第2話 転生者「転生するにしても場所選べ」

「出ろーーーっ!!」


焦土にバカ全開の叫び声が轟く。

両手を前に突き出し、叫び散らした少年は、そのままの体勢で固まる。

10秒、20秒、30秒と時間が過ぎていくたび、居た堪れない空気が漂う。

軈て、少年のそばに控えていた少女が、冷めた声を発した。


「何も出ないわね」

「だーっ…。特典は無しかー…。

ま、あんな死に方だもんなぁ…」


少年と少女は転生者であった。

「取り敢えずなんとかして!」と、なんの説明も受けないままに滅亡寸前の世界に放り込まれた2人は、深いため息を吐く。


「やっぱり、転生特典なんてweb小説の中だけじゃない。

身一つで異世界転生…、しかも、こんなシャワーも無さそうな世界にって…。

どんな嫌がらせよ、全く」

「なんかいちいち棘あるよな、お前…」


鼻につく物言いの少女に、呆れた視線を向ける少年。

それに対し、少女は鋭い目つきを更に細め、彼を睨んだ。


「お前じゃなくてナナ。浅河 ナナ。

声も動きもうるさいアンタは?」

「稲城 イサムだ!よろしく、浅河!」

「苗字はやめて。嫌いなの」

「そーなんか?…ま、よろしくな!ナナ!」


言って、ナナに握手を求めるイサム。

それに対し、ナナは拒絶の意を示した。


「握手も結構。バカがうつりそう」

「え?なんで俺がバカって知ってんの?」

「…………もういいわ」


嫌味が通用しないバカは初めてだ。

そんなことを思いつつ、ナナは辺り一面を見渡す。

地平線までもがまっさらだ。

何かに踏み潰され、平されたような大地。

どこまでも広がる死した世界。

ここに人類は2人しかいない。

そんな考えさえ浮かんでくる、絶望的光景。

気が滅入るような状況のはずなのだが、イサムは特に気にすることなく、「おー、空がやべー色してるなー」と能天気に呟いた。


「…稲城。状況わかってる?」

「神様に『世界やべーからなんとかしろ』って言われて転生して、今はここに2人ぼっち」

「……わりと分かってんのね、アンタ。

深刻には感じて無さそうだけど」

「いや、なんもねー分マシっつーか…。

少なくとも、前世よかマシ」

「どんな前世送ってたのよ…」

「親がギャンブルと酒と風俗にどハマり。

アブナイ薬までヤってて、イライラしたら俺をぶっ叩いてくる。

最終的には一家心中で俺だけ生き残って、そっから激烈にいじめられて飛び降り自殺」

「…なんか、ごめんなさい」


想像以上の闇が出てきた。

あっけらかんと吐き出されたソレを前に、さすがのナナも頭を下げる。

ソレに対し、イサムは明るい笑みを浮かべた。


「前世のことだしいいって!

幽霊生活長かったから、こーやって歩くのも久々の感覚だし!」

「……ごめんなさい、態度悪くて…」

「俺の親よりマシだ!!」

「………」


話せば話すほど居た堪れなくなってきた。

なんとも言えない表情を浮かべたナナは、軽く咳払いし、「ところで」と話を切り替えた。


「転生特典もなしにどうにかしろって、なにすればいいんでしょうね」

「さあ?神様のこと考えても、人間の俺らにゃ、わかりっこないだろ。

案外、ただのミスだったりするかも知れないし」

「ただのミスで、第二の人生が秒で終わりそうなのだけど。

排泄とかはそこらへんですればいいとして、ご飯とかどうするのよ」

「土は栄養満点って聞いたぞ」

「調理しなきゃ無理に決まってんでしょうが」


今はまだいいが、腹が空いてきてからが問題だ。

見たところ、近場にはペンペン草すら生えていないため、餓死する可能性が高い。

なんてところに転生してしまったのだ、とナナが頭を抱えていると。

イサムが何かに気付いたのか、「おっ」と声を上げた。


「なんか丸っこいのが倒れてるぞ」

「え?」


ナナがそちらを見ると、確かに丸い…というより、楕円形のシルエットが横たわっているのが見える。

先ほど見た時には居なかったはず。

ナナは怪訝に思いつつ、イサムに問うた。


「私、近視だからよくわからないのだけど、食べられそう?」

「……や。あれ、犬じゃね?

