第51話 空木シャルルの真骨頂【前編】


「硬ぇな……、殴った感触は確かに人間だが、表面的な部分だけだな……こいつ、殴っても殴っても壊れねえぞ……?」


 敵チームの男子生徒に馬乗りになり、優位を取った聖良は違和感を抱いた。喧嘩が強そうな見た目だったので様子見はせずに、一発目から遠慮はしなかった――おかげで倒すことはできたが……、倒した気にはなれなかった。


 もう動かないことを確認し、立ち上がると――背後で、ぎぎぎ、と立ち上がる影。


「……狸寝入り、じゃねえか。動けるならさっさと動けよ」


 立ち上がった彼の目は虚ろで、そこに自分の意思はないように見えた。


「……洗脳でもされてんのか?」


 聖良が考えたのは、敵チームにはそういう能力者がいるのか? ――だった。



「久里浜ちゃんと一番最初に合流とは、意外だったわねえ」

「あ、うん……」


「えっと……、馴れ馴れしい?

 ごめんねえ、私はこういう時の距離の詰め方を知らなくてねえ」


「いい、大丈夫、だから……」

「シャルちゃんと浦川ちゃんとは楽しそうにお喋りしてたのに、私とはまだ無理?」

「うん……」


「う、正直ぃ」

「ごめんなさい……」

「いいけどねえ」


 久里浜とモカが合流していた。……敵は、まだ見えない。


「フラッグ戦だから、敵を見つけたら倒した方がいいわよ……運が良ければたった一人を倒しただけで終わるかもしれないし……。最小限で済むならそれが一番いいでしょお?」


「うん……あ、ねえ、あれ……」


 久里浜が見つけたのは校庭のど真ん中。

 立っているのは、小柄な女子生徒だが……――彼女が笑った。


 当然ながら、敵チームの生徒とは初対面だ。彼女の顔はついさっき見たばかりだし、印象に残っていないのだから今が初めてとも言える……もちろん、知り合いではない。知り合いに似ている、というわけでもないのに――『笑い方』だけは、そっくりだった。


 そっくりというか、まったく同じで……。


「あの、笑い方って……」

「隠す気がないみたいねえ……あの子、混ざりたくて紛れ込んじゃったのかしら」


 見た目が違う、という部分に疑問はもう抱かない。

 そんなことにもう驚かないほど、これまで色々なことに巻き込まれている。


「……戦うの?」


「たぶん、あの子がフラッグなんじゃない? 他の誰かが勝手にやられて、ゲーム終了になってしまうことを危惧するなら、自分が請け負った方が確実だもの。あの子、負けるだなんて一切思っていないでしょうし……」


 彼女も、モカと久里浜に気づいている……、もしかしたら全員の位置は既に把握済みなのだろうか。……ない、とは言えない。


「それに、堂々と校庭にいれば全員が気づくでしょうね。合流は簡単、か……」


「……なら、シャルルとも合流できるかも……」


「他の敵と遭遇していなければ、だけどね」



「ふ、ふたりも……っ!?」


 シャルルは空き教室に追い詰められていた。

 遅れて、左右の扉から入ってくる、二人の男子生徒――。


 双子のようで、顔は瓜二つである……しかも、木野のように顔が整っており……。

 二人の差を言えば、前髪の分け方が左右で逆であることくらいか。


 もしも戦闘中に入れ替わられたら、どっちがどっちだか分からなくなる自信がある。


「……みんな……」


 大事に抱えている二リットルのペットボトル……、

 中には死んでしまった多くの仲間の魂が入っている。


 聖良にしか見えないはずの半透明の球体のそれは、シャルルにも見えていた……。

 それは、シャルルが持つ異能が、聖良と同系統のものである証拠だった。


「……っ」


 教室の出口は塞がれている……、逃げ場は背後の窓くらいだが……、ここが何階であるのか把握しないまま逃げていたのだ。二階ならまだいい方だけど……、――三階、四階だったら? 怪我もなく着地できるとは思えない。


 異能を持っても、シャルルが強くなったわけではないのだから。


「……みんな、助けてくれる……?」


 いいや、そんな言い方では、違う……、守られることが当然だと思っているから出る言葉だ。……守ってもらうのではない……、なにもしないでただ立っているだけの自分では、もうないのだから――。


