ふともも太郎
蟹場たらば
「これが桃太郎を元にした脚本なんだけど」「だからうまくねーって」
幼馴染の男友達を部屋に上げると、俺は早速用件について尋ねた。
「で、相談ってなんだよ?」
「妹の幼稚園の集まりで、保護者が出し物をすることになってな。いろいろ考えたんだけど、俺は読み聞かせをすることにしたんだ」
こいつの家は、両親+四男二女の大家族だった。それで上は高二のこいつ、下は話にも出た幼稚園児の妹という風に、きょうだいの年の差が大きかったのである。
「でも、『桃太郎』とか『シンデレラ』とかは定番で、もう何度も聞いてるはずだろ? それも話すのが上手い保育士さんから。だから、俺はオリジナリティで勝負しようかと思って」
「いいんじゃないか。みんな喜ぶと思うぞ」
「ただ話なんて作ったことないから、やってる内によく分かんなくなってきて…… それで、まずはお前に聞いてもらえないかと思ったんだよ」
「そんなことか。全然いいよ」
俺も創作について特に詳しいというわけではないが、それでも二つ返事で引き受けていた。
仕事や家事などで忙しい両親の代わりに、長男のこいつは自分の趣味や勉強の時間を削ってまでして、幼い
だから、そんな家族思いのこいつのために、俺も少しでも力になってやりたかったのだ。
「じゃあ、始めるぞ……『ふともも太郎』」
「もういやな予感がしてきたんだけど」
確かにこいつは家族思いではある。
しかし、それ以上に底抜けのアホだということを俺はすっかり見落としていた。
「むかしむかし、あるところにおじいさんがいました」
「へー、おばあさんはいないんだな」
「おじいさんは山へ柴刈りに行ったあと、一人暮らしだったので今度は川へ洗濯に行きました。すると、川の上流から大きなふとももが……」
「どんぶらこと流れてきたわけだ」
「大きなふとももが、ムチッ♡ムチムチッ♡と流れてきました」
「絵本じゃなくてエロ本の擬音じゃねーか」
少なくとも青年誌くらいはあるだろう。園児向けの本には絶対に出てこないはずだ。
「しかし、よく見てみると、流れてきたのはふとももではありませんでした。川面から脚だけを出した状態で、女の人が溺れていたのです」
「まぁ、ふとももだけ流れてきたら猟奇過ぎるしな」
「まだ助かるかもしれないと、おじいさんは慌てて川の中へと飛び込みます。そのおかげで、大きなふとももをしたムチムチドスケベ女は、なんとか一命をとりとめたのでした」
「だから、言い方が絵本じゃないんだよ」
もう完全に友達と馬鹿話をする時のノリである。
もしかして、あとで試しに俺に聞かせようと思ったせいで、うっかりそういうネタを入れてしまったんだろうか。単純なこいつなら十分ありえそうな話だ。
「大きなふとももの女は、『助けてくれたお礼です』と洗濯を代わってくれました。さらに家までついてきて、他の家事も手伝ってくれました。
女が作ったご飯を食べたあと、おじいさんは『もう恩返しは十分じゃよ』と言いました。けれど、『行く当てがないから、お邪魔でなければこのまま家に置いておいてください』と答えたので、その通りにしてあげることにしました。
そうして一緒に暮らしている内に、二人は自然と夫婦の間柄になり、しばらくすると子供も授かったのでした」
「それでおばあさんがいない設定だったんだな」
こいつもアホなりに考えてはいるようだ。
「子供は大きなふとももの女から生まれたので、それにちなんで『ふともも太郎』と名づけられました」
「ちなむな」
前言撤回。やっぱり何も考えてないわ。
「『変な名前』『お前の母ちゃんドスケベ女』『ちなむな』といった周囲の心ない声にも負けず、ふともも太郎は明るく元気な男の子に育ちました」
「なんで俺が悪役みたいな感じになってんだよ」
「ところが、おじいさんたちはそれで幸せというわけではありませんでした。ときどき村に鬼がやってきて、食べ物やお金を取っていったり、それを断ると大暴れしたり、悪さをしていくことがあったからです。
そんな両親の悩みを知ったふともも太郎は、これまで育ててくれた恩返しに、鬼退治の旅に出ることにするのでした」
「そこは桃太郎と一緒なんだな」
このあとの展開も一緒のままならいいんだが……
しかし、案の定そんな風にはいかなかった。
「大きなふとももの女は、お腹が減った時のために、おいしいおいしいきびだんごを作ってくれました。
おじいさんは鬼に負けないように、刀や陣羽織、日本一と書かれたのぼり、そしてニーソックスを用意してくれました」
「なんでだよ」
「別の派閥にも配慮して、タイツも用意してくれました」
「そういうことじゃねえよ」
これじゃあ、まるで俺がタイツ派みたいじゃねーか。
……いや、まぁ、どっちかといえば確かにそうなんだけど。
「鬼にお金を取られてたいへんなはずなのに、いろいろなものを準備してくれた両親に、ふともも太郎は感謝の気持ちでいっぱいになりました。だから、必ず退治すると改めて決意を固めて、鬼が住むという鬼ヶ島へと足を運ぶのでした」
