第4話 ゲームモンスター「どうも。やばいやつです」転生者「異世界怖い」

「世界、思ったよりヤバかったな…」

「ホンット、なんでこんな状況に私らみたいな一般人放り込んだのよ…」


食事を終え、自発的に食器を洗いながら、ナナは深いため息を吐く。

地下に巡らせた水路は無事だったらしく、洗剤に塗れた食器の上を、蛇口から出る水が流れる。

世界が詰み過ぎてる。

その上、自分たちには転生特典と言った特殊な力が何一つない。

これで「何とかしろ」と言われても、無理と返すほかない。

2人が思考を巡らせていると、犬と猫がその足元に寄り、首を傾げた。


「ぎがー?」

「にぃー?」

「ああ、ちょっと待っててな。

あとで遊んでやるから」

「…もしかして、この犬と猫が転生特典だったりするのかしら」


転生特典ではない。廃人に育てられただけの、戦闘特化モンスターである。

無論、若くして世を去ったイサムと、前世では碌にゲーム機を触らなかったナナがそんなことを知るはずもなく。

ナナは「そうとしか思えないわね」と、1人納得したように頷いた。


「…疑問なんだけどさ。

あのドジな神様が、俺らの特典にって、犬と猫にとんでもパワー渡すなんて考えるか?」

「あ、ないわね」


酷い言われようである。

しかし、しでかした事が事なので、その評価も当然と言える。

何にせよ、自分には世界の危機をどうにかする力がないことが確定した。

ナナが諦めを込めたため息を吐く横で、イサムは特に気落ちした様子もなく、皿洗いを続ける。


「…アンタ、あんまりため息つかないわね」

「幸せが逃げるって言うからな。

前は逃げる幸せなんてなかったけど、今は逃げる幸せが出来たし」

「…なにが幸せなのよ。

こんな終わってる状況の」

「いいじゃん。ヤクで頭がパァになった親にぶっ叩かれて、学校でクソみてぇな奴らに少ない小遣い取られて、挙句殴られたりするよかマシだぜ。

…1番のダチがいねぇのは、寂しいけどよ」


言って、「会いてぇな」と呟くイサム。

それに対し、ナナも同じように、向こうに置いてきてしまった親友を想う。

あんな最期を遂げて、気に病んではいないだろうか。

たくさんの穴が空いた自分の死体が、彼女の心を抉ってはいないだろうか。

そんな考えが浮かんでは消え、ナナは思わず口を開いた。


「私も寂しいわ。

…大好きな親友に会えなくなったし」

「同じだな。

お前も自殺したクチか?」

「他殺よ。私の友達、ハイパーお金持ちの家に生まれたお嬢様だったの。

で。ソレを狙った誘拐犯が彼女を攫おうとして、私が嘘をついて代わりに攫われたの。

あとは想像通り。

嘘がバレて、たくさん殴られて、たくさん撃たれて、最後は頭に穴が空いてぽっくり」

「……そっか。…友達を守って、死んじゃったのか」


脳裏に浮かぶのは、最後の光景。

地面に叩きつけられる直前に、たまたま近くを通りかかっていた親友と目があってしまった時のこと。

全部、全部、取り返しがつかなくなったことに気づいて、絶望した顔。

イサムはそれを振り払うように首を振り、口を開いた。


「…こういうのは、あれだけどさ。

ちょっと羨ましいわ。

俺、自分が辛いからって、自分勝手にくたばっちまってさ。

それで、ダチに消えない傷を付けちまった。

……ダチを守るために死ねたら、前世にも意味があったのかなー…」

「…どっちにしろ傷つくわよ。

『私が死んでも笑ってください』なんて、こっちのわがままでしかないもの」

「そうかな」

「そうよ」


どっちにしろ、死んでしまった時点で、彼らの心を深く傷つけたことには代わりない。

死んでしまったことは受け入れてはいる。

だが、しかし。その死に納得がいっているかと問われれば、否であった。


「………もし、もしさ。

この世界救ってさ。神様にお願いして、元の世界に帰れたら、なにがしたい?」


そんな保証は、どこにもない。

もしかすると、創作物の神様特有の謎ルールで、帰ることが出来ないかもしれない。

だが、聞かずにはいられなかった。

