第52話 空木シャルルの真骨頂【後編】
これみよがしに校庭を陣取っている少女……、レオンである――と確実に分かっているのは浦川だけだろう。天死は魂を他人と入れ替えることができる……、一度、自分の身で体験している浦川だからこそ分かったことだ。
だが、その仕組みを知らない他のメンバーは、分からないのではないか。
「(いや、元の人物の色がない分、分かりやすいかもしれないか……でも、あいつがフラッグで、いいのか? 分かりやすいってことは、簡単には倒せないってことだろうけど……)」
迂闊には飛び込めない。
たとえ準備万端でも、無策で挑むのは論外ではあるが……。
「……ん、聖良か」
「頭の後ろに目でもついてんのかよ……よく分かったな」
「足音で」
「オレの足音を聞き分けてんのか」
「いいや?」
聖良でなければ、敵の可能性もあるが、敵なら攻撃しているだろうし、聖良でなければ声をかけているだろう……、女子であれば足取りは軽いはずだ。
そのどれにも当てはまらなければ、聖良しか残っていない。
「……聞き分ける手段は言わねえか……」
「それどころじゃないだろ。あれ……、どうする」
「周りに遮蔽物もねえ校庭のど真ん中だな……当然、姿を見せれば飛びかかってくるだろうぜ……。遠距離攻撃でもしなけりゃ無理だな――」
聞くまでもないが、遠距離攻撃ができる異能は持っていない。
聖良も、浦川も――浦川に至っては異能すら持っていないのだから。
「そう言えば、一人倒したのか?」
「ああ、殺してはねえけど……殺さないとカウントされないってことなら、結局、フラッグだとしたら生きたままってことになるが……たぶんあいつがフラッグだろ。仮にオレが殺した奴がフラッグで、早々に最終ゲームが終われば、真ん中で陣取るあいつは不満爆発だろうな」
「……だな」
であれば、敵チームの女子生徒と入れ替わっている天死レオンを倒せば勝利である……そういう分かりやすい構図が出来上がってはいるが……。
「勝てるか?」
「あぁ? そりゃあ……絶望的だが、無理って話じゃねえだろ」
「いや、無理だろ。たった五人で、しかも俺たちの異能を天死は把握してるはずだ……、手の内が分かっている相手に天死が負けるのか?
相手はだって、キリンじゃなくて、レオンなんだぞ?」
ゲームマスターとして、傍で過ごしてきた……、短い時間だったけれど、彼女の人となりは分かったつもりだった。
いくら隠しても滲み出てくる人柄は嘘ではないはずだ。
そんなキリンと比べれば、レオンは戦闘向きに思える……そして、
最初から無理なゲームなのではないか? 勝てる勝負ではなく……?
「……倒すことが、勝利条件じゃない……?」
「おい、浦川……。なにか聞こえねえか? 遠くから、エンジン音みてえな――」
「は?」
職員専用の駐車場から、猛スピードで飛び出してきたのは、一台のバイクだ。
確か体育教師が乗っていたバイクだったような……、男子が喜ぶ大型二輪である。
エンジン音も大きく、わざと大音量に改造しているのかもしれない。
校庭に突っ込んできたバイクに跨っているのは、金髪をなびかせた、シャルルだった。
「……え」
律儀にヘルメットを被った彼女が天真爛漫な笑みでドリフトを披露し――停止。
とん、と校庭に足を着けた――誰よりも早く、一番乗りで。
「ここでお前がくるのかよ……意外だったぜ」
「バイクの中にいる魂は木野くんだよ。だからあたしが運転する必要はなかったの――たいしょー、運転上手だって思ったでしょー?」
「まあ……うん」
「あれっ、意外と驚いてない?」
「驚いてる……驚き過ぎて飲み込むのに時間が……」
デスゲームに巻き込まれても冷静に最善の行動を取っていた浦川が……戸惑っている。
バイクに乗るシャルルの姿に見惚れていたのもあるだろうけど。
「あ。やっぱり……、レオンちゃんだよね?」
「へえ、分かるのか? ……そりゃ分かるか。
さて、じゃあやろうぜ。こっちもやる気満々だからよー」
シャルルを追って、浦川と聖良も校庭に足を踏み入れる。
遮蔽物がないため、精神的な不安は誤魔化せない。
「おい浦川……空木の異能は、オレと同じなのか?」
「似ている、とは思う。聖良が魂を扱う異能なら、シャルルの異能は魂を従えられる、ってところか……。シャルルの性格を前提とすればな。
従える、とは言っても強制じゃないから……、だけどシャルルが使えば、異能の効果は充分に、満足の効果を発揮してくれる――」
シャルルが使えば、周囲の全てを利用できる――。
彼女にしか引き出せない異能の最奥の力だろう。
