ペット・ボトル

武江成緒

ペット・ボトル




――― さあ、コロ、行くよ!


 首につけたリードを引くと、コロはその名前のとおり、コロコロ走りよってきて、私の足元を通り抜けると、そのまま道路にまで走り出して、


――― 早く行こう。


 と、催促でもしてるみたいに少しはねる。


 なんだか楽しくなってきて、コロのあとを追いかけて走り出す。




 ちっちゃなコロをあっという間に追い抜き返してやったけど、コロはコロコロ鳴きながら、一生懸命、後ろを追いかけてくる。


 すっかり追いかけっこになった散歩コースを走ってゆくと、ちょうど隣のおばさんが向こうから歩いてくる。


――― こんにちは。


 そう挨拶したらおばさんは、何だか暗い顔になって、それでも横目でちらちらと私とコロを見ながらさっさと行っちゃった。


 それからしばらくコロと散歩コースをあるきながら、いろんな人とすれ違ったけど。

 みんな暗い顔したり、ギョッてした顔になったり、こっちに顔をみせない人ばっかりだった。




 そうじゃないのに会ったのは、城址公園に入って、奥の林をとおる小道をしばらく歩いたときだった。


「なあ、小島。おまえそれ、あたしらへの当てつけのつもり?」


 クラスの女子のボス的な存在のタカグチと、その子分の連中だった。


「それともマジでキチガイにでもなったのかよ。

 なにがコロだよ。それ、あのトロいバカ犬の、シッコ流す用のペットボトルじゃん。

 リードまで結んでさ。そんな空気しか入ってねえ、きたねぇボトルが、あのバカ犬だと思ってんのかよ」


 ワケわかんないこと、どなってるタカグチの口はヘンなふうに引きつってた。

 また新しい“イジリ”かと思ったけど、べつにイヤでも、お腹がキリキリするような気にもならない。


 足元でコロがまたコロコロ鳴く。


 ああそうか。

 こいつ無理やり笑おうとしてるんだ。

 今日はこいつらがお腹キリキリさせてるんだ。

 なんとなくそれがわかった。




「マジでいい加減にしろよ。

 お前が学校にも来ねえで毎日そんなアタマおかしい事してるせいで、あたしがマキタに呼び出されて、何だかんだ聞かれたじゃねえか。

 それも朝の会、みんなの前で『放課後、職員室に来い』って、あのハゲ、言いやがったんだぞ。

 どう責任とる気だよ、おまえ」


 わからない。

 こいつらの言うことは、一から十まで意味がわからない。

 コロがコロコロ鳴く声のほうが、ずっとよくわかる。




 と、ひきつってたタカグチの口が、ようやく笑い顔らしくなった。

 ああ、イヤな笑い顔だ。

 なんでイヤかって、この女がこんな感じに笑うときは、だいたい悪いことがあるんだ。


「だいたいさ、あのバカ犬が死んだのは、もともとアンタのせいなんじゃん。

 あの日、うちらがアンタと遊んでやってたら、あの犬、いきなり走って吠えついてきてさ。

 あたしらがセートーボーエーでコーラ入ったペットボトル投げつけたら、あのバカ犬、顔面ヒットしてさ」


 コロが鳴く。

 痛そうな声で鳴く。


「噴きでたコーラそのまま顔にくらいやがって、パニクって道路へ飛びでて、そのまま車にひかれたんじゃん。

 あのときはマジ笑ったわぁ」




 まわりがイヤな笑い声でいっぱいになる。


――― あたしら別にわるくないよーぉ。

    犬のくせに、あんなん顔でキャッチするあのマヌケ犬が悪いんだろ。

    そんぐらい、アンタがしつけときゃ良かっただけだろ。


――― ペットは飼い主に似るってゆうじゃん。

    アンタのトロいのがあの犬に感染うつったんじゃね?

    ああー、カワイソー。


――― アンタが殺したようなもんなんだからよ。

    ワケわかんねえ妄想モーソーで、あたしらにまで迷惑かけてんじゃねえよ。




――― うるさい。

――― うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。


 コロが鳴く。

 あの日とおなじ、おとなしかったあの子がはじめてキバを剥いて見せたときとおんなじに。

 グルグルグル……といううなり声で。




 私がリードを引いたのが先か、コロがはねたのが先か。


 コロのちっちゃな体があの車よりもはやく、タカグチに飛びかかる。


――― うわっ! っ……!


 きったね、なんていう言葉を吐く前に、タカグチのは真っ赤な血を飛び散らせた。

 あの日に見たより、血はいきおい良く飛び散った。


――― ひっ……!

――― なんで!? ただのペットボトルじゃん?

――― 違う! 犬が! あいつだあいつだあいつだ犬の幽霊が


 リードはぶんぶん回りつづけ、コロは次々と周りのやつらに飛びかかり。


 気がつくと、あたりはすっかり静かになってて。

 あの日にかいだびた鉄棒みたいな臭いと、赤いものとでべっちゃりと塗り潰されてた。


 自分も真っ赤になりながら、コロは転がって戻ってくる。


――― まったく、こんなによごして仕方のない子。

    遊ぶときはお行儀よく、っていったでしょ。


 コロの体をそっと抱きあげる。

 ずっしり重くなってたコロの体には、やっぱり赤いべっちゃりとしたものがいっぱい詰まってて、その表面には私の顔が映ってた。


 私の顔は、さっきのタカグチよりも、きゅっ、って引きつってて。

 その口からは、あの日のコロにそっくりのキバが生えていた。


 グルグルグル……。

 そんな声が、私のから鳴っていた。


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ペット・ボトル 武江成緒 @kamorun2018

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