実話は小説より怪なり

U.N Owen

第1話 からうて。


昭和二十五年、十月。

その年十四歳になったS嬢は鹿児島県の田舎に住んでいた。彼女には毅三郎と言う弟と妹が一人ずついた。特に弟はとても利発で、田舎で住んでいたものだから大きい池を見ると「あれが海か?」と良くはしゃいでいたと言う。彼女にとっては目に入れても痛くない弟だった。


彼が四歳の誕生日を迎えようとしていた頃だった。

S嬢が脱穀へ向かおうとしていると突然毅三郎が「僕も行くから、からうて。」と言った。

からうと言うのは鹿児島弁でおんぶと言う意味だ。

S嬢は脱穀へ向かっていたので少し無理だと言ったのだが、彼は何度も催促し続けた。帰りはからうことは出来んよ、と言って仕方なく彼女は彼を背中に乗せた。この道は坂が多く、帰りに着いてこれるのか心配だったが、脱穀機を背負ったS嬢に彼は根気強く着いていった。

これが、事の発端だった。彼はその直後からひどい吐き気に襲われ、寝込むことになってしまった。彼は自家中毒に陥っていたのだ。しかし周りの家族にその様なことが判断できる訳もなく、彼はその後も吐き気を訴え続けた。ただし熱は無いせいで両親は余り真剣には見てくれてはいなかった。彼を看病し続けて数時間、もう時計は朝の四時を回っていた。

彼の額を冷やす水が切れたので、S嬢は自分で山の麓に水汲みに行っていた。彼女は薄々この水に意味がない事に気づいていたが、構わず汲みに行き続けていた。

二十分程して山の麓に着きそうになったが、いつの間にか見た事のない四歳ほどの子供が道の端に立っていた。


「からうて。」


手を開いて催促するその子にボーっとしながらしゃがみ込むと、後ろから足跡が聞こえた。


「ネーちゃん、何してるん!」


後ろから来たのは妹だった。S嬢がまた子供の方へ振り向くと、その子は消えていた。


「子供が。。」


「毅三郎が、毅三郎が!」


S嬢の言葉をさえぎりながら泣きじゃくる妹の顔を見て、彼女にはすぐ意味が伝わった。S嬢は水桶を投げ捨て一心不乱に家へ走り出したが、もう遅かった。

毅三郎はS嬢の丁度いなかった夜中の四時半に亡くなった。


彼の埋葬が終わるとS嬢はもう一度妹に子供のことを説明したが、妹は何も見えなかったと言い張った。それを聞いてS嬢の両親は毅三郎が最後にS嬢と会いたかったんだな、と言った。確かにそうかもしれないが、S嬢はあの「ナニカ」は決して毅三郎じゃ無かった!毅三郎が彼女を守ってくれたんだ!と言ったが、両親はただ笑い飛ばすだけだった。


S嬢が「ナニカ」をからうていたら何が起こったのかは、誰にも分からない。

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