第53話 vs天死


「なにこれ……、すごい……っ」

「久里浜と……滝上か」


 校舎の玄関に集まった四人――これで全員が揃ったことになる。


「揃ったはいいが、もう空木の独壇場だよな、これ……」


 浦川たちが手を出す隙間もない。

 下手に手を出せば身内が怪我をしてしまうだろう。


 それくらい、場は荒れてしまっている。


 四人がいる場所は安全地帯となっている……、

 校舎に意思があると、こういった微調整も可能なのだ。


 伸び縮みする校舎……、隆起した地面によって、地形が変わってしまっている。一歩でも足を踏み入れてしまえば、不規則に変化する地形に飲み込まれてしまうだろう。

 異物を感知してすぐに吐き出してくれるとは思うが、間違って腕や足の一本、千切ってしまってもおかしくはないエネルギーがそこにはある。


 味方とは言え、出来る限りの自衛をしなければ。シャルルの言うことを聞いてくれてはいるけど、咄嗟の判断で浦川たちを守ってくれるわけではないのだから。


「このまま敵を……あの天死を倒して、ゲーム終了か? ……これで脱出、か?」


 本当にそうなのか? という空気感。

 誰も、ここで勝っても終わりではないと悟っている。


 それでも――ここで負けるのは論外だ。


「みんなっ、無理しないでね!」


 シャルルの声に呼応して、魂たちがさらに動き始める――レオンを追い詰めていた。


 彼女が持っていた鎌は隆起した地面に絡め取られ、伸びた校舎に上からはたき落とされた――校舎内の凶器が、宙を舞い、彼女の体を壊していく。魂だけが入れ替わった、他校の生徒の肉体なので、レオンにとっては痛手ではないだろうが……。


 それでも。

 この場で使える手駒をみすみす壊させるわけにはいかない――とは思っているはずだ。


「……前向きだな」

 と、レオン。


「勝利を確信して、でもその後のことを考えてるって感じだよな……。最終ゲーム、と謳いながらも、次があることを予測しているのかもな……いい駒じゃん。

 でもさ、前向きがゆえに、見逃す部分だってあるんだぜ?」


 レオンの不敵な笑み――

 もしもその表情を見ていなければ、自分が勘違いをしているとは思わなかっただろう。


 ヒントをくれた……?


「…………このまま、終わるわけじゃない……」

「浦川?」


 ヒントかどうかは分からないが――

 このままレオンを倒してゲーム終了である、とは、レオンは望んでいないはずだ。


 当然だ、と言われてしまえばそうだが……。キリンやレオンが度々口にする『評価』――、それを加味すれば、負けることはあり得ないが、『つまらない』のも良くはないのだ。


 面白いデスゲームを見せるのが天死の役目であるのなら――、やはりあの笑みは警鐘だった……。浦川に向けたものかどうかはともかく、見逃している部分があるということを教えてくれている――。


「……フラッグ戦、なのは間違いない……。敵チームの一人と入れ替わった天死が、フラッグ役を担うというのも、分かる……だからこそ疑うべきでもあるんだけど――。

 レオンがフラッグなのは、間違いないんだろうな……」


「他の奴がフラッグって可能性もあるだろ……まだ殺していないんだから、フラッグが機能している場合もある……。殺されない自信がある天死がフラッグを持つのが一番安全だ――だからこそ、別の奴に持たせるってのは、ハイリスクで、だが、ハイリターンではないはずだ」


 浦川が頷いた。

 聖良の意見に間違いはない――そういう可能性も考えられる。


「それも合ってる。

 天死がフラッグなのは間違いないんだよ……だけどさ、疑うべきはそこじゃない」


「……? なんだよ、お前は、なにが言いてぇんだ」


「今、シャルルが攻撃してるフラッグは――……俺たちが狙うべきフラッグか?」



 一瞬、時が止まった。



「……は?」

「え?」

「…………」


「フラッグ戦、とは説明されたけど、、とは言われていない……。フラッグ戦と言われたら敵チームのフラッグ持ちを倒すことが勝利条件であると俺たちは思い込むだろ――そこを突かれたな……」


 つまり、だ。


「フラッグは、【内側】にいる。

 俺たちの誰かがフラッグを持ち、そいつこそが、『俺たち』が倒すべきフラッグなんだ――……そう、見た目は見知った顔でも、中身はお前なんだろ――キリン」


 全員の視線が一人に集まった。


 滝上桃華――通称、モカ。


 同年代の中では特に大人びた容姿を持つお姉さんのような彼女だが――


 その中身は、天死……キリンだ。



 ……否定はなかった。

 彼女は、くす、と優しく笑った。


 悪意ある笑みでは、なかった。


「よくお気づきになりましたね、マスター」


「隠れるなら、シャルルになりすますべきだった……なのに、どうして滝上なんだ?」


 シャルルに潜り込んでおけば、たとえばれても浦川は手を出しづらい――なのに。


 シャルルのためであれば、たとえ仲間でも手をかけることができる浦川の前に、シャルル以外の体を器として前に立つのは、明らかに間違いだっただろう。

 単純な天死の戦闘能力で相手を蹂躙できる、という勘定もあるのかもしれないけれど……。


 聖良はシャルルに手を出せるし、浦川との対立を促すこともできるが……そういう企みもなかったようだ。……思いつかなかった、わけではなく――。

 最初からその計画に進む気はなかったと見るべきだ。

 ――目的は、別にある。


「……ばれてしまったなら、仕方ありませんね……戦いましょうか。ルール通り、公平に」


「ばれる? 隠れる気もなかったくせに……」


 モカに似せるつもりもなかったのだろう。距離が遠い久里浜は訝しんでいても、はっきりとは気づけなかったようだが、モカを知る聖良は違和感に気づいていたようだ。

 明らかに途中から様子がおかしかったのだ……浦川でも分かったのだから相当だ。


 浦川の場合は、モカではない、と言うより、キリンっぽい……だったが。


「……思った以上に、心の距離が近くなってたのか……」


「マスター……覚悟はいいですか? 私に勝てば、皆様はデスゲームをクリアし、脱出成功となります。デスゲームが始まって以来の、初の成功例を、見せることができますか?」