「ふとももだけにとか言うなよ」
「…………」
「図星かよ!」
偶然足がつく言葉を使ってしまっただけかとも思ったが、その期待は間違っていたようだ。
「ふともも太郎が鬼ヶ島へ向けて歩いていると、ある時『ワンワン』という声が聞こえてきました。そして、次の瞬間、道端の茂みから犬が飛び出してきました。
『その腰につけたものは食べ物ですか?』
『そうだよ。これはきびだんごというんだ』
『お腹が減って倒れそうなんです。一つ恵んでもらえませんか?』
『悪いけれど、これは鬼退治に行くための食料だから』
『では、もしそのおだんごをくださったら、私はあなたの家来になりましょう』
しかし、結局犬が鬼退治についてくることはありませんでした」
「え? なんで?」
「きびだんごは足が早くて、もう腐って食べられなくなっていたからです」
「じゃあ、今のくだりいらないだろ」
「今のくだりは完全に蛇足でした」
「やかましいわ」
なんなら、お前の話自体が桃太郎に対する蛇足だからな。
「残念ながら犬を家来にはできませんでしたが、ふともも太郎は気を取り直して旅を再開します。すると、今度は茂みからシカが……」
「シカ? 猿とかキジじゃなくて?」
「茂みからカモシカのような脚の女が飛び出してきました」
「
そう言われても何のことか分からなかったようで、どこに動物がいるのかと周囲をキョロキョロ見回すばかりだった。ほんと
「カモシカのような脚をしたえちえちスレンダー美人は……」
「言い方な」
「カモシカのような脚の女は、ふともも太郎に尋ねます。
『その腰につけたものは着物ですか?』
『そうだよ。これはニーソックスというんだ』
『足が冷えて倒れそうなんです。一つ恵んでもらえませんか?』
『悪いけれど、これは鬼退治に行くための防寒具だから』
『では、もしその靴下をくださったら、私はあなたの家来になりましょう』
こうしてカモシカのような脚の女が、ふともも太郎のお供になったのでした」
「また頭の悪い展開だなぁ」
「ちなみに、実際のカモシカの脚は大して細くも長くもありません。これは漢字が同じなせいで、『
「もう豆知識くらいじゃあ誤魔化せないところまで来てるんだよ」
タイトルの時点ですでにかなり怪しかったのに、なんで今更リカバリーできると思ってるんだろうか。
「二人は海に到着すると、そこから舟に乗り込み、鬼ヶ島へと渡ります。しかし、いざ到着してみると足がすくんでしまって、ふともも太郎は岸から動けなくなってしまいました。いくらおじいさんたちに立派な体に育ててもらったとはいえ、足をすくわれれば鬼にやられてしまうこともありえると不安になっていたのです。
けれど、鬼をこらしめて悪事から足を洗わせないかぎり、おじいさんたちは安心して暮らすことができません。そのことを思い出したふともも太郎は、とうとう勇気を出して鬼たちのすみかへと足を踏み入れたのでした」
「お前もう足のつく言葉を使うのが目的になってるだろ」
多分、辞書を引いてみたら想像以上にたくさんあって、全部詰め込みたくなっちゃったんだろうなぁ。
「すみかに乗り込んできた二人に対して、鬼たちはいっせいに襲いかかります。ですが、カモシカのような脚の女はそれを蹴りでやっつけました」
「一応特徴を活かす気はあるんだな」
「また、ふともも太郎も母親譲りの太い脚で鬼を蹴とばしました」
「お前はおじいさんから武器もらっただろ」
「ふともも太郎は石を入れたタイツを振り回しました」
「刀使えって言ってんだよ」
確かに、そういう武器(ブラックジャック)もあるけども。
「二人にこてんぱんにされた鬼たちはとうとう降参して、もう二度と村を襲ったりしないと誓いました。また今までに奪ってきたお金や財宝もすべて返すと言いました。
取り返したお宝で荷車をいっぱいにして、ふともも太郎が村に帰ると、村人たちは大喜びして感謝の言葉を口にしました。『変な名前』『ちなむな』と馬鹿にしていた人々も、ふともも太郎に足を向けて寝られなくなりました」
「いろいろとしつこい」
「鬼退治は済んだものの、他に行くところもなかったので、カモシカのような脚の女はそのまま村で暮らすことにしました。すると、いつしかふともも太郎とは主人と家来ではなく、夫と妻という関係になったのでした」
「
単に一緒に過ごす内に好きになっただけかもしれないけれど、これだけ脚を推されるとそういう風にしか受け取れなかった。
「こうしてふともも太郎は、おじいさん、大きなふとももの女、カモシカのような脚の女と、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
「やっと終わったか……」
「めでた脚、めでた脚」
「終われよ!」
(了)
ふともも太郎 蟹場たらば @kanibataraba
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