第4話 大日本陸軍航空隊

その日、Aさんの夫は後の第二次世界大戦の火蓋を切ることになる、ノモンハン事件に出撃していた。

彼女の夫は陸軍航空隊に所属しており、すでに一つの隊を任されるほどの実力者であった。そして今回は彼と同じく陸軍航空隊に所属している親友の鈴木さんも出撃命令を受けていた。

彼らはとても仲が良く、ほとんど毎日Aさんの家で酌を交わしていた。この頃は米はまだ釜戸で炊かれていたが、彼に炊くといつも真ん中だけを抉り取っていた。なぜかとAさんが聞くと、

「ここがいっちゃん上手いから。」

とニコニコしながら言っていたらしい。


二人が帰ってくる予定の二日前の晩、Aさんは旦那が帰ってくる時のため家中掃き掃除をしていた。彼女が玄関前まで来た時、突然目の前に航空隊の戦闘服を着た男が涙を流しながら立っていた。

そしてその男は確かにもう何度も見てきた事のある、鈴木さんだった。

Aさんは驚いて彼の名前を呼んだが彼は何も言わなかった。そして瞬きの内に彼はまたいなくなっていた。Aさんは鈴木さんが泣いた所は見た事が無く、あちらで何が起こっているのか心配が積もっていっていたらしい。

二日後、旦那と彼がいる航空隊が隊列を組んで帰ってきたのを見ると旦那の戦闘機がいたのでAさんはホッとした。が、次の瞬間鈴木さんの奥さんが地面に崩れ落ちた。

鈴木さんの戦闘機がいるべき場所には戦闘機は無く、ただ夏の青空がポッカリと空いた穴を虚しく埋めていた。

後日、新聞では「鈴木准尉は8月25日午後、地上部隊の上空制空を終わって帰投中、将軍廟東南約4キロの地点で、イー15型の奇襲を受け、壮烈な自爆をとげた。」と書かれていた。


享年29歳。

その若さで彼の出撃回数は78回、総撃墜数11機に達していた。

Aさんの旦那さんが帰ってきた時、彼の顔は形容できない程とても苦しい顔をしていた。彼女は静かに彼に自分の体験を話すと、彼は

「あいつは涙を流していたのか?!」

と突然質問をしてきた。

思い出しして見ればAさんが鈴木さんを見た時、確かに彼の頬には涙が伝っていた。

なぜ知っているのか彼女が聞くと、彼は少し間を置き、苦笑した。そして目頭を摘むと彼は喋った。

鈴木さんは滅多に涙を見せない男だったらしい。突撃の少し前、彼は鈴木さんにお前はどんな時に涙を流すんだ?と聞いた。なんて事ない、ただの好奇心だったと彼はいった。その質問に鈴木さんは少し考えてから微笑みながら答えたという。

「自分の役目を全うした時やろな。」

実は、帰投中に最初に狙われたのは鈴木では無く彼だったらしい。相手の見事な奇襲に一瞬反応が遅れてしまい、あのままでは確実に命は無かったと言う。しかし唯一奇襲に反応していたのが鈴木さんだった。彼は戦闘機を反転させると、代わりにイー型に激突し自爆した。あまりの速さに彼は墜落する鈴木が笑顔だったのか涙していたのか最後まで分からなかったと言う。彼は隊列を乱すわけにもいかなく、何もできずに帰投中涙を流しながら帰ってきたのだ。

語り終わった後彼はまた、

「そうか、鈴木が。鈴木は泣いてたのか。」

と言いながら長旅でとっくに枯れている目から、涙をボロボロと流し続けていた。


彼はその後吹っ切れた様になり戦果を上げ続けた。ある時は空戦で撃墜した敵機の操縦士が落下笠で逃げるのを見て、上空を大塚軍曹に任せると着陸し、敵を切り捨てると言う功績まであげた。

彼は金鵄勲章さえも貰ったが、いつまでも第一線に残り続けた。ある時、彼は埼玉で練習生と訓練中、整備兵が練習生のエンジンの調子が少し悪いと言うのを聞きつけた。そして彼の度重なる催促により、練習生は戸惑いながらも自分の戦闘機を彼と交換した。

「俺の方が技術があるんだ、心配するな。」

彼は最後までそう言っていた。

しかし、案の定彼の戦闘機は空中でエンジンが切れてしまう。彼は急いで緊急着陸を森に向け行おうとしたが、突然民家が見えてきた。急いで機首を上げようとしたが、民家の八百メートル先で墜落。

内臓破裂になってしまい、彼は一線からは退く事になる。

この後、かの有名な神風航空隊が設立される。

彼とAさんはその後帰省し、引退後、享年74歳に内臓破裂が元の腎臓癌で彼は亡くなった。



その後、彼の遺言通り彼は鈴木さんの隣に埋葬された。

そして今でも、そこに行けば満面の笑みの二人の写真が見れる。

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