『キリンちゃんっ、助け、――』


『××様――っっ!!』



 助けられなかった。

 一人二人じゃない……、もっと多くの参加者を――見殺しにしてきた。


 打ち解けて、仲良くなれても、みんな死んでいく……だって、これはデスゲームなのだから。


 仕方のないことなのだ。


 一人を優遇すれば、神のお告げが、参加者を死地へと追い込む――

 なぜならその方が面白くなるからだ。


 キリンが目指すべき結末は、視聴者が望むものではない。

 キリンと神では、価値観が違うのだ……、センスだって。なにを面白いとするのか……その差異が広ければ、キリンの心へかかる負担は大きくなっていく。


 当然ながら、犠牲者が出ないデスゲームなど存在しない。

 キリンの理想は、絶対に叶うことはない……。


『また、みんな……死んじゃった……』


 キリンのせいで。

 キリンが、助けられなかった、から――。


『もう、こんなこと、したくないのに……っっ』



 ――天死キリンよ、次のゲームはまだか?



 神々の要望には応えなければならない……、それが天死の役目である。


 もうできません、は、通用しない――その時は天死が『死ぬ』時だ。



 ――テンポは悪いが、毎回、展開が二転三転するところが面白いからな……期待しているぞ、キリンよ。



『……はい』


 そう、答えるしかなかった。



「――おい空木! 敵はそっちじゃねえ――フラッグは、内側にいたんだよッ!!」


「……でも、」


「早くしろっ、お前の異能はざっくり言えば周りを操れるってことだろ――そのチートみてえな能力で、こっちの天死を狙えッッ!!」


「でもッ!!」


 確かに、そこにいるのは天死キリンだ……けれど、見た目は……?


「……見た目は、モカちゃんなんだよ……?」

「優しいのねえ、シャルちゃん?」


「――っ!」


「――と、滝上様ならこう言いますよね?」


 一瞬だけ、本当に、モカがそこにいるのかと錯覚した。


「……記憶を、引っ張り出せるのか?」


 記憶どころではない。引き出した記憶の中のセリフをそのまま読んだだけではなく、モカの人格の一部を被って発言したような……そんなリアルさがあった。


 モカの魂は、変わらずまだ、その体内にあるのだろうか?


「マスター……あなたは本当に、シャルル様しか見ていないのですね……。これくらい、天死の私でも、観察していれば分かりますよ……」


 どうだろう……、同じ時間を共有していたとしても、レオンには難しいのではないか。

 天死は、これから死ぬ人間を知ろうとはしないだろう。


 情が移っているから避けているのではなく、そもそも興味がないのだ。道具の『できること』を把握していても、細かい部分までは見ない。説明書を読んでも、主な素材など、商品表示までは読み込まないように――。


 しかしキリンは、道具の人格まで見る。見た上で、感情移入までしてしまう。

 それこそが――天死の中でキリンが『異端』と言われている理由だ。


「滝上の体を、盾にするつもりか……?」


「そういうつもりはなかった……のですけどね……でも、シャルル様がいるならそう思われても仕方ありませんよね……。

 シャルル様がいなければ、マスターも、久里浜様も、聖良様も――きっと滝上様の体など関係なく攻撃していたでしょう?」


「…………」


「シャルル様だけですよ、傷つけたくないと言ってくれるのは。そして、その意思を尊重するのが、マスターです。そうなれば、マスターは久里浜様と聖良様を止めますよね……たとえ、お二人を殺してでも」


「……なんだか、それは本末転倒な気がするけどな」


 敵を殺したくないから、味方を殺してでも回避する……おかしな話だ。


 だけどシャルルが望むなら――それができるのが浦川大将という男だ。


「滝上の魂は」

「この体の中に……同居しています」


「一つの体に魂が二つ?」


「天死の肉体など、分解、再構築ができますからね……一度崩壊させ、魂だけになった私が滝上様の肉体を乗っ取った、と考えていただければ……分かりやすいでしょうね」


「……ってことは、滝上の魂を抜いてしまえば……」


「魂だけが残っても、それは死亡したこととなにが違いますか? 他の道具に魂を入れたところで、デスゲームが終われば異能も消えてしまいます……。

 たとえ魂が道具に定着したのだとしても、待っているのは生き地獄でしょうね……、もう、救われる方法なんてないんですよ――」


 キリンの――いや、モカの表情は、諦めの笑顔だった。



「……これが、デスゲームなんですよ……」



「……どうして、お前が……」


「キリンちゃん……なんで、」



「――俺たちよりつらい顔してんだよ!?」


「――あたしたちよりつらい顔してるの!?」

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