イサムの問いに、ナナは間髪入れずに返す。


「そんなの、決まってるわよ。

あの子に会って、話がしたいわ。

あんな死に方してごめんなさいって。

ずっと大好きだよって、ずっと親友だよって、抱きしめてあげたい。

恥ずかしくて言えなかった事、やれなかった事、たくさん言いたいし、たくさんしたい」

「……だな」


2人の間に、何とも言えない雰囲気が漂う。

暫しの沈黙が漂う。

重苦しい話をしていた分、気まずい。

どう会話を続けようか、と2人して悩んでいると。


突如として、世界が揺れた。


「おわっ!?」

「きゃっ…!?」


重低音が、地下農場の中に響く。

2人は慌てて窓を開け、轟音の元を探した。


「ぼーむっ!!」

「「………は???」」


そこにいたのは、デカいキノコだった。


マイタケに近い、わしゃわしゃとした傘。

その一本一本に、危険性を訴えるかのように鎮座する謎の髑髏マーク。

全身全霊で「どうも!やばいキノコだよ!」と主張するような風貌だ。

極めつけには、柄の部分に鎮座する、威圧感を感じる顔。

どう考えても普通のキノコではない。

異世界にはこんなキノコもいるのか、と2人が思っていると。


「2人とも、離れろ!!爆発するぞ!!」

「は…?」

「ナナっ!!」


べコンの叫び声が轟いた。

ワンテンポ、理解が遅れたナナの手を、犬と猫を肩に乗せたイサムが握る。

引っ張り込み、しゃがんだ直後。

ぼんっ、と音を立て、爆煙がプレハブ小屋の台所に充満した。


「げほっ、げほっ…!」

「とりあえず、外出るぞ…!」


ここは危ない。

2人はプレハブ小屋から出ると、大急ぎでべコンの元へと駆け寄る。


「べコンさん!あれなんすか!?」

「体の紋様から言って、奴らの仲間ではなさそうだが…。

こんな生物、私も見たことがない…!」


彼らには知る由もないことだが、このキノコも、廃人が育て上げたモンスターのうちの1匹であった。

名前は「ボンバイタケ」。

名の通り、イライラすると火薬の成分に近い胞子を撒き散らし、手当たり次第に爆撃を仕掛ける生態を持つモンスターである。

誰が呼んだか、「歩く迷惑」。

特徴としては、数多くのモンスターの中でも上位に位置する高い防御力と、物理ダメージを負うごとにランダムでダメージを与える専用パッシブスキル「爆発胞子」を有していることか。

無論、弱点も多数ある。

が。もちろん、彼らがソレを知るはずもなく、ボンバイタケが放つ胞子を避けることで精一杯だった。


「ぼーむっ!!」

「うぉわぁああっ!?

爆撃機かよアイツ!?」

「くそっ…!田畑に影響が出たらまずいぞ…!」


今のところ、田畑に目立った影響は出ていないが、ソレも時間の問題だろう。

一刻も早く、目の前のキノコを倒さねば。

べコンはスーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外す。


「べコンさん!」

「案ずるな!豚型の獣人は純人の数倍は頑丈だ!爆発程度で怯みはせん!」


べコンは言うと、真っ直ぐにボンバイタケへと駆けていく。

途中でボンバイタケが放った爆撃が直撃するものの、べコンは動ずることなく距離を詰めていく。

と。爆発で止まらないと悟ったのだろう。

ボンバイタケは、がぱっ、と口を開き、その口腔から火を吹いた。


「ぁあっち!?あつっ、あつっ!?」

「べコンさんがこんがり焼かれてる…」

「ンなこと言ってる場合か!!」


放たれた火に炙られ、熱がるべコンを前に、能天気に呟くイサム。

いくらベーコンをもじった名前とは言え、今の状況で放っていい言葉ではない。

ナナはイサムの頭を叩いたのち、おろおろしている犬と猫に目を向けた。


「犬、猫!どうにかできないの、あれ!?」

「ぎ、ぎがぁ…」

「みぃー…」

「無理っぽいな」


揃って首を横に振る2匹に、ナナは思わず頭を抱える。

と。ナナは弾かれたように猫に迫り、その両肩に手を置いた。


「犬はとにかく、猫!!

