第3話 人、もといオークを見た目で判断してはいけない

「よっ、と。ありがとな、ライオン!

…ナナ、大丈夫か?」

「むり…。むり…」


獅子の手から降ろされたイサムは、グロッキーになったナナの背を優しくさする。

神による転生を果たしたとはいえ、三半規管にその加護は宿らなかったらしい。

イサムはナナの体調を気遣いつつ、あたりを見渡す。

眼下に広がるのは、人の町。

ところどころテントが張ってあり、現代と遜色ない…否、現代より少し進んだ機械もちらほら見られる。

イサムは視線を獅子へと戻し、笑みを浮かべた。


「あんがとな。人のいる場所に連れてきてくれて」

「みぃす…、みっ…」

「ライオン!?」


ふらっ、と獅子がたたらを踏み、膝をつく。

先程の戦いで傷を負ったのか。

イサムがそう考えているうちにも、その体がゆっくりと縮んでいく。


「縮んでんぞ!?

どうすりゃいいんだ、こう言う時!?」

「いや、私も縮むライオンなんて初めて見るし、どうにも…」


2人があたふたしても、体の縮小は止まらず。

獅子の体は、いつしか子猫と遜色ないものとなっていた。


「にーっ」

「………猫になった」

「いや、猫なの、これ…?」

「ライオンも猫の仲間だし、そういう種類なんじゃね?」

「稲城、あんた適当すぎない?」

「バカだから細かいことはわからん!

だったら、わからんなりに納得しといた方が楽だ!」

「その潔さだけは認めるわ…」


どこの世界に足が剣になってる、二足歩行のライオンが存在するというのだ。

そんなことを思いつつ、ナナはイサムが見据えている町へと視線を向ける。


「…復興途中って感じね。

私たちみたいなの、拾ってくれるかしら」

「ま、頼むだけ頼んでみようぜ。

無理だったらちょっとの飯だけ分けてくれって頭下げまくって、別んとこ探せばいいし」

「ぎがっ!」

「にぃー!」

「…気楽すぎよ、アンタ。

そう簡単な話でもないでしょうに」


ただでさえ、犬と猫というネックになりそうな2匹を連れてるというのに。

接触した時点で、犬と猫は食料に回される可能性すらある。

海外では普通に食べている国もあると聞き及んでいたがために、ナナがそんな危惧を抱いていると。


テントの中から、とても人とは思えない怪物が出てきたのが見えた。


「お、オーク…」


一言で言えば、それは人に近い骨格の豚…オークであった。

ただ、ゲームで見るような見窄らしい格好ではなく、まるでビジネスマンであるかのようにきっちりした服装をしている。

だらしなく見える腹部も、シワのないスーツとネクタイのおかげか、気品を纏っているように思えた。


「一気に異世界っぽくなってきたな。

…あの体型の割に、めっちゃピシッとした格好だわ。リーマンみてぇ」

「やめときましょう。

最悪、一緒に煮込まれて食べられるわよ」

「でも、ここしか頼れるとこねーだろ。

ほら、行くぞー」

「そうだけど…。はぁ…。

もういいわよ、それで…」


煮込まれるか、奴隷にされるか。

どっちに転んでも最悪には違いないが、餓死よりはマシな気がする。

そんな考えに突き動かされるかのように、ナナはイサムの後に続いた。


「あのー、すんませーん。

食べ物、分けてもらえますかー?」

「ん…?」


イサムが砕けた口調で声を張り上げると、オークの視線がそちらに向く。

と。オークは途端に目を丸め、慌ててイサムの元へと駆け寄った。


「ぶ、無事だったのか!?

あの攻撃の中で!?!?」

「え?なんのことっすか?」

「なっ…!?ああ、いや…。そ、そうか…。

そうだな…。あそこまで惨い光景だったのだ…。記憶が混濁しても無理はない…」


なにか勘違いされてる。

異世界人だと説明すべきか、とイサムがナナに問うよりも先に、オークが彼らの背をさすった。


「なにはともあれ、よくぞ生きてここまで来てくれた!

暖かいスープも、風呂だってあるぞ!

