遊女の貞節
海石榴
1話完結 遊女の貞節
江戸は宝暦年間のことである。
吉原
立花には深く言い交わした馴染みの客がいたが、その客が商用で上方へ行ったきり、何があったのか帰ってこない。客の名は次郎佐といい、呉服商であった。
江戸を離れる前、次郎佐は立花に百両渡して言った。
「いいかい。上方の商いが終わって戻ったら、必ず身請けするからね。この金は、それまでの小遣いにしていいよ」
しかし、待てど暮らせど次郎佐は帰ってこない。
立花は器量よしで心根のやさしい女なので、その間に何人もが身請け話を持ちこんでくる。
とうとう、「これは身請けの手付金だ」と、三百両を万字屋のあるじに渡してしまった客があった。
遊女だから一夜の妻は致し方ないが、この客に身請けさけれては、次郎佐との約束が果たせない。
雨が降る某夜、立花は遺書をしたためた。
「一筆啓上いたしんす。わちきには、実は深く言い交わした客がござりんす。このままでは、その客との約束が果たせず、まことに困りいす。賤しい遊女とて心の貞節は大事にしとうおす。ゆえに、今宵、黄泉の国へと身罷るべく、ここに申し上げいす。今までありがとうござりんした。かしこ」
いささかも乱れのない筆運びに、立花の死にのぞむ覚悟のほどがうかがえた。
この立花の供養碑は、浅草の永見寺に現存している。
遊女の貞節 海石榴 @umi-zakuro7132
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