アンタ、あの時みたくライオンになれないの!?」

「みぃす…」

「無理って言ってるな」

「だーーーっ!!なーんの力もない私らにどーしろってのよ!!」


彼女の叫びに呼応するように、ぼんっ、ぼんっ、と周囲を爆発が襲う。

なんにせよ、このままいいようにやられるわけにもいかない。

しかし、相手のことがわからない上、近づくこともできない以上、なにか具体的な解決策があるはずもなく。

流石に詰みか、と思ったその時だった。


ぐぉおおおっ、と、あまりに情けない咆哮が、キノコの腹部から放たれたのは。


「………もしかして、腹減ってるだけか?」

「…キノコって、お腹減るっけ?」

「知らんけど、減るんじゃね?

顔あるし、ぼむって鳴くし」

「ぼむむむむむ、ぼーーむっ!!」


怒る狂ったように、キノコが吠える。

が。先程の音を聞けば、それが「頼んだ定食が来なさすぎて、外聞を気にせずブチギレてる客」にしか見えない。

先ほどまでの緊張感が霧散した2人と2匹は、畑に並ぶ人参へと目を向けた。


「…ちょっと試してみよーぜ。

べコンさーん!この畑のにんじん、一つだけ取りますねー!」

「そ、それは構わないが…」


べコンの許しを得たことで、イサムは畑へと入り、人参を抜く。

土がついているが、洗っている暇もない。

イサムは爆撃の中を駆け出し、キノコの元へと向かった。

が。それを許すほどの器量を、種族レベルで持ち合わせていないキノコは、先ほどと同じく、口から炎を吐き出す。


「うぉおおおっ!?」


ずざっ、とその場でスライディングをかまし、なんとか避けるイサム。

服が破け、すこし皮が抉れたが、問題ない。

血が滲んだ足を上げ、イサムは人参を持った手を、キノコの口目掛け突き出した。


「食いやがれぇえええっ!!」

「ぼむっ!?」


その口を塞ぐように、軽く炙られた人参が突き刺さる。

キノコは口に詰め込まれた人参に目を剥くも、それが食べ物であると認識した途端、爆撃をやめ、咀嚼を始める。

これで腹は埋まったはずだが、口に合わなければ再び暴れ出すだろう。

イサムたちがいつでも取り押さえられるよう、身構えていると。

キノコは途端に優しい顔つきになり、その場に座り込んだ。


「ぼーむっ」

「………っはー…」


どうやら満足したらしい。

人参一個で済むあたり、胃袋は小さいようだ。

イサムたちは大人しくなったキノコを前にへたり込み、息を吐き出した。


「腹減ってるだけのキノコでこんだけヤベーとか、異世界やべー…」


異世界は異世界でも、ゲームの世界からやってきたキノコである。

そんなことなど知らない3人は、危機に瀕した世界を悲観し、ぽっかり穴の空いた地下農場の天井を仰いだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


モンスター研究書58ページ

名前:『ボンバイタケ』

学名:ボマーグリフォラフロンドサ

属性:火

弱点:雷、光


概要及び生態…砂漠地帯に生息しているモンスター。

キノコに近い風貌ではあるが、実は全く違う種族であり、乾燥した土地を好む。

傘に描かれた髑髏の模様が禍々しいほど長生きで、凶暴な個体。

普段は温厚だが、一度空腹になると非常に短気且つ獰猛になり、飼育の際は十分な注意が必要。

その胞子は火薬に近い成分が含まれており、ボンバイタケの思うがままに爆発する。

胞子を水に浸したのちに乾かせば、一グラム五千円はくだらない極上のスパイスとなる。

ある料理人がボンバイタケそのものを食そうと火にかけたところ、数秒も経たないうちに大爆発を引き起こし、街一つを更地にした記録がある。

以上、19XX年発売のゲームソフト「ファンタジック・モンスターズ」より抜粋。


対戦時評価…クソ耐久。高い防御力のせいで弱点属性で殴っても倒れないし、専用パッシブスキル「爆発胞子」と、そこそこあるエネルギー攻撃力により、こちらの体力がゴリゴリ削られる。

一方でエネルギー防御は極端に低いので、そちらから攻めよう。

以上、20XX年掲載「ファンタジック・モンスターズ対戦wiki」より抜粋。

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ラノベみたいな世界観に育成ゲームキャラスペックを持ち込むな!! 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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