最終話 勇気を与える


「――おい、フラッグは内側だが……あたしが味方、ってわけでもねえぞ?」


 鎌を振り上げたレオンが、シャルルの背後に迫っていた。

 だが、死角からの一撃でも、周りの監視の目が彼女を見落とさない。


「きゃっ」と小さな悲鳴を上げるシャルルが身を屈めた瞬間、真横から、サッカーゴールのネットが飛んできた。いくつも重なったネットが、レオンの全身を絡め取る。


 意思を持って動くネットが、レオンをぐるぐる巻きにして、拘束していく。


「ッ、こんなの簡単に斬ることが――」


 彼女が手間取っている間に、さらに鎖が彼女の体を縛っていく。さらにさらに、鉄棒、鉄柵が、まるでレオンに引き寄せられる磁石のように集まっていき……、彼女を圧し潰そうとするが、さすがに命までは奪えない。


 それでも、肉体は半壊している……だが。


 肉体が壊れても、再構築される……。

 他校の生徒の体を分解し、素体だけ残して、レオンの容姿が上書きされていく――。


 彼女の特徴である、赤髪が見えてくる。


「別に、この容姿に縛られる必要はねえけど、見えている側は分かりやすい記号がねえと見づらいからな――」


 レオンは赤髪、キリンは銀髪のように、天死には決まった容姿が設定されている……。

 最低限の区別のためだ。本来、天死の容姿など、なんでもいいのだ。


 姿がなくとも、成立はする――。


「天死は、死なねえんだ」


 たとえ心臓を貫かれても。


 ……そこに、生きる気さえ、あれば――。




「キリンちゃん……」


 キリンに近づくシャルルに、警戒心はなかった。


 不用心な彼女を引き留めようとした浦川は、シャルルに睨みつけられ、手を止める――彼も分かったのだ。今のキリンには、警戒をしなくていい――……だって。


 きっと心臓を貫かなくとも、その背中さえ押してしまえば、キリンは……。


「あたしが、勇気をあげる」


 勇気を与える異能。

 それが空木シャルルが受け取った異能である。


 それは、今のキリンに使えば、本来なら死ぬはずがない天死を殺せる、必殺となる。


「キリンちゃんがしたいこと、誰の目も気にせず、してよ――あたしはそれを応援する。たとえそれが良くないことだったとしても、本人が望むなら、きっとそれが正解なんだよね……?」


 滝上桃華の皮が剥がれた。


 再構築されたのは、今までずっと見てきた天死キリンであり……そして、限界まで弱ってしまっていた、一人の女の子だった。


 彼女もまた、巻き込まれ、シャルルたちと同じように振り回されていたのだ……。


 ――デスゲームに。


 神々の、お遊びに。


 遊びに付き合わされた感受性が豊かな天死は、不死であるがゆえに苦しみ続けていた。逃れる方法は、ある……けど、勇気が出なかった。

 覚悟が、足りなかった――でも、それを埋めてくれる子が、今は目の前にいる。


「……キリン……?」


 レオンがやっと、友人の異変に気づいた。


「あんた……なにをするつもりだよ……――待てッ、キリンッッ!!」


「黙ってろ」


 拘束されているレオンの前に立ったのは、聖良だ。


「――ッ、ざ、けるな……ッ、キリンになにをした!!」


「あの天死が決断したことだろ……、お前が口を出せば、あいつは決断を曲げちまう。だから、この先へはいかせねえよ」


 容赦なく。

 聖良が、起き上がろうとするレオンの頭を踏んづける。


「あいつは怯えてた……お前を見る時にな。必死に隠してはいるが、関係性が丸分かりだ――お前、あいつのことをいじめてただろ? ああ、いいぜ……言わなくて。どうせ自覚なんてしてなかったんだろ……。オレが言うのもなんだが、やる側は分からねえもんだ。言われて気づく……だけど、本人から告白でもされなくちゃ一生、気づかねえ過ちなんだ」


 殺されかけたことがある聖良だからこそ言える。


 ……まあ、根深く恨みが溜まっていたのだろう、と予測はしていたが……。


 矢藤のことを思い出せば、恨みを爆発させないキリンは矛先を加害者には向けていない分、優しいとも言えるし、情けないとも言えた。


 やり返せないほど、弱っているとも言える……。


「勇気を貰って……――だが、それでもあいつはお前への復讐『ではない方』を選んだ。必ずしも、逃げることが悪いことだとは限らねえだろ」


 それとも。


「使い勝手のいいおもちゃがいなくなるのは、きついか?」

「おま、え……ッッ」


「これまでの蓄積が、今日、ここで爆発した……。お前の今日の介入は、きっかけ、だったのかもなあ……。だけど遅かれ早かれ、あいつは選んでいただろうぜ……あの無理して作った笑いは、限界なんてとっくのとうに越えている奴しか出せねえ顔だ――そう、思い知らされた」


 きっと。


 死を覚悟した人間は、恐怖よりもこれで終わるという安堵が勝るのだ。


 ……シャルルが与えた勇気が、さらに安堵に拍車をかけた。

 溺れる快楽に変換されれば、自死から逃げることは選択肢に入らない。


 生きる気力さえあれば、何度でも再構築を繰り返す天死は、しかし逆に言えば『死』を選べばいつでも死ぬことができる。

 生物かどうかも怪しい彼女たちの終わりを、『死』と呼ぶのがおかしいと言うのであれば、機能停止、とも言えるだろう――少なくとも、天死キリンはこれ以上、人の死を見ることがなくなる……。