ああいう種類のやつ、図書室の図鑑で見たことある。

ちょっと行って見てみようぜ」

「あ、ちょっと…」


不用意に近づいていいものか。

ナナがそんな不安を吐き出すより早く、イサムがその手を握り、横たわったシルエットへと駆けていく。

少し走ると、イサムの言う通り、シルエットの正体が犬であることがわかった。


「ポメラニアンね。

…あんな毛色の品種、居たかしら…?」

「犬ー!大丈夫かー!!」

「バカ!ちょっとは躊躇いなさい!!」


無謀としか思えない行動を諌めるも、イサムは気にせずにポメラニアンに駆け寄る。

近づくたび、そのポメラニアンが頭から突っ込んだかのように、地面にめり込んでいるのがわかる。

イサムはその元に辿り着くと、軽く地面を掘り起こし、ポメラニアンを引き上げる。

どうやら眠っているらしい。

優しく土埃を払い、イサムはマジマジとその風貌を見つめた。

図鑑で見た宇宙のような、深い藍色の毛並み。

ところどころ、星が浮かんでいるように、金色に輝いている。

とても普通の犬とは思えぬそれを、イサムはあろうことか、本気で「そういう犬だ」と認識した。


「おぉー…。犬って可愛いなぁ…」

「……絶対に犬じゃないわよ、それ。

ここが更地になった元凶だったりするわよ」

「えー?こんな可愛いのがー?」

「異世界よ、ここ」

「異世界でも可愛いもんは可愛いだろ」

「…稲城って、パンダに近づいて殺されるタイプよね」

「???」


ダメだ。嫌味が通じないんだった。

鬼が出るか、蛇が出るか。

ナナがそんなことを思っていると、ぱちっ、とポメラニアンの双眸が開く。

星のような、美しい色だ。

ポメラニアンは2人をマジマジと見つめた後、イサムの腕を舐め始めた。


「おわっ、ははっ。くすぐってーよ」

「無警戒ね。この犬もアンタも」


舌に毒があったらどうするんだ。

そんなことを思いつつ、ナナは今後のことを思案し、途方に暮れる。

どう考えても詰んでる。

2人分の食事どころか、1匹分の食事も用意できない。

かくなる上は、このポメラニアンを掻っ捌いて食べるかだが…。


「……無理よね」

「ぎがっ?」

「あれ?なんか変な鳴き方だな、お前」

「がぉん!」

「…人間にだっていろんな奴がいるしな!犬もお前みたいな奴がいて当然か!」


無理だ。こんな得体の知れないものの肉を食えるわけがない。

焦土で戯れる、状況を理解して無さそうな1人と一匹を前に、ナナは深いため息を吐く。


「で、どうすんの?

適当にどこか向かってみる?

ざっと、あの地平線の向こうまで歩かなきゃダメっぽいけど」

「んー…。じゃ、そうするか!」

「…アホなの?食料がないって反論くらいしなさいよ」

「あ、そっか。忘れてた。

犬もお腹空くのはヤだもんなー」

「んぎがっ!」

「脳みそが小学生で止まってんの?」

「俺、享年10歳だぞ。

8年くらい親友の守護霊やってた」

「言わなくていい。居た堪れないから」


ノリに対して、飛び出す過去が重い。

死んですぐに転生できた自分は恵まれてるのだな、と思いかけ、すぐさま現状を思い出して首を横に振る。

少なくとも、恵まれてはいない。

兎にも角にも、こんなところで立ち往生してるわけにもいかない。

ナナは「行くわよ」と遊ぶ2人に告げ、一歩を踏み出す。


と。その時だった。

ナナに覆い被さるように、上空に黒い影が現れたのは。


「危ねぇ!!」

「きゃっ…」


慌ててイサムがその手を引き、ナナをこちらに抱き寄せる。

と。それとほぼ同時に、黒の塊が、ずんっ、と音を立てて地面にめり込んだ。

あのままだったら死んでいた。

そんな恐怖が急に襲いかかり、ナナは息が詰まるような感覚に陥る。


「ナナ、大丈夫か!?」

「は、はっ…。はぁっ…。はっ…。

や、やっ…。いやっ…。こ、ころ、殺さないで…っ」


ナナの脳裏に、前世の記憶が蘇る。

廃工場。怒る男女。額に押し付けられた、あの冷たさ。脳みそが穿たれる感触。

そんなナナの様子など知ったことか、と言わんばかりに、黒い影がのっそりと起き上がる。

一言で表すとすれば、それは恐竜だった。

一度は見る三本の角に、大きく後ろに広がった頭部。

どこから見てもトリケラトプスであるが、その角は円柱状になっており、ぽっかりと穴が空いていた。


「グオオオオっ!!」

「ひっ…」

「ナナ、逃げるぞ!!」


動けなくなったナナとポメラニアンを抱え上げ、イサムはその場から駆け出す。

トリケラトプスもどきはそれを追いかけることはせず、その角の先端を、イサムの後ろ姿に向けた。


「あれもしかしなくても大砲か!?」

「グオォン!!」

「うぉわああっ!?」


どっ、と重い音が響き、間髪入れずにイサムの背後で爆発が起きる。

着弾式のランチャー。当たれば、ミンチになるのは間違いだろう。

イサムは浮かんだ体がバランスを崩さないように着地し、そのまま駆け出す。


「がぉ…」

「い、いな、き…」

「心配すんな!絶対に逃げ切る!」


どこにも保証のない一言を吐き捨て、イサムは一心不乱にトリケラトプスから逃げる。

一方のトリケラトプスは、まるで弄ぶかの如く砲撃を繰り返し、下卑た笑みを浮かべていた。


「ちっくしょ…!

