第5話 仮面ライダー
昭和三十四年、〇〇中学校
Kさんは放課後の帰り道に友達を何人か連れて、自転車で帰っていた。彼の中学校近くにはとても大きい河川敷がありK君達はその丁度川沿いに走っていた。その時はもう夕暮れで、カラスの鳴き声が空に響き始めていた。
その当時は仮面ライダーが流行っていたせいか、K君は自転車を漕いでいたMくんの肩に立ちながら
「仮面ライダー!!」
と叫んでいた。
Kさんのお父さんは軍事事業の会社を立ち上げ社長となり、かなり裕福であった。その会社では航空機などの細かい部品を作るのが本筋だった。彼の父は一代で自分の会社を築き上げた、商売上手な人だったが神社などへのお参りは欠かさず続けていた。とても信心深い人で、町の神社には彼の父の名が最高寄付者としていつも乗っていた。「お天道様はいっつも自分を見てるんやで。それを忘れたらどんな商売も終わりや。」と言うのが彼の口癖だったらしい。
裕福だったからこそ、Kさんの家には珍しくカラーテレビが置いてあった。Kさんは彼の地区で最初にカラーテレビを買ったおかげで、仮面ライダーなどは全て生放送で見ていた。更に野球やプロレスなどがあった時は、地区中から試合を見る為に家が人でいっぱいになっていたと言う。それもあり、彼は肩の上に乗れる特権を取っていたのだ。
彼が友の肩の上で風を仰いでいると、自転車を漕いでいたMさんがグラグラっ、とすると川に向けて落ち始めた。Kさんは何が起きているのか分からなかったが、六メートル深い川に突っ込むのを見て叫ぶことしか出来なかった。次の瞬間、彼の視界が黒くなった。
どれほど経ったのか分からなかったが、気づいたら川岸にKさんは打ち上げられていた。他の友達が何かを叫んでいるのがうっすら見えたが、彼の隣にMさんは居なかった。
後でKさんが聞いた話では二人が川に落ち、上がって来ないからと一番泳ぎの上手なTさんが急いで飛び込んだらしい。そしてすぐ後、Kさんを背中に担ぎながらまた浮上してきた。彼の背後にはMさんも浮上して来ていた。Mさんは気を失っていたKさんを必死で引っ張っていたのだ。皆が安心して気が抜けた時、Mさんは突然何かを叫んだ。Tさんはすぐに彼に振り返ったが、Mさんはもう水面にはいなかった。まるで何かに引っ張られたかの様に、一瞬で水面から消えたのだ。するとTさんは彼を探しもせず全速力で岸辺へ泳ぎ始めていた。他に何人かが服を脱ぎまた飛び込もうとしたが、
「行ったらあかん!!」
とTさんの声が彼らを遮った。
Mさんは多分足をつったぐらいだ、まだ助けられる!!と皆は抗議したがTさんが次に言った事は一瞬で場を静かにした。
「俺もなあ、友達が足つった位やったらすぐ探すわ!・・お前らに見えとったかは知らんが、俺があいつに振り向いた時や。一瞬しか見えんかったけど、あいつの肩になんか巻きついとったんや。最初は水草かと思ったんやが先っちょを見てすぐ分かったわ。あれは手や。そんで俺があいつの顔を見たら口文字で「く、る、な」って・・」
もう川に飛び込むことを名乗り出る人はいなかった。
Mさんの遺体は捜索の結果も見つからず、不慮の事故として扱われた。
Kさんはその後父の会社を継ぎ、社長として会社を率い続けている。
しかし、あの時から未だにあの川に近づけていない。
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