エピローグ


 





 ◇◇◇


 それから、100年後―――


「……こうして、恋を知った水星の女神は、この大地に平和をもたらしたのでした―――おしまい」


 吟遊詩人は弦楽器リュートを軽やかに弾き鳴らし、物語の終幕を彩った。聴衆の拍手が、噴水広場にひびく。

 すると子どもらから、ブーイングがあがる。


「大地創世の話なんか、学校でなんべんも聞いて、覚えちゃってるよ~」

「おじちゃんの大好きな話なんだ! たまにはいいじゃねェか」


 吟遊詩人は困ったように笑った。


 昔の子どもたちは目を輝かせてこの創世の話に聞き入ったものだ。

 しかしいまの子どもたちにとっては、すっかり聞き慣れた話となってしまっているらしい。


 それだけ、水星の女神への信仰が大衆化したともいえるが。


「それって、ただの神話でしょ? メアリ様なんて、ほんとにいたの?」

「あぁ、いたさ!

 それに、いまでもふたりは愛し合っている。この世界がいまも平和なのが、その証拠だ」

「えぇーっ! そんなの、ショーコっていわないよっ」

「そーそー!!」


 子どもたちは納得がいかない様子で、吟遊詩人に食い下がった。


「仕方ない。

 爺さんの爺さんの頃から伝わるメアリ様の見つけ方を、内緒で教えてやろう」


 吟遊詩人は、しーっと唇に人差し指をあて、ささやき声で言う。


「銀髪のうつくしい女性を見かけたら、すこし眺めてごらんなさい。

 その足元には花が咲き、水にふれれば魚が跳ねる。

 喋れば虫たちが風と踊り、笑えば鳥たちが歌をうたう。

 そんな女性がいたら、それはきっと、メアリ様だよ」

「そんなひと、いる~!?」

「いると信じて、探すのさ」


 そう言って笑うと、吟遊詩人は子ども向けのお菓子を広げた。

 子どもたちはすっかり、お菓子選びに夢中になっている。


「そういやおじさん、ここんとこ見かけなかったけど、何してたんだ?」


 子どもたちの付き添いの父親が、吟遊詩人に尋ねた。


「ちと、瘴気にあてられてな」

「えぇ?! いまどき、珍しいな! 大丈夫だったのか?」

「なァに、〖祓い師〗がすっ飛んで来て払ってくれた」


 昔に比べると、魔族から被害を受けることも少なくなってきた。

 人口が増え、便利なものが増え、少しずつ、人々の生活も変わってきている。


 それでも水星の大地メルクリウス・ノアが豊かで平和なのは、水星の女神がこの世界を護っているからに違いない。

 吟遊詩人はそう、信じていた。




 ふと、吟遊を遠くから聴いていた銀髪の女性が目に入った。

 赤い瞳の男が声をかけると、ふたりは手をつなぎ、歩いてゆく。


 女性の座っていたところに、季節外れのキキョウの花が咲いていた。

 春を告げる風が踊り、鳥たちがふたりを追いかけながら、歌う。


 あれは、まさか。いや、まさかな。


 そう独り言ちながらも、吟遊詩人のこころがぽかりと暖かくなった気がした。


「ん? あれは……」


 手をつないで歩いてゆくふたりに、長身の男が話しかけている。先日吟遊詩人を助けてくれた〖祓い師〗の男のように見えた。

 3人は、なにやらわいわいと話しながら、笑いあう。


 春疾風が、広場にびゅうと吹いた。噴水が風に流され、パタタタと水音を鳴らす。


 どこからか舞ってきた花びらが目の前をはらはら通り過ぎると、いつのまにか3人の姿は見えなくなっていた。


 吟遊詩人は肩をすくめ、弦楽器リュートをホロンと鳴らした。








【 水星の女神は恋を知らない 】 fin.









🪐ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。中編としては一旦完結となります。

🪐「世界を変える運命の恋コンテスト」応募作品です。感想や評価など頂けると、非常に嬉しいです!

https://kakuyomu.jp/works/16817330664009702033#reviews

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【完結】水星の女神は恋を知らない pico @kajupico

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