アイツらと似たような笑い方しやがって…!

人をいじめてそんなに楽しいか、こんにゃろ…!!」

「………がぉ」


尻目でそれを見やり、苦言を呈するイサム。

と。何度目かもわからぬ爆発により発生した風が、その体を掻っ攫った。


「うぉわぁっ!?」

「きゃっ…」

「がぉっ!?」


2人と一匹が宙に浮かび、地面に転がる。

トリケラトプスは遊びは終わりと言わんばかりに角に光を集め、その先を彼らに向けた。


「くそっ…!仮にも神様転生した体だ!壁にはなるだろ!」


イサムは言うと、ナナとポメラニアンを寄せ、それを庇うように抱きしめる。

短い第二の人生だった。

今度死んだら、あの神様に文句を言ってやろう。

そんなありきたりな文句が思い浮かぶ中、ナナの問いかけるような瞳と目が合った。


「な、んで……?」

「命を守るんだぞ!命懸けなきゃ、ほかになに懸けろってんだ!!」


脳裏に浮かぶのは、8年もの間、霊として守ってきた親友の姿。

何度傷付こうが、何度死にかけようが、二度と取りこぼさなかった男。

生まれ変わったら、彼のようになりたい。

彼のように、誰かのために命を捨てられるような人間になりたい。

そんな憧れと使命感が、イサムを突き動かしていた。


「グオォ!!」


どっ、と音が鳴る。

迫り来る死を前に、イサムが目を瞑った、その時だった。


「きがぉおおおんっ!!」


そんな咆哮が、腕の中で轟いたのは。

瞬間。爆風がイサムの背中を撫でる。

だが、恐れていた激痛も、熱気も来ない。

怪訝に思ったイサムが、恐る恐るそちらを向くと。


「……みぃす…!」

「…なんだ、あれ…?」


剣のように鋭い脚を持つ、二足歩行の獅子が、そこに佇んでいた。

王冠のような立髪に、図鑑で見た宇宙のような、赤と青が入り乱れた毛並み。

スマートな上半身に反し、敵を蹴り、切ることに特化しているのであろう、剣と一体になった大きな脚。

自身を転生させた神よりも遥かに上位に位置する神だと言われても、納得できる神々しさが、それにはあった。


「ぎおんがっ」

「…………みぃす」


ソレはポメラニアンの鳴き声に応えるように頷くと、クラウチングスタートのような姿勢を取る。

なにか、まずい。

そう判断したのだろう。

トリケラトプスが残った2本の角も含め、弾幕を打ち出す。


「おい!えっと、ライオン!

危ねぇぞ!!」

「みぃす」


心配無用。

そう返すように小さく鳴くと、獅子の姿が一瞬にして消える。


刹那。世界が切断された。


どぱぁっ、と、細切れになった弾幕とトリケラトプスが飛び散る。

あまりに現実感のないその光景を前に、イサムが惚けていると。

その頬に、ポメラニアンが舌を押し付けた。


「がおっ!」

「……あ、ああ。助け、呼んでくれたのか。

ありがとな」

「みぃす」

「お前もありがとな、ライオン。

死ぬかと思った…」

「みぃす」

「わ、ぁわわっ…!?」

「え、なに?なになに…!?」


イサムが礼を言い終わるより早く、獅子がその両腕で2人と一匹を抱え上げる。

2人が怪訝な表情を浮かべる中、ポメラニアンはその小さな手を前に突き出し、吠えた。


「がおーーーっ!!」

「みぃす!」


と。2人を取り巻く世界が、線へと変わった。


♦︎♦︎♦︎♦︎


モンスター研究書462ページ

名前:『ミロンドゥス』

学名:ムンドゥススミロドン

属性:闇

弱点:無し


概要及び生態…世界に異常がないか、監視する役割を担うモンスター。

足を覆う剣は、漏れ出たエネルギーが変化したもので、これで空間ごとあらゆるものを切り裂く。

宇宙の闇からエネルギーを吸収し、生命活動を維持している。

宇宙に存在しているブラックホールは、ミロンドゥスが斬撃を放った跡だという説がある。

ミロンドゥスの側には必ず、ギンロードを従えた人間がいたことが確認されている。

力を失うと、赤子の猫のような姿になる。

以上、20XX年発売のゲームソフト「ファンタジック・モンスターズ ワールド」、「ファンタジック・モンスターズ コズミック」より抜粋


対戦時評価…主人公みてーな性能その2。コズミックワンちゃんも無法だったが、こっちも同レベルの無法。

専用スキル「ジャッジメントレイ」で敵を攻撃すると共に回復までこなすし、専用パッシブスキル「闇の王」で闇属性耐性を一段階下げてくる。幸いなのは、相方ほどの火力がないことか。ワールドにゃんこ、加減しろ。

以上、20XX年投稿「ファンタジック・モンスターズ対戦wiki」より抜粋。

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