 デスゲームを運営することも、神々に付き合わされることもなくなる。


 全てを感じなくなるけど、苦しくないなら、これ以上の幸せはない――。



「……キリンちゃんも、被害者だったんだね……」

「……はい」


「――でも、許さないから」

「……はい、分かっています……」


「みんなが死んだのは、キリンちゃんのせいでもあるんだから」


「だから、私も後を追うのです……。これで丸く収まる、わけではないですけど……のうのうと生きているよりはマシだと思ったのですから――」


 どうせ生きていても、神に利用されるだけだ。


 神の道具として使われるくらいなら、その数を一つでもいいから減らすのが、最大限の反撃だと思ったのだ――……まあ、意味はないだろうけど。


 代わりならいくらでもいるし……作れる。


 減った分、補充されるだけだろう。


「……レオン」

「キリン……あんた、は……ッッ」


「――評価、楽しみだね」




 そして、天死キリンは――。


 天死としては初となる、間接的ではあるものの、人間によって殺された天死となった――。

 後に、神々はこの想定外の展開を、『神でさえも予想できなかった』として高く評価し、キリンが運営していたデスゲームは過去最高の評価を受けた。


 以降、永続的にアーカイブに残り続け、伝説となっていく――。


 この動画の評価を越えたデスゲームは、遥か未来の世界でも、存在していない。



 デスゲーム参加者の魂は、ゲーム終了後に処分された。


 死者も生存者も、まとめて除去される……。

 あくまでもこの魂たちはオリジナルから複製されたものであり、本物ではない。


 本来の魂は複製された時点から時を進め、従来通りの生活を送り、経験値を得て、成長していくだろう――オリジナルの魂は、今もこれまで通りの平和な世界で生活している。

 オリジナルと複製コピーは、既に別の人間と言ってしまっても差支えはなかった。


 そのため、デスゲームで培ったものは、還元されない。


 デスゲームの経験を得て成長するのは、複製された魂だけなのだから――。



「夢を見たの……」


「ん?」


 一緒の家から一緒の中学校へ登校する……、変わらない日常だった。


 違いがあるとすれば――昨日、見た夢だ。

 普段も夢を見ないわけではないけど……、ここまで鮮明に覚えている夢は、初めてだった。


 ……内容も過激で、夢だと分かっても、まだ心臓がドキドキしている……。


「その、不謹慎なんだけど……みんながね……」


「死んだ夢、か? デスゲームに巻き込まれて――」


 え? と、空木シャルルが足を止めた。


「もしかして、たいしょーも同じ夢を見たの?」

「同じ、かは分からないけど……。天死が……キリンが、さ――」


「最後に、消えちゃった……」


 浦川大将も足を止める。

 振り返った浦川と、シャルルの目が合った。


 ……同じ夢を見ている……?


「学校……いったら、みんながいないとか、ないよね……?」


「さあな……いってみるしかないだろ」


 浦川は踵を返した。

 考えても仕方ないなら、実際に目で確かめるのが確実だ。


「うぅ……たいしょーがちょっと冷たい……」


「意識して過保護をやめたつもりだけど……シャルルが嫌がるなら、やっぱり戻すか?」


「……いい。あたしも、たいしょー離れしないと!!」


 言いながら、そっと浦川に寄り添うシャルルである。


「……あんまり離れるなよ?」


「あたしよりもさ、たいしょーがくっつき過ぎてるんじゃないの?」



 登校してみれば、教室には全員がいて――。


 久里浜や野上、榎本――モカに、雅……、欠けた生徒はいなかった。


 みんなが無事で、教室にいることに安堵したシャルルが、感極まって涙を流しながら――女子、全員に抱き着いたのは、また別のお話だ。





「……複製された魂が得た経験を、オリジナルに還元させるなんてことは普通はしねえが――これは嫌がらせだからな、例外だぜ」


 白い翼を広げた、赤髪を持つ小柄な少女が、人間界を見下ろしながら。


 彼女もまた、キリンの高評価に引っ張られ、天死としてのランクも上がっている……。


 偶然、コラボしただけの漁夫の利に助けられた形だが、今回のおかげで天死レオンは低評価が続いた『危険水域』から脱することができた……。まあ、ランクが上がれば同時に神から期待されているということでもあり、実力に合わない無茶ぶりをされるだろうけど……、そこは上手いこと誤魔化すか、ランクに恥じない実力をつけるしかない。


 キリンの復讐がこれなら、なかなか、痛い反撃である。


「(やってくれたぜ……キリン――)」


 恨むけれど……その復讐をする相手は、もういない。


 だから彼女が気に入っていた『駒』に、嫌がらせをしている――。キリンは否定するかもしれないけど、これは確かに嫌がらせだろう……。少なくともレオンの中では、そうなっている。


 ――そう言っておかないと、体裁が悪いのだ。



「デスゲームを夢で見せてるんだ……これは誰がどう見ても、悪夢でしかねえだろ?」





 ―― 完 ――

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代役のデスゲームマスター 渡貫とゐち @josho

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