第6話 終末治療

F氏は整骨師だった。


彼は自分の整骨院を立ち上げ、主に針やマッサージ、整骨を専門にしながら家計を支えていた。そんなFさんの担当している治療には終末治療というものがあった。終末治療と言うのは主に年寄りや余命が少ない人に行う、いわゆる寿命を延ばす治療である。この治療では針を使い、昔から伝わっているツボを入念に刺していくわけである。しかしF氏はこの治療について自分しか知らない秘密を持っていた。彼が個室でお客さんに終末治療を行い、ツボを刺していくと必ず最後に「ピュッ」、と黒い影が出てくるのだ。


その影は彼にしか見えないらしく、他の誰に聞いても心配した目で見られるだけだった。しかし、影が出ていったお客の寿命が伸びなかった事は一度も無かった。その黒い影らしきものは人の形をしており、色々なお客を診ていく内に形は人それぞれなんだと、彼は気づいていった。そして、そのうち彼はこの影こそが体を悪くしている元凶なんだと信じ始めた。更に、人の寿命を延ばすのは決して気分の悪いものでも無かった。


いつの間にかF氏にとっては終末治療をし、その影が出ていくのを見るのが一番の楽しみに取り変わっていた。ある日、いつもの様に彼の治療院には何の変哲も無い”小柄な”お婆さんが終末治療を受けに来ていた。彼は手際よく針を刺し終わり、まだかまだかと影が出てくるのを待っていた。少しするとやはり黒い影が出て来た。この影は少し小さく、”小柄な”体型をしていた。

彼は自分の仕事に満足し、お客を起こそうとした時突然影に顔の様なシルエットが浮かんできた。この様な事は今まで起こった事が無かった。影の形までは見れても顔は見れなかったのだ。余程安らかな顔をしているのだろうと思いながら彼は顔と目を合わせた。しかし彼が見た物は想像を絶する物だった。その顔は苦痛と憎しみで溢れており、まるで彼に何かを訴えている様だった。

そして完全に治療中のお婆さんと瓜二つだった。治療後彼はお婆さんを玄関まで送ると、お婆さんはまたヨチヨチと歩き始めた。彼女の寿命は確実に伸びただろう。けれども彼女の眼はとても虚だった。そう、今まで彼が終末治療を施した人達の様に。

まるで自分の大切な何かが奪われた様な・・


F氏はそれから終末治療をするのを辞めた。

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