異能を渡したのは浦川だ……、だから彼女の異能の詳細も理解している。
「シャルルが『お願い』をすれば、どの魂でも言うことを聞いてくれるんじゃないか?」
たとえば。
地面にいる魂にお願いをすれば――、
「うぉ!?」
地面が盛り上がった。
波を打ちながら地面の表面部分が高く舞い上がり、それは津波のように、土の壁がレオンを覆ってしまう。
「助けてくれてありがと……名前も知らない魂ちゃん――」
「知り合いじゃなくてもすぐに仲良くなれるのは、シャルルの得意技だな……」
舞い上がった土の津波が、レオンを飲み込んでしまう。
「……な、なんだよ、ありゃあ……っ。
やっぱお前、贔屓がえげつねえな――オレらとの差があり過ぎだろ」
「じゃあ同じ異能をお前に渡せば良かったのか? 渡しても上手く使えないだろ……、あれはシャルルにしか使いこなせない異能だ。
そして、ここまで使えるようになれば、レオンにも勝てる目が、やっと見えてきたな――」
これまで守られてきたお姫様だったが、最後の最後で勝利の鍵となるのは、彼女だ。
「獲りにいくぞ……フラッグを!!」
校舎の中から校庭を覗く久里浜とモカ――外の様子を見て先に動いたのは、
「滝上さんっ、わたしたちも校庭に――、……滝上さん?」
「…………」
「あの、どうか、したの……?」
「いえ、いきましょうか――」
「……?」
天変地異だった。
シャルルを助けようとする魂が、校舎を動かし――道具が、凶器が、天死レオンを襲っている。回避できてはいるものの、あの天死でさえも攻撃に転じることができない猛攻だ……、シャルルの異能がどれだけ脅威なのかは、外から見ていてもよく分かる。
(……くそっ、一気に人数を減らしたのがまずかったのか? 魂が増えれば、あの女の武器になるみたいだしな……。けど、元々道具にある魂……、道具の意志に干渉できるならどっちにしろ同じことか——)
天死の鎌は、隆起した地面に防がれる――まるでアニメーションだ……、ぬるぬると動く舞台がそのままシャルルの盾であり、矛だった。
(こうなることを予想していたってことか……――キリン)
最終ゲームまでの猶予は一時間……。
その約束を取り付ける際、二人の天死で交わされた会話があった。
『レオン――話があるんだけど……』
『突然きたことは謝るって。悪いな……こっちはこっちでやばかったんだよ……、最悪だし。ペースが早くて面白いものが撮れたと思えば、罪悪感のせいでゲームマスターが自殺しちまうしさあ……。結果、あたしの駒は全滅だ。ペースが早ければ終わるのも早い……これじゃあ視聴してる神共を満足させられねえ――。このままチャンネルの剥奪もあり得るし……最悪、殺されるかもしれねえ……』
『レオン……』
キリンの視線には、「自業自得でしょ」という感情が込められていた。
『だから助けてくれ、キリン。今回だけコラボしてくれよ』
『人に頼む態度じゃないよ……』
はぁ、という大きな溜息を吐き、
『……私に頼むということは、相当、切羽詰まってるってことなの……?』
『…………(キリンなら扱いやすいし、コラボさえしてしまえばこっちのもんだ……、キリンの駒さえいれば、あとはどうとでもできる……。素材さえない今のあたしのチャンネルじゃなにもできないけど……でも素材さえあれば――復帰も可能だぜ!)』
『全部聞こえてるから』
『いいじゃんか。あんたのチャンネル、貸してくれるだけでいいんだって』
どうせ断っても、許可も取らずに強行突破してくるだろうと、キリンはよく分かっている。
……レオンは、昔からこういう天死なのだ。
『……条件があるよ』
『はあ? ……面白ぇじゃん、言ってみろよ――』
キリンの案を、レオンが聞き届け……、
『――――って、ルールなんだけど……』
『ふーん……、それで、このデスゲームを終わらせるってことか? ……このまま普通に最終ゲームをしても盛り上がりには欠けるし、そういう意外性があってもいいのかもな……。
でも、あんたの駒たちが気づかなければ、あたしたちの圧勝になるぞ? コラボしたのに低評価なのは避けたいんだけどな……』
『気づくと思うの……だからきっと大丈夫』
『お前が認めた優秀な奴でもいるのか? だが、賢さと直感は、別だぞ?』
『気づくよ』
キリンの言葉から「きっと」、がなくなった。
希望的観測ではなく、「あの人」なら絶対に気づくと信頼している。
『……断定するじゃん。そこまでお気に入りなのかよ……』
『だって、手がかりは残してきたんだから――』
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