの効果は重複する。

このスキルの効果は……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 長ったらしい説明が表示されて、思わずげんなりしかける。これ全部読めっていうのか。


 しかし、「すべての能力値ステータスがアップする」という文言を見つけて、一転して興奮を覚えていた。今度はそちらのウィンドウを開く。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


名前:ニコラス・ハボック

年齢:18

レベル:31


体力:171+33

魔力:85+38

物理攻撃力:68+41

物理防御力:230+46

魔法攻撃力:45+50

魔法防御力:222+49

俊敏:75+37

器用:72+42……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 信じられない……


 全ステータスが今までより30以上もアップしている。


 ステータスは、およそレベル×4で平均、×7で優秀だと言われている。ずっと苦手だったはずの攻撃面が、これで人並みまで一気に持ち直したことになるのだ。


 その上、防御に至っては300近くもある。レベル×10となると、勇者や英雄と呼ばれるような人間のステータスだろう。


 これならきっと……


 俺は慌てて酒場をあとにするのだった。



          ◇◇◇



「ニコラスさん、私たちのパーティに加わっていただけませんか?」


 ギルドの待合所ラウンジで待機していると、ほどなくしてそう声を掛けられた。


 俺より少し年下――十五、六歳というところだろうか。『ワンダーガーデン』リーダーのマノンと名乗った少女は、表情こそ大人びているが、顔立ちにはまだあどけなさが残っていた。


「募集の紙は読んだのか?」


「はい、すごいステータスですよね」


 マノンは目を輝かせる。よほど俺に感心しているようだが……


「いや、そこじゃなくて。〝いびきがうるさい〟ってところなんだけど」


「あれだけの能力なら、その程度の欠点は大したことではないかと」


 そう答えると、マノンはパーティメンバーの方を振り向いた。


「そうですよね?」


「まぁ、いびきくらい我慢するよ」


 もう一人の勝気そうな少女(あとで聞いたがレイラというらしい)は、苦笑いを浮かべる。


 そう言ってくれるパーティもあるだろうと思って、俺はメンバー募集の紙をギルドの掲示板に貼り出したのだった。ここまでは目論見通りだといっていい。


「でも、寝不足になるからって追放されたくらいだぞ」


 念のために、俺は重ねて確認を取った。信じた仲間にまた裏切られるのはごめんだからである。


 幸いにもレイラはけんもほろろとしていた。


「うちのお父さんもうるさかったから調べたことあるんだけど、いびきって舌の筋肉が緩んで、位置が下がるせいでかくんだって。だから、お酒を飲んで寝るとかきやすいみたいだよ」


「そうなのか?」


 心当たりはあった。寝つきがよくないのをどうにかしようと、野営をする時も酔わない程度に寝酒をしていたのだ。


「他にも太ってるのもよくないみたい」


「うっ」


 相手の攻撃を受け止めるのが役目だから、盾使いには吹き飛ばされないだけの体重が必要……という建前で、俺は暴飲暴食を繰り返していた。おかげで、冒険者を始めた頃はせっぽちだったのに、今では肥満気味だったのである。


 すっかり丸くなってしまった俺の手を取って、マノンは微笑みかけてきた。


「私たちも協力しますから、一緒に頑張っていきましょう」


「……ああ、そうだな」


 寝酒をやめるのは大変だろう。なかなか寝つけなくなるせいで、ストレスが溜まってしまうに違いない。


 暴食をやめるのは多分それ以上に大変だろう。村を焼かれたあと、長い間食うや食わずの生活をしてきた反動で、豪勢な食事はもはや欠かせない娯楽になっていたからである。


 しかし、『夢見る剣』や他のパーティと違って、『ワンダーガーデン』の二人は、欠点いびきの克服に付き合ってくれるという。


 だから、俺はこのパーティで再出発することに決めたのだった。

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