第19話 オニの里に行こう

 オニのコヅチで小さいおじさんになったパパを人間に戻してもらうため、わたしたちは小学校の裏山に来ていた。まさかこんな近くにオニがすむ里がある知らなかったけど、わたしはまだ、ハスミちゃん情報をうたがっているから、あまり期待してないんだ。


 それでもメンバーのリーダーはハスミちゃんで、わたし、小さいパパ、わたしの心の支えであるリリちゃんとで、小学校の裏手に回り、オニの里を探すのだ。


 ほんとうはママもメンバーにしたかったけど、「あんなの見えない、知らないっ」と小さいパパを全否定してなげくばっかりだから連れてくるわけにはいかなかった。いっぽう、ヨウは「パパじゃないよ、カイザーだよっ」と、こっちもこっちで現実をみとめないでさわいでばかり。まあ、ヨウはもともと戦力外だけど。


 んで、この二人だけ家に残していくと心配だから、あとはおねえちゃんにまかせることにして、わたしたち三人と虫かごのパパって組み合わせになったわけなのだ。


「で、ここからどうするの?」


 わたしはハスミちゃんに聞いた。森の整備されているぎりぎりのところまで進むと、あとは道なんてない雑木林がつづいている。背より高くのびたササがいっぱいで、とても歩ける状態じゃない。でもハスミちゃんは、「呪文を唱える」といって、ボディバッグから例の巻物を取りだすと、目の高さで広げた。


 ハスミちゃんは「うみゃうみゃ」と、何か呪文をいう。


「なんていったの?」

「難しい言葉。これはわたしだけいえばいいから」


 あっそ。


 でも、あのミミズみたいな文字が本当に読めてるのかな? 

 作り話でヒマつぶししてるのかも。そういうところが、このおばさんにはある。


 だけど、ハスミちゃんはあつい日に、こうやって外に出るのはめずらしい。いつも「日焼けしたら死ぬよ」とバンパイアみたいなこといってるから。


 となると、やっぱり本当なのかも。


 ともかく、パパは小さいおじさんになっているんだから、どうにかしないといけない。今はわたしが虫かごにヒモをつけて、パパを運んでいた。


 中にいる小さいおじさんパパはプラスチックケースのカベにひっついて、ハスミちゃんをじっと見上げている。小さいからよく見えないけど、たぶんママの妹に、期待をこめてるんだろうね。


「つーぎーにぃー」


 ハスミちゃんは巻物をボディバッグにしまうと、何もない空中をノックした。


「たのもー、たのもー。我は鬼のお客なりぃ!」


 と、わたしとリリちゃんを見て、


「同じこといわないと鬼の里に入れないよ。さっ、ノックしたあと、いっしょにいおう」

 というわけだから、

「たのもー、たのもー」


 同じようにノックしたあと、わたしとリリちゃん、それから小さいおじさんパパも虫かごの中でハスミちゃんの言葉と動作をまねて、いっしょにやる。


「よし。じゃあ、進もう」


 ハスミちゃんはズンズン雑木林の中に入っていく。わたしとリリちゃんは顔を見合わせたあと、ゆっくり雑草の中にふみだした。小さいパパがカゴの中で「キィキィ」鳴いてる。応援してるのかな、それとも、バカなまねはよせっていってるのかも。


 ハスミちゃんはちょくちょく振り返っては、「ここの枝に気を付けて」とか「この足元らへんにトゲがあるからね」と教えてくれながら、どんどん進んで行く。


 出かける時、ハスミちゃんは、「完全防備だよ」と長ぐつと長そでパーカーに、まるっと顔をおおうボウシをかぶってきていたけど、わたしとリリちゃんは、足はサンダルだし、どっちも半そでだ。わたしはくるぶし丈のズボンだったけど、リリちゃんはショートパンツだったから、あちこちケガしそうだ。


「ハスミちゃん、もっとちゃんとした道を行くんじゃだめなの?」

「ダメに決まってるでしょ、だって鬼の里だよ? 道なき道を行くに決まってるでしょ」

 

 だったら出発前にもっとくわしくおしえてくれたらよかったのに。自分だけしっかり準備してるなんてズルいや。


 でもそのうちササは少なくなって、歩ける場所も広がってきた。落ち葉でフカフカした地面をふんでいく。竹と木々が混ざってはえるようになると、ずいぶん歩きやすくなった。


「ハスミちゃん、まだ行くの?」

「まだまだ。大きな木が目印だよ」


 大きな木はアレかな、といろいろゆびさした。でもハスミちゃんは「あれはショボいよ」とか「あれはヤブツバキちゃん。そうじゃなくてね、幹がデコボコしたやつだよ」といって、なかなか目当ての木は見つからなかった。


 だけど、うでをカにさされてカユカユしてたら、ハスミちゃんが「あれだっ」と叫んだ。たしかに大きな木だ。幹がデコボコもしてるし太い。何て名前の木かはわからないけど、りっぱなかんじがするのはたしかだ。


 リリちゃんがほっと息をついている。さっきからだまってたから、もしかしたらおこってたのかもしれない。わたしが「ごめんね、あんなおばさんで」とあやまったら、リリちゃんは、「楽しい人だよね」と笑った。


 けどなんだかものすごくつかれた顔をしている。わたし、あの人のめいなんだよね。なんかやっぱりごめんね。


 いっぽうハスミちゃんは元気いっぱいで、大きな木まで走っていくと、また雑木林に入って来るときと同じことをした。何かうみゃうみゃいって、ノックして、それから、わたしたちもいっしょに「たのもー、たのもー」といった。


 キィイイ! 

 鳥の鳴き声みたいに、小さいおじさんパパが叫んだ。

 

 で。


 べつに何も起こらなかった。でもハスミちゃんはまんぞくしていて、「さっ、進むよ」だって。


「まだ歩くの?」

「あとちょっとだけね。でもこれで結解を破ったはずだから、無事、家に戻れるようにこうする必要がある」


 ハスミちゃんはボディバッグから食卓塩を取り出した。キャップを全部開けて、手に塩をどさっと出す。


「これを肩にまくよ」

 と、わたしとリリちゃんに振りまいて、それから自分にもかける。

「パパには?」

「え、いるかな?」

 キィ。

「タツキさん、なめくじみたいにとけないでよ」


 パパは塩をかけても大丈夫だった。頭をフルフル振ってるけど、さらに小さくはなってない、たぶん。


「よーし、いよいよ鬼の里だ!」 


 手を大きく振って歩くハスミちゃんを先頭に、わたしたちは森の中をさらに進んだ。


 そうしたら開けた場所に出た。村だ。みんなツノがある。犬も猫もニワトリも、ツノがあるよ!! 本当にオニの里ってあったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る