第47話 エピローグ

 帝国への帰り路。

 殿下は結婚式のときと同じように、遠回りにはなるけれど、綺麗に整備された街道を選んでくれた。


「――殿下。帝国の交通網なんですが、ルネアンから帝都までの街道を整備したら、人や物資、情報の流通が大幅に改善されると思うんです」

「以前にも言ってたな。オルレアから辺境伯領へのルートだったか」

「はい。どうでしょう? 一度、検証してみては」

「そうだな。……だったら、エレナも議論に入ってくれないか?」

「いいんですか!?」


「綺麗に着飾って夫の隣で微笑んでいるだけが、女の幸せじゃないんだろう?」

「ふふっ。覚えててくれたんですね?」

「夫だからな。エレナの願いは、できるだけ叶えたいと思っている」

「ありがとうございます」


「それで、今後のことなんだが――」

「シャルル様に?」

「ああ。15歳になったら立太子させて、席を譲りたいと思っている」

「殿下はそれで良いんですか?」

「初めからそうする予定だったんだ。正当な血筋に戻すのが早まるだけだ」

「あれほど努力なさっていたのに」

「自分のためじゃない。国民のためだ」


「殿下らしいですね。そういうところ、好きですよ」

「だから、6年間のうちに、出来るだけのことはやっておきたい。シャルルにバトンを渡すまでに」

「わたしにも、微力ながら、お手伝いさせてください」

「もちろんだ。――頼りにしている」

「初めてですね?」

「ん?」

「殿下が私に何かを期待してくれたの。そういうの、嬉しいです」

「っ、そうか?」

「はい!」



 誰かに必要とされている。

 頼られている。

 そう感じることが、生きていく糧になることもある。



 ――2年後。


「じゃあ、エレナ。行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。カミーユ様とヴィルヘルム殿下に、宜しくお伝えください」

「何かあったらすぐ連絡してくれ。オルレア街道を通って直ぐに帰ってくるから」

「大丈夫ですよ!こんなに元気なんだもの。ほら、この子も『そうだ』って言ってます」


 そう言って、大きくなってきたお腹をさする。

 最近は、殿下の声を聴くとポンポンと蹴って反応するのだ。


「アルフォンス。エレナ様の側には、経験者の私もいるから大丈夫よ」


 私たちの会話を聞いていたクリステル様が、半分呆れながらも私を援護してくれる。


 そう。

 あれから手始めにオルレアの地から辺境伯領までの街道を整備することになり、以前よりもずっと短時間で移動できるようになったのだ。


 交通網の整備には莫大な予算が必要となるが、宮殿の敷地内にあった離宮を一般公開し、訪問客から頂く入場料をその費用の一部に充てることにした。


「クリステルとシャルルを宮殿に?」

「はい。だって、殿下が前におっしゃったでしょう?私たちは『家族』だと」

「……」

「家族なのに、離れて暮らしているなんて変じゃありませんか」

「――そうだな」


 そういうわけで、私たちは今、宮殿内の同じ棟で暮らしている。

 初めての妊娠に戸惑う私に、出産経験者のクリステル様が的確なアドバイスをくれるものだから、とても助かっている。


 学友たちとは今でも交流を続けていて、文官になったガブリエル会長は教育省で留学生の受入・派遣事業を推進している。


 国内外からの観光客が増えた背景には、交通網の整備や国際交流事業のほかに、生徒会で書記をしていたトマやディミトリの活躍も大きい。

 というのも、卒業後に2人が立ち上げた出版社で留学生たちが編纂した自国や帝国の旅行ガイドがベストセラーになっているのだ。


 そういうわけで、かつてクリステル様たちが住んでいた離宮の訪問客も、右肩上がりに増えている。

 帝国内の他の街道が整備される日も、遠からずやってくるだろう。


 そして明日。

 辺境伯オーギュスト様の娘であるカミーユ様と、ギヨームこと西国のヴィルヘルム皇太子との結婚式が挙げられる。

 後で知ったことだが、2人は元々恋仲にあり、婚約前にお互いの国のことを知っておこうと、互いに留学していたらしい。


 東の国境でつながっている王国とは、私の輿入れにより和平が保たれているし、今回カミーユ様が嫁ぐことで、西の国境でつながっている西国との和平もより強固なものになる。南側は海に面しているから、残る懸念は、北の国境線のみなのだが――


「シャルルったら、10歳のお誕生日会にご招待した北国のオルガ王女のことを、すっかり気に入っちゃって。今回、カミーユ様の結婚式にオルガ王女も招待されていると聞いて、自分も連れて行ってほしいって駄々をこねたのよ」

「うふふっ。可愛いですね」



 お祖母様――


 愛は人類を救うというけれど、そういう未来がやってくる日も、そう遠くないかもしれません。

「元敵国からやってきたお飾りの皇太子妃」なんて揶揄されたこともあったけれど、私は今、愛する家族に囲まれて、幸せに暮らしています。



 おわり

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元敵国に嫁いだお飾りの皇太子妃は、初恋の彼に想いを馳せる 花雨 宮琵 @elegance

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