 シャルルが、決意と共に、ペットボトルの蓋を捻った。


「――みんなっ、一緒に戦ってっっ!!」


 どっっ! と、小さなペットボトルから溢れ出てくる、波のような勢いの魂たち。

 半透明のそれが視界を埋めていく――魂たちは、周囲にあったあらゆる物質を器としていく。

 宙に舞っていた魂たちが数を減らしていき……、異変が起こる。


 ガタガタ、と机が。カカッ、とチョークが。黒板消しが跳ね、大きな三角定規が動き出し、ハサミが天井に突き刺さった。コンパスが歩き出して、床に凹凸が生まれる。


 シャルルの周囲が、まるで世界観を変えたように活動を始める――

 そこはまるで、『アニメーション』のような世界だった。



 シャルルの異能は、『勇気』を与える。

 自分の意見を発表できない子に、手を上げて発言する勇気を与えてくれる――。


 助けたいけど自分にはできない、と尻込みしてしまう人たちの背中を押す異能だ。


 無理を通す。

 不可能を可能にする力はないけれど、挑戦するところまでは持っていける――そこから先は他人任せになってしまうけれど、その場にシャルルがいれば、がんばることはできるのだ……。

 結果、不可能を可能に変えてしまうかもしれない――。


 シャルルだけが上手く扱えるだろう『異能』だ。


「……結局、あたしは自立していないんだよ……」


 浦川大将に頼っていないだけで、みんなに頼ってしまっている…………でも。


 頼っても、助けてくれない人はたくさんいる。それでもシャルルだからこそ、彼女を知る人たちは手を貸してくれるのだ。

 彼女の純粋な献身を知っているから……彼女のために働きたいと思えるのだ。浦川大将が過保護になる気持ちも、周りはよく分かっている……空木シャルルには守りたい魅力があるのだ。


 彼女が笑ってくれるなら。


 多少の無理をしてでも、彼女を守りたい。


 彼女が実は腹黒かったのだとしても、それを悟らせないところまでを含めて――魅力だ。

 騙された方が悪い。

 それを言われて納得してしまうのは、彼女だからこそか。


 勇気を与える異能……きっとそんなものがなくとも、周りは動いてくれただろう。彼女は異能よりも以前から、みんなに元気を与えているのだから。

 積み重ねてきたそれが、死んだみんなを動かしているのなら――それはもう、シャルル自身の力だ。人徳もまた、自立に利用したって構わない。それも、自分の腕っ節と言えるだろう。


「たいしょーがいないと、やっぱり……」


 勇気を与える異能は、自分にだけは、影響を与えられない。だけど矢藤がしたように、間になにかを挟むことで影響を間接的に与えることができる――。


 音……声か。


 それは聞き慣れた校内放送だった。


 教室のスピーカーに入った魂は……戸田雅。



『なーに落ち込んでんだ、シャルル――いっつも明るいのがおまえの持ち味だろ?』



「……雅、ちゃん……」


『落ち込んでもいいけど、切り替えろ。苦しくなったら浦かぁに抱き着けばいいんだよ……そしたら、あいつがどうにかしてくれる。だから……甘えるために、今がんばれ』


「……でも、あたしは、また、たいしょーに頼って……」


『自分の足で立つことだけにこだわる必要もないじゃん。誰かの手を取りながら、自分の足で立つ時もある――テキトーでいいんだよ、テキトーでさっ』


「そう、なのかな……」


『そーだよ。頼るか、頼らないか、そんな極端な二択をする必要もねえもん。好きに生きればいい……、依存関係を壊すことだってないんだよ――だって、それがもうシャルルだろ?』


 周りから見た空木シャルルは、もうそういう『キャラクター』なのだ。


『人に助けられてばかりが悪いこととは思わない。というか、誰もが「どうでもいい」と思ってる奴を、当たり前みたいに助けるわけじゃないんだ……、――シャルルだから。

 これ以上は言わないでも分かるよな?』


 言わせるな。

 ――戸田雅の激励だった。


「……うん、ありがと、雅ちゃん」


『さあ、いけよ――その敵はうちらでなんとかしておくから……校庭、見てみろ』


「え? あっ、みんないる……」


 三階から見下ろせば、身を隠していても丸分かりだった。


『あの真ん中の……あれがフラッグなんじゃねーの?』

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