ゆっくり休むといい!」

「……あ、ありがとう、ございます」

「めっちゃいい人だ…」


聖人の生まれ変わりだったするのだろうか。

人は見た目…いや、オークは見た目によらないな、と思いつつ、2人は促されるがまま、テントへと入る。

そこに人の姿はなく、あるのは地下に通ずるであろう、下に降りる階段。

2人はオークに続き、階段を降り始めた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


階段を降りると、そこには田畑が広がっていた。

天井には太陽に近い優しい光の玉が鎮座しており、作物は生き生きとしている。

2人と2匹が不思議そうにそれを見つめるのを前に、オークが軽く頭を下げた。


「ドブンリー共和国にようこそ。

私はこの国の大統領を務めるべコン・エッハムグという。

…残った領土は、この地下農場だけではあるがな」


なんとも美味しそうな名前である。

そんな感想が浮かんだが、ナナは口を塞ぎ、その言葉を飲み込む。

が。中身が小学3年生のまま止まったイサムは、ナナの気遣いなど知ったことかと言わんばかりに口を開いた。


「なんか美味そうな名前っすね」

「ちょっと、稲城…!」

「そうだろう、そうだろう。

最高の褒め言葉だ」

「……あの、それでいいんですか?」


自分の名前が「美味そう」と言われて、気をよくする神経が理解できない。

ナナが怪訝そうな表情で問うと、べコンは苦笑を浮かべた。


「そういう文化なのだよ。

この国に初めて訪れた純人は決まってびっくりするが、生まれた子供が飢えることがないようにと願いをかけて、食べ物をもじった名前をつけるのだ」

「案外しっかりした理由だった…。

……あの、『純人』ってなんですか?」

「おや…。そうか、そこまで忘れてしまっていたか…」

「いや、忘れたんじゃなくて知らなくて…。

唐突に神様にこの世界にぶち込まれて、右も左もわからん状態で…」

「全部言うな!!」


すぱぁん、とナナがイサムの脳天を引っ叩く。

べコンはその光景に驚きながらも、納得が行ったように頷いた。


「ああ、異世界人なのか…。

攻撃が一区切りついたタイミングでこちらに来るとは、運がいいのか悪いのか…」

「あの…この世界って、異世界人よく来るんですか?」

「来るとも。私の亡き祖父も、大日本帝国という国の兵士だったと聞く」

「異世界転生って、そんな前からなんだ…」


ざっと見積もっても、80年は前だ。

となれば、この世界において、異世界転生というのは珍しい事例ではないのだろう。

なら遠慮は要らないか、と、ナナはべコンに続けて問うた。


「この世界についてと、今何が起きてるか、教えてくれますか?

私たち、神様に『なんとかして』とだけ言われて放り込まれた身でして…」

「はぁー…。おっちょこちょいまで伝説の通りなのか、我々の神は…」

「…………」

「こっちの人から見てもおっちょこちょいなんだな、あの神様」


おっちょこちょいどころではない。

アホの言うことを真に受け、世界滅亡級の失敗をしでかした、とんでもないドアホである。

そんな事情など知らないナナとイサムは、呆れを込めたため息を吐く。

と。それをかき消すように、腹の虫が特大級の鳴き声をあげた。


「…こんなところで立ち話というのも失礼だな。

すぐに食事を用意する。この世界のことについては、食卓で話すとしよう」

「何から何まですんません…」


♦︎♦︎♦︎♦︎


世界には7つの種族が存在する。


『ラストリデ王国』を中心に発展する、神の祝福を受け、最大の文明を築き上げた純粋なる人…「純人」。


『ドブンリー共和国』を中心に発展する、自然と共に生き、世界の食糧事情の大半を一身に担う「獣人」。


『エンセン同盟』を中心に発展する、空と共に生き、世界の物流を厳しく管理する「翼人」。


『ジバイアス帝国』を中心に発展する、海と共に生き、水質を管理する役割を担う「海人」。


『レージカーノ学院国』を中心に発展する、知識の探究に貪欲で、世界の全てを解明すべく、日夜頭を捻る「識人」。


『マキウス公国』を中心に発展する、識人により生み出され、機械部品や消耗品の製造を担う「機人」。


『ミィーズ公国』を中心に発展する、美の追求に全てを捧げ、芸術の発展に邁進する「花人」。


7つの大国と、それに追随する、合計100を超える属国。

彼らは時に争い、時に手に取り合いながら、2500年もの歴史を歩んできた。


その歴史が唐突に終わったのが、つい1週間前。

突如として空から降ってきた怪物により、数多の小国は根こそぎ消し飛び、大国もほとんどが壊滅状態。

そんな危機に訪れる神はおらず、もはや人類は終わりに近づいている。

いや。もうとっくに終わっていたのかもしれない。

逆転の目処は立たず、定期的に行われる攻撃により、ただ蹂躙されているだけなのだから。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「…とまぁ、これがこの世界の現状だ。

怪物については、私たちの方が知りたいくらいで、何の情報もないのだ。

…満足いく説明が出来ず、申し訳ない」


言って、深々と頭を下げるべコン。

それに対し、頬にご飯粒を付けたイサムは、慌てて「頭あげてください!」と声を上げた。


「謝るのはこっちっすよ!

そんな状況なのに、こーやって飯まで出してもらってんですから!」

「ええ。どこの馬の骨とも知れない二人組と、普通じゃない犬猫相手にこんな高待遇、良かったんですか?」


先程の話を聞く限り、破格などという表現では足りぬほどの高待遇だ。

ナナが問うと、べコンは哀愁を纏った笑みを浮かべた。


「気にすることはない。余ってしまったものだからな。

…食べる人間が居ないのだ。君たちに食べてもらった方がずっといい」

「?」

「しぃっ…!」

「あでっ」


ナナは首を傾げたイサムを肘で小突き、軽く睨め付けた。

本来ならば、この食事を食べるはずだった人間が居たのだろう。

べコンに近しい人間か、それともただの部下か。

なんにせよ、聞いて気持ちの良い話題ではないのは確かだ。

2人と2匹は食べ終えた皿を前に手を合わせ、「ごちそうさま」とべコンに頭を下げる。

べコンはそれに「おそまつさま」と、少しばかり寂しげな笑みを浮かべた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「ぼーむ!ぼーむ!ぼーむ!」


地下農場から少し離れた荒地にて。

能天気な声に呼応するように、どかん、どかん、と轟音が響く。

火花と共に飛び散るのは、黒い怪物の残骸。

爆炎に照らされたその巨大なシルエットは、茸類に類似している。

ソレは髑髏が描かれた傘を振るわせ、天へと吠えた。


「ぼーーーーむっ!!」


ソレがドブンリー共和国の最後の希望へと到着するまで、あと5分。


♦︎♦︎♦︎♦︎


モンスター研究書58ページ

名前:『??????』

学名:???

属性:???

弱点:???


概要及び生態…???


対戦時評価…???

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