第3話 サイロ

Hさんの父は職業軍人だった。大日本帝国が昭和二十年に降伏してから三年。

戦争に関わっていたものは殆ど公職追放となっていた。

彼の父は田舎へ帰省した。


彼が小学生六年生になった頃には、父の勤めていた種畜場の社宅に父と住んでいた。

彼の父の仕事は主に馬や羊やヤギの世話をする事や、肥料を作ったり病気を見ることであった。

種畜場ではサイロなどと言う倉庫が存在した。この倉庫に藁や牧草を詰め込み発酵させるのだ。Hくんはその独特の匂いが好きで、サイロの近くでぶらぶらするのが大好きだったと言う。

彼はいつも勉強をするために自分で公民館に通っていた。

金銭上の問題で歩きながら通っていたため、戻ってくる時間はいつも夜中の八時ぐらいが当たり前だった。彼は暗闇が苦手でよく走って帰ってきていたらしい。

ある日、彼がいつも通りに帰り道を走り切ると種畜場の入り口の薄明かりに桜の並木が見えてきた。暗闇から解放されたことから彼はホッとして、速度を落とした。


その日は夏の蒸し暑さがいつも以上に強く、大粒の汗が常に流れていた。

ゆっくり歩き出すと、目の隅に夏の種畜場で働いている様には見えない真っ白な肌をもち、白い浴衣を着たスラっとした男が立っていた。夏なので浴衣を着ること自体は普通なのだがこんな細い人は一度も見たことが無かった。

「誰!」

と彼が大きな声で聞くと男は首を反対方向に向けたまま微動だにしない。彼はとても不気味な気持ちになり種畜場へ向けて一目散に走り出した。

その後彼は布団に潜り込んで一心不乱に先程見た物を忘れようとしたが、ある考えが頭にこびりついて離れなかった。


あの男があれほどして顔を隠していたのは何故だったのだろう。

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