最終話 夏の思い出

 オニの里に行ったのは本当。でもあまり覚えていない。

 帰るとき、記憶を消されてしまったから。


「人間たちには秘密ですから」と、ええっと、そう、パパの不倫相手だとママが思ってた会社の女の人は、実はオニだったんだけど、そのオニさんが、パパを人間に戻してくれたあと、里を出る前に、記憶が消えるお茶を飲むよういった。お茶は緑茶みたいだったけど、とても甘かったよ。


 それからハスミちゃんが持っていたオニについて書いてある巻物も「これは没収します」といって、とりあげられた。


 ハスミちゃんは、「誰にもいいませんからっ、ちょっとネタに使うだけですから、もちろんフィクションの中で、和風ファンタジーを書くだけですから!!」と巻物が入れているボディバッグにしがみついていたけど、オニの人たちにかこまれてコチョコチョくすぐられたら、泣く泣く手ばなしていた。


「くやしいっ。でもあれ以上ねばったあげく、あんたたちのパパみたいにされたら困るもんね」


 だって。パパが小さいおじさんになってしまった理由は、巻物にあったように、人間にまざって生活してたオニの正体に気づいてしまったからだ。


 会社の新人だった若い女の人は、千年生きてたオニだったんだけど、パパと取引先だったかな、まあ、外に出かけてたときに、うっかりツノを見られてしまったんだって。それで里のおきてにしたがって、ハンドバッグからコヅチを取り出すと、「小さくなーれ、小さくなーれ」で小さいおじさんにしてしまったそうだ。


 そのあと、パパをオニの里に連れて行ったんだけど、パパはある時、里から逃げ出した。オニ研究をしているおじいさんが、なんと里に侵入してきた時、こっそりポケットに入って脱走したんだって。


 で、このおじいさんは、今、わたしたちが住んでる家に、前は暮らしてたから、パパは自分をもとの人間に戻してもらおうとアピールしたんだ。


 物を落としたり、キイキイ声で叫んだり。カベもよじのぼれたから、電気パチパチもしたそうだ——やっぱりあのトイレのイタズラもパパのしわざだったんだね。


 でもこのおじいさん、オニの里に行った時もそうだったんだけど、実はとっても怖がり。せっかくたどりついた里でも、本物のオニに話しかけられると、おおあわてで逃げ出していたらしくて。


 だからこの時も、パパの必死のアピールをポルターガイストだとかんちがいして、「鬼ののろいだ、鬼なんてこりごりだ!」って、何もかもおいて引っこしちゃったの。しかも、「ここはおばけハウスだ!」ってウワサまで残してね。


 というわけで、パパは手がかりが残るオニの巻物などの資料があるあの家で、住人が新しくなるたび助けをもとめてアピールしたんだけど、誰もがパパじゃなく、おばけのせいだと思って次々と引っこしてしまった、というわけ。


 わたしはもとに戻ったパパに、「どうしてすぐアパートのうちに帰らなかったの?」と聞いたんだけど、パパはあのアパートまでとてもぶじに帰れる自信がなかったといった。


 カラスやノラネコもいるし、車も走ってるからね。まあ命からがら帰って来ても、オニについて書いてある巻物を見つけないと、オニの里にはたどりつけなかったわけで、小さいパパが戻って来ても、人間に戻せなくて、こまったかもしれない。


 あの大きさだと会話もできなかったし……ううん、やっぱりすぐ戻って来てくれたら、少なくともママはよろこんだだろうなあ。


 そのママなんだけど。


 人間に戻ったパパを見て、「この浮気者!!」と叫んで泣き出してしまった。パパは「ごめんね、ごめんね」といってたけど、べつにパパがあやまることは何もなかった気がする。だって本当は浮気してないし、オニの正体を知ってしまったせいで小さいおじさんになってただけなんだから。


 大きくなったパパはかわいくなくて、思ったよりも背が高かった。おねえちゃんがいうには小さいおじさん生活が長すぎて「やせたね。前はお腹でぽっこりしてたよ」というけど、わたしはおぼえてないから、今のパパにちょっと緊張してしまう。


 ヨウなんて「だれ? パパなんていないよ。それよりカイザーはどうしたのさ」とキゲンが悪かった。パパがだきよせようとしたら、「やめて」って、にらんでたしね。まあわたしもハグは拒否したけど。それはおねえちゃんも同じ。だってお年頃だもん。


 さて、オニの里に行ってないヨウやおねえちゃんたちは、わたしたちが手をふれただけで、小さいおじさんを見た記憶を消すことができた。


 カイザー、カイザーってうるさかったヨウが記憶をすっかりなくしたのはよかったかもしれないけど、おねえちゃんまで、まったくおぼえていないのは少し残念な気がした。


 わたしとリリちゃん、それからハスミちゃんとパパは、まだおぼろげに小さいおじさんのことや、オニの里のこともおぼえているけど、それもいつかヨウみたいに忘れてしまうらしい。


 わたしが、そのことにがっかりしてると、ハスミちゃんがいったんだ。


「おぼえているうちに作文にして書いたら? わたしはもちろん小説にするよ」


 でもなあ。こんなこと書いても、学校の先生こまらないかなあ。


 だってパパが小さいおじさんで、オニの里にもいったなんて、ぜったい、信じてくれない気がするよ。


 それでもリリちゃんとわたしは、宿題の絵日記に、小さいおじさんとオニの里にいったことを書いた。きっと何年か後には、どうしてこんなウソを書いたんだろうって思うんだろうな。まあそれでもいっか!



(おしまい)

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フタバの家はおばけハウス!? 竹神チエ @chokorabonbon

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